113 ラグナ卿との再会
環魂丹をギフトで出し入れしてみる。よかった、できたわ。
ただ一度〝使用〟したら、きっとそれまでだろうな。
アンリエッタさんを救うために使うのが原典通りといったところだろう。
まぁ、彼女のナナシギフトが『鳥鶏国王』であるとは断言できないのだけど。
落して失くしては困るので、ひとまず戻しておく。
「動くにしても一度、街に戻りましょう。エミリア嬢、やはり先ほどの声は賊だったの。貴方は狙われていたわ」
「ええ……?」
「でも全員倒して拘束してきたから。街に戻ったら衛兵を動かして回収して尋問させて」
「えっ! スウェン様がお一人で倒されたのですか?」
「まぁね」
「すごい……」
おっと。エミリア嬢の憧れ度を引き上げてしまった気がする。
頼りになる相手に好感度を高めるタイプかしら。
それは普通のことよね。何を考えているのだろう、私は。
「では我が家に……その前に起こさないと。いえ、起こしたらまたアンリエッタさんに驚くかも」
「護衛の彼、なんで気を失っているの?」
「それはその、アンリエッタさんのお姿に驚いてしまって」
「エミリア嬢は平気だったの?」
「私も最初は驚きましたけど、ちょっと他に考えることが多くて」
そりゃあ、考えることはいろいろあるだろうな。
急に恩のある私が現れるわ、一人置いて逃げさせられるわ、その先で幽霊と鉢合うわ。
エミリア嬢の人生、なかなかに波乱万丈である。
私は髪の毛を一本抜いて、息を吹きかける。
「七十二変化、変われ!」
髪の毛の一本をアンリエッタさんの姿に変化させる。
『わ、私……?』
「残念だけど偽者の体ね。憑依とかそういう技能はありそう? 貴方の状態はおそらく授かっていたギフトの影響だと思うわ」
『ギフト、憑依……。やってもいいのですか?』
「もちろん。この体なら誰の迷惑にもならないから試してみて」
『そ、それでは』
アンリエッタさんは偽の体に憑依を試みる。だが、うまくはいかないみたいだ。
『……憑依は無理そうです』
「そう。でも、目眩ましにはなるわね。その体が動くのに合わせて私たちについてきて。それなら幽霊だって驚かせることはないわ。この地から動けない地縛霊じゃないわよね?」
『は、はい。たぶん?』
「じゃあ、その偽者と一緒に行動すれば誤魔化せるわね。それとアンリエッタさん」
『はい、ええと、スウェン様』
本名、いつ名乗ろうかしら? とりあえずあとまわしか。
「貴方は死んだのかもしれない。でも、もしかしたら生き返させることができるかもしれないわ」
『え?』
「えっ! 本当ですか、スウェン様!?」
「断言まではできないけれど、私のギフトとアンリエッタさんのギフトが噛み合えば、或いはね。でも、そのためにはアンリエッタさんの遺体を見つけなければいけないわ。遺体の損壊状態によって変わると思うから、どうしても絶対に助けられるとは言えないの。悪いけれど」
『い、いえ……! 少しでも希望があるというのなら、それだけで構いません!』
今のところ悪霊化する様子はなさそう。
そうなった場合、『聖女』の協力は必須だろうな。
ひとまず男爵家に移動してから作戦会議だ。私たちは互いの顔を見合わせて、頷き合う。
なんとも不思議なパーティーの結成である。
一人は村娘と偽る公爵令嬢。一人は山歩き装備の男爵令嬢。一人は幽霊メイド。
なにかしらねぇ、この三人は?
気絶した護衛をこれまた分身に運ばせ、私たちは山を下りる。
いろいろなことが起きすぎたせいか、エミリア嬢からのツッコミはない。
アンリエッタさんは偽の体の動きに合わせて同行。これで誰かに見られても驚かせないで済む。
山の麓まで来てから、分身の一体を体格のいい男性の姿へ変化させ、護衛を運ぶ。
ラウゼン家の屋敷に来ると、ちょっとした騒ぎになった。
エミリア嬢は屋敷にいた男爵に事情を説明し、山で拘束した男たちがいることを告げる。
打ち倒したのが村娘な私と聞いて胡乱な目を向けてきたが、娘の言うことを信じるようだ。
そんなこんなで後処理に追われること半日。
私も手をこまねいていたわけではない。
まず、ミニ一体に追ってラグナ卿に手紙を出させた。
訪問の先触れだけではなく合流を願うこと。
今、私が立てている推論はこうだ。
この事件はラグナ卿が、同行者と一緒に解決するはずのイベントであること。
ラグナ卿中心イベントということは、おそらく強敵とのバトルが発生する。
ラグナ卿のギフトは、ほぼ間違いなく紅孩児だ。どう考えても戦闘用ギフトである。
そんな彼が活躍するには、どうしたって敵が必要だ。
敵に西遊記の大王クラスのギフト持ちがいるんじゃないかと思う。
なにせ紅孩児が活躍するような相手だ。孫悟空もかくや、という敵がいてもおかしくない。
前回、どうにか問題の対処ができたのはヴィルヘルムが相当がんばってくれたおかげだ。
けっこうギリギリの戦いだったと思う。とにかく余裕はなかっただろう。
今回は同じ轍を踏みたくない。なにせ救出対象がいる。
だから最初からラグナ卿の助力を求める。『聖女』のフィナさんも連れてきた方がいいかしら。
筋斗雲だけなら遠くから人を運ぶのは途中で落下させそうで危険だけれど。
縮地の術が使えるとわかった以上は、遠くにいる彼らを連れてこられるわ。
もちろん、それにはギフトについて明かす必要があるけれどね。
「私はヴォルテール辺境伯令息、ラグナ卿のところへ行って助力を乞うわ」
「ヴォルテール家のラグナ卿ですか」
「ちょっとした知り合いなの。今回の件、彼の協力が必須だと思う」
ただの伯爵家だけならば、私が家名を出せば通るかもしれない。
でも今回の場合、相手がただの伯爵とは思えないのが問題だ。
憑依か、洗脳か、なり代わりか。伯爵がまともな状態ではないのは確かだろう。
あまり時間をかけるわけにもいかない。現にアンリエッタさんは殺されたのだろうし。
いつまでも伯爵家の兄妹が無事とは思えない。
「エミリア嬢は、フィナさん……『聖女』セラフィナさんの友人なの?」
「友人と呼んでいいのかはわかりませんが、学園ではお話しをさせていただくようになりました」
「それは例の一件がきっかけで?」
「はい、その通りです。……スウェン様」
「ん?」
「あの時は、ろくに礼も言えませんでした。改めて、ありがとうございます。助けていただいて」
「ええ、礼は受け取るわね」
彼女って元からフィナさんの『友人枠』だったのかな?
他の女性陣もそういうポジションの可能性ある?
メリッサ嬢はライバルヒロインっぽいのよねぇ。現時点でけっこうキナ臭い側。
レティシア嬢は微妙かな。そこまでフィナさんと絡みがなさそう。
生徒会長になったブランシー公爵令嬢とか何かと縁がありそうよねぇ。
そういえば生徒会ルートを私がぶっ潰した記憶が……。
G4の誰かのルートは生徒会選挙の時点で、すでにフラグを叩き折っているのでは?
ヴィンセント殿下かジュリアンさんルートは生徒会に入ってから展開していたかも?
ちなみにジークヴァルトルートは完全に潰している自信があるわ! ふふふ。
「実はエミリア嬢って学園の人気生徒、とくに男子生徒の情報集めに長けていたりしない?」
「そんなことはないと思いますが……」
違うかぁ。
乙女ゲーの友人枠。わりと攻略情報をアドバイスしてくれることが多い説。
主人公がボッチじゃない感を出すためにいる賑やかしのパターンもあるかも。
とにかく、その日は男爵家の客室にお邪魔させてもらった。
翌朝。私は早くから出ることにする。
「筋斗雲!」
男爵家の庭から雲を呼び、その上に乗る。
「雲の上に!?」
『まぁ!』
新鮮なリアクションをありがとう。流石にもう慣れたものよ。
「じゃあ、念のため、貴方は彼女たちの護衛についていてね」
「ウキッ!」
ミニ・マイン一体をラウゼン家に残し、私は空へ飛び立つ。
「隠身法!」
姿を隠し、人々の目撃を抑えて、ヴォルテール領へ向け、ひとっ飛び。
今回は寄り道なしだ。縮地ポイントはラグナ卿と合流してから探せばいい。
風を切るように空を飛ぶが、逆風は感じない。
筋斗雲による空の旅は快適だ。もちろん火眼金睛など、体のギフトはオン状態で安心。
ラグナ・ヴォルテール。北西の辺境伯領の子息。年上の男性で二十三歳。
性格は話したところ、兄貴気質の人だった。かなり野性味のあるタイプ。
逆立った黒髪のワイルドヘア。炎を思わせる紅の瞳をしている。
ギフトは私の対のような『聖嬰大王紅孩児』。
敵に回せば最悪の相手で、原典では孫悟空を一度死に至らしめたことがあるほど。
火炎使いにして槍使い。戦闘能力だけなら私が知る中で最強だろう。
『孫悟空』ギフト持ちが私だからねぇ。
現実では、彼が『聖女』フィナさんとも、エミリア嬢とも絡んだ様子はない。
でも、美形の男性、キャラの立ちっぷりとギフトも込みでヒーロー枠のように考えている。
G4たち全員より濃いというか、能力がありそうな感じで、隠しルート系かな? と。
まぁ、ここは推論に過ぎないのでいいけど。
そんなラグナ卿との再会が、もうすぐだ。
私を乗せた筋斗雲は、あっという間にベラゴート領を飛び越え、ヴォルテール領へ辿り着く。
幸い、道中も着いた先も妖怪たちが跋扈するような世界観になってはいない。
西遊記系ギフテッドをチラホラと見かけるので、ちょっと不安になるのよねぇ。
「空から見ては普通の領地ね。広大さについては私が驚くほどでもなし」
ヴォルテール家は北西にある国との国境を管理・防衛する家門だ。
国境の先にある西の国は、若い女王陛下が治める国と聞いたことがある。
この地が、かの王国から攻められることはあるのかしら?
正直言ってギフトの兵器化なんて国家転覆クラスの目的がないとやらないだろうと思う。
となると国の内側に問題があるのか、それとも敵国の侵略なのか。
「……ん?」
空を飛んでいると何か強烈な気配を感じて下を見下ろす。
ヴォオオオオッ!
「きゃああ!?」
なんと、そこで私目掛けて火炎が吹き上がってきた。
地上からの火炎放射!? まさか、火炎放射って!?
『ん? 今の悲鳴は聞き覚えがあるな』
ギフト強化された私の聴覚が聞き覚えのある声を拾う。
火炎の迸った先、地上に立つのは……やはり見知った男。
「カーマイン! カーマイン・マロット! お前か!?」
ラグナ卿だ。
そう、さっきの火炎を放ってきたのは間違いなく彼だ。そうに違いない。
私は隠身法を解き、筋斗雲で急降下する。
そして、ラグナ卿の目前へと迫り、怒鳴った。
「いきなり何をするのよ!?」
……なんとも熱い再会だった。




