112 幽霊メイドのお願い
西遊記には妖魔の類とは別に幽霊も出てくる。
妖魔に殺され、王をなり代われてしまった鳥鶏国の王様が、幽霊となって三蔵法師のもとへ訪ねてきて事情を打ち明けて、というエピソードだ。
そうして偽者の王となっている妖怪を孫悟空たちが退ける。
とまぁ、西遊記世界ならば幽霊なんてなんのその、なわけだが。
ここは西遊記ギフトがあるだけの世界であって起きるエピソードはまた別だ。
でも、似たようなことは起きるからこそなのかもしれない?
「スウェン様、その。どうしたらいいでしょうか」
「どうも何も……大丈夫なの、その子は?」
メイド服を着た女性の幽霊。
姿は半透明であり、白く、ぼやけた印象だ。
ただジャパニーズホラーな雰囲気ではないためか、それほど怖くない。
せいぜいハートフルな映画に出てくるゴーストといったところか。
『……ああ。貴方様は』
「うん?」
「ウキ?」
私の肩に乗ったミニ・マインが首を傾げる。
ちなみに隠身法は解いたままだ。
「スウェン様、その眼は……。それに肩のは」
エミリア嬢は火眼金睛を見るのは初めてか。
前回、彼女を救出した時はきちんとオフにしてからだったっけ。
当然、ミニ・マインを見るのも初めてだ。
「大丈夫よ、エミリア嬢。この子も、この眼も、私のギフトによるものだから」
「ギフト。……そうでしたか」
意外とそれで納得してくれるエミリア嬢。
この世界の場合、実は細かい説明とか要らない説。
「今、その子、私に向かって反応した?」
『……はい。どうか、私の話をお聞きください、強き方』
つよきかた、とは。
ていうか、普通に意思疎通できる系の幽霊だった。
敵意も悪意も感じられないし、怖くないわね。
怖くない系の幽霊なのに、そこで気絶している護衛はいったい。
『私の名前は、アンリエッタと申します。このような姿になる前はベラゴート伯爵家でメイドとして働いておりました』
「ベラゴート伯爵家って……」
「ここ、ラウゼン男爵領の隣領を治める伯爵家です。北西側、ちょうどヴォルテール辺境伯家との間にある領地となります」
「…………」
なんだか、俄然、イベント感が増したような。
『どうか、ベラゴート家のご子息たちを救っていただきたいのです』
「救う……?」
私とエミリア嬢は顔を見合わせる。
『今、ベラゴート家は得体の知れない者たちに……乗っ取られております』
「乗っ取り、ですか?」
『はい。ある日を境にしてベラゴート伯爵様が、人が変わったようになり、横暴に振る舞うようになりました。伯爵夫人とも諍いが絶えなくなり、やがて夫人は家を追い出されてしまったのです』
幽霊メイドのアンリエッタが言うには。
ベラゴート夫人が追い出されたあと、残された子息たち、長男と長女の兄妹が、家で苦しい思いをしているという。
それまでベラゴート家で働いていた使用人たちは多くが解雇されてしまった。
アンリエッタは最後まで残り、まだ幼い長女を助けていたという。
しかし、どうにも新たに雇われた使用人たちの様子がおかしい。
得体の知れない不気味さを感じつつも、アンリエッタはどうにか踏み止まっていたらしいのだが……。
アンリエッタはある日、何者かに襲われ、意識を失い、気がついたら幽霊の姿になっていたのだそうだ。
伯爵家に残された兄妹は、まともな貴族扱いも家ではされず……。
長女に至っては使用人同然に働かされることもあったとか。
『私では力及ばず……。状況を改善することができませんでした。ただ、お嬢様に寄り添うだけしかできなかったのですが、それも叶わぬ姿となり果ててしまいました……』
「そんな……」
エミリア嬢がアンリエッタに共感し、伯爵家の兄妹を哀れみ、悲痛な声を上げる。
私の方は……本当に申し訳ない。
状況の悲惨さを無視して、どこまでも『イベントっぽいな』と感じてしまった。
いけない、いけない。
今起きていることは現実だ。救いを求めている現実の人がいるのだ。
だが、どうにも、こう。共感ができない……。
これ今、人間性を疑われる感性をしていない、私?
まーずい。これ、たぶん、解決の際にエミリア嬢も噛ませた方がいいかもしれない。
私だけで動くと人非人な対応をしでかしそうだ。
外付け良心の存在が必要な気がする。
「ベラゴート伯爵の人が変わったというのは、何か理由が?」
『わかりません。ただ』
「ただ?」
『伯爵の人が変わる前、とても特徴的で……どこか禍々しいような、黒水晶のブローチをされていたのが印象的でした』
いや、絶対に原因それだし。黒水晶って。
どうしよう。そこまで露骨にわかりやすいことある?
だめだ。この一件、私だけだと本当にゲーム的に処理しそう。
虐待児童が絡みそうな問題、絶対にこのままだといけない。
「スウェン様……どうするべきでしょうか。私は力になりたいと思いますが、しかし、男爵家から伯爵家に干渉するというのは難しく……」
「そうでしょうね」
エミリア嬢絡みのイベントなのか。
それともフィナさんが友人の地元を訪れた際に発生する系なのか。
いやいや、そういう考えはよくないと思うのだけれど。
でも、幽霊からの訴えを理由に伯爵家の内情に踏み入るのは難しい。
ましてエミリア嬢の家は男爵家だから余計に。
「エミリア嬢が、もし、この場に私がいなかったら。どういうふうに解決をしようと考える?」
どうしても気になる点はそこだ。
私が介入しなかった場合に取る彼女の選択は。
「スウェン様がいなくて、頼れなかった場合、でしょうか」
「そう」
「それは……伯爵家の問題に介入ができる方に報せて、頼る……でしょうか」
「伝手はあるの? 伯爵家以上の家門に」
なんとなく察するものがあるけれど。
「いえ、我が家にそこまでの伝手はありません。ただ、その中でも打つ手を考えるならば。この地方一帯の慣例として、ヴォルテール辺境伯家に頼ることになるかと」
ですよねー。
本来ならば隣領のベラゴート伯爵家こそ頼りにしたいところだろう。
しかし、問題が起きているのはそのベラゴート家なのだ。
ならば、伯爵家の領地を挟んだヴォルテール家に頼る、と。
つながっちゃったなー。
この一件を聞いたラグナ卿はどう反応するかしら?
……なんか『面白そう』の一言で、余裕で介入してきそうよね、あの人。
ここにいるのがエミリア嬢か、フィナさんかはさておき。
「さっき、貴方。『強き方』と口にしていたけれど、何か意味があるの?」
『それは……実は、このような姿になる前にはわからなかったのですが』
「ええ」
『どうにも、その方の〝縁〟のようなものを感じられるようになったのです』
「縁?」
『はい。このような姿になって、どうにか助けを求めたいと願っていたせいなのでしょうか。まるで導かれるように、こちらのお嬢様のもとへ辿り着きました。しかし、私が感じたのはお嬢様の縁だと思うのです。お嬢様の近くにある、強き気配を持たれる存在……。その方こそが、きっとロクサーヌ様……ベラゴート伯爵令嬢をお救いくださると』
そんな都合にいい……。いや。
「もしかしてだけれど、アンリエッタさん? 貴方、その姿になる前、教会で洗礼を受けた時に『ナナシ』のギフトを授かったことがある?」
『それは……はい。ですが、読むこともできないものでしたので』
うわぁ、ここにもいた。
ナナシのギフテッド。それがそのまま西遊記系とは限らないけれど。
これはそのまま『鳥鶏国王』とかかもしれないわ。
つまり、幽霊姿になって三蔵法師に無念を晴らしてほしいと願いに来る王様のギフトだ。
なら、フィナさんの方へ助けを求めに行くのが筋な気がするけれど。
もしかしたら私のギフトに吸い寄せられた可能性も。
それに本来なら? ラグナ卿との縁を感じ取って現れたのかもしれない。
たらればを考察することは可能だが、今は横に置いておいて。
問題は。
「アンリエッタさん、貴方の……肉体はどこにあるの?」
『それは分かりません……。ですが、このような姿なのですから、おそらく私はもう死んでいるのだと思います……』
それはどうだろうか。
もし、彼女のギフトが『鳥鶏国王』だとしたら。
西遊記において、かの王は井戸の底から死体を運びだされて、どうにかして魂を戻し、息を吹き返すことになるのだ。
つまり、幽霊メイドのアンリエッタさんも、まだ救う見込みがあるかもしれない。
だが、それはあくまで天の、太上老君の助力があってこその救命で。
いや、待った。
「ちょっと待ってね」
『はい』
私は手の平を上へ向けて、その言葉を唱えてみる。
かつて〝三昧真風〟に対抗するために定風丹すら出せたギフトだ。
出せるのは五つの宝に限らないとすれば。
「九転環魂丹」
すると、私の手の上には一粒の丸薬が現れた。
「うわぁ、出せた」
これは、死んだはずの鳥鶏国の王様の息を吹き返させた丸薬だ。
筋斗雲で天界へ飛んでいき、太上老君に我儘を言って、どうにか一丸だけ手に入れたもの。
ギフトで出せるのはいいが、使えるのは一回きりな気がする……。
でも、これは使い時としか言いようがない。
もし、アンリエッタさんの授かったギフトが『鳥鶏国王』だとしたら、ギフト能力として考えられるのは〝死体を綺麗に保存する〟能力、『定顔珠』の可能性がある。
彼女が殺されたのだとしても、私のギフトと組み合わせれば綺麗な蘇生が可能となるのだ。
「これは……どうしても私が解決した方がよさそうね」
逆に私以外がアンリエッタさんの願いを叶えたとしても、蘇生までできるとは思えない。
『聖女』のフィナさんでさえも、だ。
ラグナ卿でもたぶん、無理。
「じゃあ、スウェン様」
「ええ、彼女の願いを叶えるわ」




