103 虎先鋒
「……虎の毛皮?」
何を言っているのかわからない、というヴィルヘルム。
私の方は『虎の毛皮』といえば、そうね。
腰巻でも作ればいいのか、なんて間の抜けたことを考える。
三蔵法師の弟子になってからの悟空の服装、法衣に虎の毛皮の腰巻だから。
……あの腰巻、普通にギフトで出せそうよね。
他の諸々のアイテム類まで出せる以上、おそらく出せる。出さないけど。
別に特殊効果付きのアイテムでもなんでもないので。
「ヴィル様、とにかく確認しに行きましょう」
「……そうだな」
私たちは急いで死体が保管されていた場所へ向かうことにした。
なお、ミニ猪八戒はマリンに抱かれたままだ。
「……流石に女性に見せるわけには」
「そうだな。マイン嬢、君たちは」
「いえ、大丈夫ですよ、私は」
「お嬢様? ですが」
「死体の首が切り取られている、ってことですよね? 他に何かえげつないものがあります?」
「い、いえ、それだけ……ですが」
「じゃあ、そのくらいは平気かと。マリンはちょっと待っていて。私は確認しないといけないから」
「……は、はい。いえ、ですが、お嬢様も……」
「必要な確認なの」
「……わかりました」
別に前世から死体を見慣れているわけではない。
ただ、フィクションとはいえ、スプラッター映画くらいは観たことがあるのが現代日本人というものだ。
現実の、家族・友人・知人がそのような悲惨な状態になっているとすればトラウマにもなろうが、赤の他人のそれであれば、そこまでショックを受けるとは思えない。
むしろ死体の顔が見えていた方が、あとを引きそうで嫌だ。
遠慮されながら、私はヴィルヘルムのあとに続き、死体保管場所に入る。
そこには確かに首のない死体と、虎の毛皮があった。
手術台のようなものではなく、布の敷かれた地面に置かれている。
死体を保管するためか、ひんやりとした空気だった。
微かに鼻をつくのは死臭か。
臭いの対策のために花が持ち込まれている。
「逃げた、つまり生きていた、ということか? だが確かに」
「ギフト、でしょうね……」
それしか考えられない。
『白骨夫人』が〝解死法〟で偽の死体を作り出すように。
だが、これはどういうことか。
「虎の毛皮は、いったいなんだ? 誰かが持ち寄ったわけではないだろう」
「はい。あの男の死体がなくなっていて、その場所にこれが置いてありました」
ご丁寧に逃げる代わりに虎の毛皮を置いていったのではないだろう。
これは、おそらく。
「金蝉脱穀法……」
あくまでギフトを西遊記縛りとするなら、だが。
状況に該当する能力は、おそらくそれだろう。
〝虎先鋒〟という敵が使用した法術。
それが金蝉脱穀法で、〝せみのぬけがら〟の術だ。
仮の死体ではなく、虎の毛皮を脱いで逃げる、という描写がある。
虎先鋒は、そういう法術を使い、まんまと悟空と八戒の目を逃れ、三蔵法師をさらってみせる。
ただし、虎先鋒は強敵ではない。どちらかといえば小者と断言していいだろう。
どのくらい小者かというと、虎先鋒を倒したのは孫悟空ではない。
この虎の妖怪、猪八戒に倒されてしまうのだ。
別に猪八戒も弱いわけではないのだけれど。
でも、西遊記でわざわざ悟空ではなく八戒に倒される敵は、まぁ小者だろう。
ただ、虎先鋒って黄風大王の部下キャラなのよね。
ピンク髪の男がギフト『虎先鋒』を持つとして、それがギフト『黄風大王』持ちのマルガルフを従えていたのか。
わかっていたけれど、西遊記上のキャラクター関係が、ギフテッドたちにそのまま適用されるわけではないらしい。
あくまでギフトとして考えた場合。
他のパターンから推理するに『虎先鋒』は〝虎の獣人〟になれる疑惑がある。
テンの獣人になる能力だったマルガルフの方が格下に見えてもおかしくなかったのかも。
「マイン嬢? わかるのかい」
「おそらくですけど。虎の毛皮を自分から脱ぎ捨てて、〝脱皮〟のようなことをして、逃げたということかと」
実際のこの世界で、ギフトとしてどう作用するのか。
死んだと思われていた体を脱ぎ捨て、それが虎の毛皮に変じて残った、か?
西遊記のキャラって、そういうことするわよねぇ……。
悟空側もするから人のことは言えないけど。
「死んでいなかったのか……」
「いえ、死んでしまった〝上っ面〟を脱いで生き延びた、という感じだと思います」
「……何か代償を伴っている、と?」
「正確なところまではわかりません。ですけど、それで逃げられるなら、もっと早くに逃げていたのではないかと」
「こちらを油断させる意図があったか。潜伏して何かをしたかったか。彼の首を切り取ったのは」
私は虎の毛皮の横に置かれた、首のないマルガルフの死体を見た。
入れ替わりトリックでも使われそうな死体だ。
「火眼金睛」
ギフトを使わないように安静にしていたかったが、背に腹は代えられない。
私は火眼金睛を発動し、マルガルフの死体を視る。
「こちらの死体は偽物ではないでしょう。生きていたあの男が、わざわざ首を切って持って行ったということかと。そんな目的があるとすれば死体の顔を隠したかったか、或いは」
「ギフト、か。あの黒水晶は死体からでも能力を回収できる?」
「……かもしれません」
死体からギフト能力を回収。
猪八戒が本人そのままではないにせよ、〝無〟ではなかったのだ。
ギフトの魂、欠片のようなものさえ黒水晶に収めれば再利用が可能かもしれない。
つまり、マルガルフという男は確かに死んだ。
だが、『黄風大王』のギフトは再び敵に利用されるかもしれない。
そういうことだ。
……私が死んでしまったら、その死体から『孫悟空』の能力が奪われる?
生きている間に私から奪う必要すらない。
どうにかして私を殺してから、その墓を暴けば、楽に孫悟空のギフトを得られる。
「…………」
私が逆らえない死。
たとえば、それは社会的な死であるとか。
ヴィンセント殿下と敵対し、彼の逆鱗に触れ、処刑に追い込まれる。
そういう系のストーリーもあり得るってことよねぇ……。
「むざむざ逃がしたくはないが……」
「これって逃げられてから時間は経っていそうですか?」
私たちは騎士に確認すると、半日近くは逃げてから時間が経過していてもおかしくない、ということだった。
それでは周辺を捜索させても、もう遅いかもしれない。それに。
「追いかけた騎士が無事に済むか。相手の力が測れないのが不安ですね。少なくとも一人で事には当たらせない方がいいかと」
推定だが、虎の獣人化ができるなら、小者のような男でも危険だろう。
騎士たちの実力だって私は測れないが……。
単独で遭遇しない方がいいのは間違いないはずだ。
「…………」
ヴィルヘルムは苦悩するように眉間に皺を寄せる。
「捜索はしないでいい」
「ですが、ヴィルヘルム様、それは」
「今回は逃げられた。それは仕方ない。今、必要なのはあの男を追いかけることではなく、敵の正体や能力を把握することだ。そうでなければ、今回のようにまた虚を突かれてしまう」
「……はい、わかりました」
逃げられた。
それがヴィルヘルムの出した結論だった。
「キメラと戦った時。あれは最初、虎の姿をしていたね」
「そうでしたね」
「もしかして、キメラのあの姿も、ここに残された虎の毛皮と関係あるのかな?」
「……確かに。それはあり得るかもしれません」
キメラという人造魔獣を生み出し、虎の毛皮を被せていた、と。
それで一回分、命のストックができた、とか?
本家の使い方とはまったく異なるが、ギフトは今世の人間の使い方次第なのだ。
がしゃどくろといい、西遊記ギフトの運用だけでなく、人造魔獣も生み出してくる。
……それもあの男が言う〝神の器〟造りの一環?
ヴィルヘルムを殺して、その死体をパーツに使おうとしていた。
「マイン嬢」
「はい、ヴィル様」
「俺たちには明確に敵がいる。それは、あの男個人だと思うかい?」
「……いえ。裏に組織的な何か、黒幕のようなものがいるかと」
「根拠はあるかな?」
「そう言えるほどではないのですが……」
あの男は、あくまで『ジークヴァルトルートに出てくる敵』のような気がする。
つまり、せいぜい敵組織の幹部の一人というか。
ギフテッドが敵のボスにいるとして『虎先鋒』持ちがラスボス枠とは到底思えない。
ピンク色の髪で、コーデル伯爵家と縁がありそうで……そういうところも。
猪八戒に倒された、というエピソードを持つ虎先鋒は、むしろジークヴァルトルートのラスボスだけならば、うまく嵌まりそうではある。
最期は、死体に猪八戒を植えつけられて操られていたヴィルヘルムが自我を取り戻して『虎先鋒』の男を殺して終わり、とかね。
といっても、私の乙女ゲー論は、なんの根拠にもなりえない。
確かに、この推論がヴィルヘルムを助けるのに役には立ったけれど。
「教会にも、あの男と同じ目的で動いている人間がいそう、かなと」
ヴィンセント殿下のルートで出てくるのは〝私〟だと思っている。
だから、王宮にまで侵食しているかは微妙。
でも、ベネディクト氏の回りは……。
「教会か。それはギフト持ちを把握しているから?」
「それもありますね。彼らは、おそらく一般的には『ナナシ』のギフテッドたちかと。教会が把握したうえで彼らをなかったことにしてきたのか。それは定かじゃありませんけど」
西遊記系ギフトは、ラグナ卿のように『読めない』ということで名無し扱いだ。
そうなるとギフテッドとは一般的には広まらない。
使いこなせる人間も限られるようだし。
「たしか、ヴォルテール卿が過去のギフト持ちたちを調べ直しているそうだね」
「そうなんですか?」
「そういう手紙が届いていたから」
「……ラグナ卿からヴィル様に?」
「ああ」
え、そことそこが、つながりあるの?
そう思ったら、ヴィルヘルムに困った顔をされる。
「マイン嬢が報せたんだろう。先方からの手紙には、君の名前が載っていたよ」
「あら」
まさかの縁をつないでしまった。猪八戒候補と紅孩児。うーん、異色。
ヴィルヘルムとラグナ卿がすでに交流しているとか。
「ラグナ卿の協力は、今回の事件解決のために取りつけるべきだと思います」
なにせ彼はギフト『紅孩児』持ちなので!
戦力的には味方にできれば、これほど頼もしいことはない。
「……そうだろうけどね」
ヴィルヘルムは少し困ったような、飲み込みがたいような。
そんな絶妙な表情を浮かべるのだった。




