106 ラウゼン領
「あ、ここ。エミリア嬢の領地ね」
「ウキィ?」
筋斗雲で空から地上を見下ろしながら、地図と突き合わせて現在位置を確かめる。
地図は、まぁまぁ正確ではあるものの、空から見下ろした景色と合致するかは絶妙なラインだ。
筋斗雲での移動なのだから、もっとカッ飛ぶような飛行でもいいのだけど。
なにせ、今世。GPSで現在地情報を探れるのでもなし。
空には目印となるものもない以上、方向やらを間違えて飛んでいったら、とんでもないことになりかねない。
まっすぐに進んでいるつもりでも、あらぬ方向へ向かっているかもしれない。
だから、こうして地図と地上の光景を確認しつつ、進んでいるわけだ。
気ままに飛ぶだけならいいけど、目的地に向かうとなると大変ね。
「ここがエミリア嬢のラウゼン男爵領なのね」
「ウキー」
小さな筋斗雲ではなく、なぜか私の肩に乗るミニ・カーマイン。
一人旅は寂しいので、せめての慰みにと一体だけ出している分身だ。
さてさて。
エミリア・ラウゼン男爵令嬢。
誰かというと、以前に私が助けたことのある女子生徒だ。
推論に推論を重ねただけにすぎないが……。
どうもエミリア嬢って、私が介入しなかったら『ラグナ卿に救出されていた』のが本来の運命っぽかったのよね。
それが気になっていた。
貴族令嬢が誘拐され、どうなるかわからない不安なところで格好いい男性に助けられる。
惚れ込むには十分に条件を満たしていると思う。
まぁ、男性に求めるものが違う女性がいるのが現実というのはさておき。
そんなエミリア嬢の領地は、ヴォルテール領に近い場所にある。
つまり、王国北西部の内陸だ。
山からの水源豊かな土地のようで、農業が主産業。
王国の領地は、だいたい爵位に比例する広さをしているが、男爵領でこの規模は大きい方だろう。
爵位持ちは、いわゆる法服貴族、領地を持たない貴族もいるので、領地の大きさだけが爵位の理由ではないけどね。
「一応、ここでもポイント作っておきましょうか」
「ウキー!」
空から見た感じ、主産業が農業といっても街はきちんとあり、そこには食事処や宿もありそうだ。
まだ日は高いけれど、移動だけでなく縮地マップの作成にも時間をかけた。
ヴォルテール領ですぐに宿を取れるかも不明なので、ここは一つ、宿泊といきましょう。
隠身法で透明状態のまま、スィーッと下降し、筋斗雲を降りる。
「七十二変化、変われ!」
変身した私は、公爵令嬢スタイルから〝町娘〟スタイルの服装へ。
世直しクウゴ・バージョンは目立ちすぎるので却下だ。
髪の色も目立つ赤色ではなく、黒髪にしておく。
髪の毛は〝使う〟ので、邪魔にならない程度に束ねておいた。
町娘マインちゃんの完成である。
偽名は何にしようかしらねぇ。孫・悟空?
流石に異世界でも耳馴染が悪いか。
西遊記系ギフトが溢れているくせに、別に国の雰囲気はどこも中国っぽくない。
これいかに?
やはり基本軸は乙女ゲーで、西遊記モチーフを使ったタイプなだけか。
まぁ、そういうのもあるわよね。
円卓の騎士たちの名前がヒーローに冠されているパターンとか。
新選組の隊長たちがヒーロー役の和風パターンとか。
三蔵法師ポジションがそのまま聖女じゃないだけ、捻くれた設定である。
「さーて、村娘マインちゃん、外泊しますか」
「ウキ?」
「貴方は姿を隠していてね?」
「ウキー!」
いや、ミニを〝毛〟に戻せばいいだろう、とは思うのだけど。
ちょっと流石にそれだと寂しいので話し相手は必要だろう。うん。
ラウゼン領の街に堂々と入り、宿を探す。
空からおよその位置を掴んでいるので、初めての街だが迷わずにいけたわ。
「いらっしゃいー」
気のよさそうな宿の女主人さんに挨拶し、宿泊の手続きをする。
宿はどうやら一階の食事処と兼ねての営業らしい。
なんというか、これこそ異世界のお宿では?
いえ、こういうところは別に日本でもあるか。
ちなみに私は曖昧な前世と今世の記憶・人格がある、即ち貴族と庶民のハイブリッド令嬢なので、宿の支払いに高額なお金を出して『あら、これじゃ足りませんの?』などとは言わない。
適正価格を、適正な貨幣でお支払いである。
まぁ、そもそもアイゼンハルト領でもお泊りは経験しているので。
なお、宿に残す名前は『スウェン』にした。町娘スウェンちゃんである。
家名はウーコンと申します。スウェン・ウーコン。
一階の食事処は、別にお酒を飲んで騒ぐ荒くれ者などはいない様子。
冒険者ギルドとかないものね。作ろうかしら?
ただ、そこに集まった人々が思い思いに話して、それが他にも聞こえて、この街の情報収集の場にはなっていそうだ。
部屋を確認してから夕食時にお邪魔するのもよさそうね。それはそうと。
「この街から手紙を出したら、ヴォルテール領に着くまでにどれくらいかかりますか?」
「朝一番で出る馬車に積んでもらったら、次の日か、二日後には着くはずだよ」
「わかりました。では、手続きについてはどちらに?」
何をしているのかというと、先触れを出そうとしているのだ。
他家の貴族家を訪ねる際の作法というものである。
誰が『お前、そんなこと気にする奴だったの? 猿のくせに?』だ。
私は公爵令嬢なのである。
最近、アイデンティティーが孫悟空に寄り過ぎだった気がするので強調しておきたい。
私は淑女なのだ。誰がなんと言おうとそうなのだ。
「ウキー」
一人、食事処の端の席に座り、領地特有の料理を食べる。
ミニはとくに食事をしようとはしない。
ミニの食べたものが、どこにいくのかを考えたら怖いので少し安心だ。
こう、一人旅で写真を撮る時にお気に入りの、旅のお供のぬいぐるみと撮るみたいな。
そういう感じのほっこりさを感じるわ。
「ラウゼンのお嬢様が帰ってきているらしいぜ」
食事をしつつ、姿を隠したミニが、火眼金睛をオフにしているので見えない状態なのを触って確かめて可愛がりながら。
人々の話に聞き耳を立てていたら、エミリア嬢の話が出た。
なお、聴覚系のギフトをオンにしているので端の席であっても会話は丸聞こえだ。
「お嬢様は学園に通う歳だったか。王都で婚約者を見つけてきたりするのかねぇ」
おっと。エミリア嬢、婚約者はいないのね。
エミリア嬢の帰郷が今になって話題になるのは、王都から馬車でここまで来ようとした場合は日数が掛かるからだろう。
筋斗雲で空を飛んでくる方が当然速い。
それでも夏季休暇に入ってすぐに帰ってきたとするには、少し遅いかも?
「いい相手を見つけてきてくれると嬉しいねぇ」
「そうだなぁ。跡継ぎには困ってないだろうが、いいとこと縁がつながってくれたら、俺らの生活もよくなるかもしれねぇからなぁ」
領民目線の意見ねぇ。
領主娘の婚約や婚姻は、当然彼ら領民の生活にも影響する。
跡継ぎが別にいるならエミリア嬢も私と同じ、家を出て嫁ぐ側か。
マロット家の領民たちも私に対してこういうことを思っているのかしら。
侍女を置いてきて空を飛んで一人旅を満喫している公爵令嬢なんているはずがないのだ。
そのあとも、耳を澄ませてみるものの、気になる情報はとくになさそうだった。
まぁ、早々どこもかしこも事件やイベントなんて起きないわよね。
とくに私は筋斗雲で飛び回っているのだ。
私狙いのイベントなんて起こしようがあるまい。
そんなふうに考え、食事を終えたあと、休憩してから宿をこっそりと出る。
縮地マップのポイントを今日中に割り出しておいて、朝になったら移動しよう。
ポイントの選定は、わりと簡単にできた。
慣れてきたのもある。ただ。
「いいか? どうやら王都から娘が帰ってきているらしいからな」
「ああ、狙い目ってやつだ」
そんな声を孫悟空の聴覚が拾った。
離れた場所だが、日も暮れて、人気のない場所のため、聞こえやすかった。
「…………」
縮地ポイントは人目のつかないところをピックアップしている。
だからか。こうして隠れたい人々がいる場所とかち合ってしまうのだ。
「私の存在が〝難〟を呼び寄せているわけじゃないわよね?」
どうしてこう、ピンポイントでトラブルと遭遇するのかしらね!




