102 ミニ猪八戒と侍女
「ウキー!」
ミニ猪八戒は手に持っていた木剣をボフンと変化させる。
すると、それは八戒のシンボルともいえる〝九歯のまぐわ〟に変わった。
小さな雲に乗ったミニ猪八戒が、ふわふわと私たちのもとへ来る。
「ウキッ」
「…………」
マリンが口をつぐんで、ミニ猪八戒をジッと見る。
ジーッと。
「マイン嬢、もう歩いていいのかい?」
「ヴィル様。ええ、だいぶよくなりましたので」
「そうか、ならよかった」
ヴィルヘルムは、その銀髪ごと額の汗をぬぐい、木剣を腰に差す。
「この子と鍛錬をしていたのね」
「ああ、なかなか強いし、速い。とらえどころがない相手だった」
そりゃあ、小さな体で雲に乗ってビュンビュン飛んでいたらねぇ。
雲捌きは、おそらく私より上だろうし。
「私が寝ている間、また迷惑をかけてしまったみたいで」
「迷惑など。君には助けられてばかりだ。感謝こそすれ、迷惑に思うことはない」
「そう言っていただけると。あとは、その。……家に連絡を?」
「……ああ。隠したいと願っていたことは知っていたが、すまない。流石に今回は黙っておくべきではないと判断した。今後のことも家を絡めて話し合いたい」
「……そう」
今回は、キメラ戦の時と違い、多くの目撃者が出た。
一般市民の避難は事前に済ませていたため、近くにいたのはアイゼンハルトの騎士たちだけのはずだが……。
なにせ、巨大バトルを繰り広げたのだ。
遠くからでも、その姿を目撃した者はいるかもしれない。
ついでに筋斗雲で飛び回る私の姿も。
「あー……。ヴィル様? そういえば、気になっていたことが」
「なんだい?」
「あの時の、巨大な石の姿になった時の私、外からはどう見えていました?」
法天象地で巨大石猿になった時である。
もし、私の姿のまま巨大になっていたなら、遠くから見てもわかるレベルだ。
「巨大な……そうだな。マイン嬢の姿ではなかったな」
「あら、そうなの?」
「ああ。どちらかというと男性的な姿だったし、服装も君がしていた服ではなかった。といっても服装と言っていいのか。巨大な石像? になっていたわけだが」
ほう。どうやら巨大マインちゃんではなかったらしい。となると。
「もしかして……〝猿〟のような顔立ちでした?」
「猿、そうだね。あれは猿と言うべきかな。大きすぎる猿だ。ただ、人間に近いようにも思える猿の顔立ちだろうか」
おお……。
なんと、法天象地で形作られた巨大石猿は、私ではなく孫悟空モチーフらしい。
……これって、もしかして私が意識していなかったから、かしら?
けっこうギフト任せに術を発動した感はある。
〝私の姿の〟というイメージを強く抱いていれば、私の姿になるのでは?
「それから……他のことはどうなりました?」
「〝先生〟と呼ばれていた男と、マルガルフという男の死体は回収して、保管している」
「保管?」
「ああ、冷やして保管して、二人の人相を描かせている」
「ああ……」
手配写真というか、そういうのを作成させているのね。
「あのピンクの髪色はコーデル家の……?」
「……ああ、コーデル家の血縁者ではないかと俺も思っている。だが、現コーデル伯爵家の者じゃないだろう。現コーデル家は、伯爵、夫人、メリッサ嬢、その弟だけだ。あの男の見た目と年齢が合う者はいない」
調査中だけれど、現コーデル伯爵家とは関係ないかも、か。
「ただ、あの男が血縁者とわかれば、流石にコーデル家との縁は……」
アイゼンハルト家とコーデル家は政略結婚の予定だ。
ただし、現在はヴィルヘルムとジークヴァルト、どちらがメリッサ嬢の相手となるか曖昧な状態で保留されている。
コーデル家の願いとしては、侯爵を継ぐ方にメリッサ嬢を嫁がせたいから、その曖昧さを認めているといったところ。
アイゼンハルト家がコーデル家と縁を結びたいのは、輸送コストの安い近場で鉱山を保有している家だから。
武家の家門らしく、武器・防具等に鉱石をたくさん仕入れたいというところだ。
もし。
あのピンク髪、丸形眼鏡の男。
ギフト『天蓬元帥猪八戒』が封じられた黒水晶を保有し、使役していた〝先生〟が、コーデル家の縁者であれば。
アイゼンハルト家とコーデル家との政略を解く理由にはなる。
なにせ、あの男はヴィルヘルムの命を狙っていたのだ。
そのうえ、おそらくアイゼンハルト領に魔獣災害を引き起こした。
そんな者の縁者である家とは縁を結べない。
そうなれば、ヴィルヘルムの、ついでにジークヴァルトの婚約関係はフリーになる。
ヴィルヘルムは〝新たな相手〟を探す必要が出てくるだろう。
「……」
「……」
私とヴィルヘルムは、どちらからともなく見つめ合う。
婚約者候補と言うなら、私にだっている。一応。
私は現在、ヴィンセント殿下の婚約者候補なのだ。
婚約者ではないから、そこまで縛られてはいないけれど……。
少しだけ見つめ合ってから、気恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
「ええと、残りの一人、あのルドロフという男は……?」
「彼は牢に入れている。鎖ででも縛りたいところだが、意味があるとは思えなくてね。牢には入れたが、丁重に扱い、片目の治療も施して、大人しくしてもらっているといったところだ」
ルドロフは、ギフト『黒風大王』を使う男だ。
おそらく、鉄格子の檻などパワーで砕いて出てきてしまうだろう。
……この世界ってギフト持ちの犯罪者をどうしているんだろう?
あんまり聞いたことなかったな、そういうの。
今度、調べておかなくちゃ。なにせ明日は我が身。
仮に私が悪役令嬢として投獄されたら脱獄して、処刑されそうになったら首を切られても生きていた孫悟空のそれを証明する必要があるかもしれない。
「大人しいのですね」
「ああ。……彼を倒したことで認められた、という感じがするね」
「認められた、ですか」
「どうも武骨な男のようだ」
「ははぁ」
とくにギフトが示す名と、ギフトを授かった者が同じ性格というわけではない。
武人系の男が、黒風大王のギフトを授かっただけか。
「ちなみに、ルドロフのギフトは黒水晶がもたらしたものではなく?」
「自前のようだ。持ち物検査をしたが、あの黒水晶は持っていなかった」
「……そう」
「マルガルフという男もそのようだね」
ということは『黄風大王』は脱落か。
いや、脱落って何から、って話だけれど。
「何か話を聞けましたか?」
「いや、ルドロフは沈黙を貫いている。尋問をするにしてもマイン嬢が調子を取り戻してからの方がいいと考えて、そのままだ」
「もちろん、協力はしますわ。私も気になりますから」
「ありがとう」
コクリと頷く。
「あとは、ゴロッソ会長の方の尋問は?」
「彼の方は……」
そこまで話したところで。
「ウキーッ!」
ん?
なにか助けを求めるような声を上げるミニ猪八戒。
視線を向けてみると、いつの間にかマリンがギューッとミニ猪八戒を抱きしめていた。
……何をしているの?
「この子は私が飼います」
「ウキーッ!?」
「いや、何を言っているの、マリン?」
私、貴方のことをクールビューティーって思っていたんだけど?
なんか暴走していない?
もしや、マリンったら〝小さくて可愛いもの〟好き……?
「こら、離してあげなさい、マリン」
「離れたくなさそうですが」
「ウキー!?」
ジタバタしていますけどぉ?
とはいえ、本気で暴れてはいない様子だ。
力はあるだろうからね、ミニ猪八戒。
「こーら、マリン。あとでアイゼンハルトの街で売られている、この子のぬいぐるみを買ってあげるから。その子は離しなさい」
「ぬいぐるみがあるのですか? この子の?」
「まぁ、ちょっとしたことがあって……。デザインは違うけれど」
「いったい、この子はなんなのでしょうか、お嬢様」
なに。なんだろう?
「ミニ・カーマイン・猪八戒バージョン……?」
「なんですか?」
「うーん」
この先、別バージョンが入荷する予定がありそうねぇ。
「元々は私のギフトから生まれたというか……」
「お嬢様のギフトから」
「それで、家で消えた〝私〟は、この子が大きくなった姿というか……」
「この子が?」
「厳密には違うけど、似たような?」
ミニ猪八戒をギュッと抱き締めたまま、器用に見つめるマリン。
なお、その表情はニヤけておらず、クールなままだ。
クールなままだが、行動に情熱がある。
マリンの知らない一面を初めて見てしまったわ。
さて、マリンにどこからどこまで説明するか。
「マイン嬢。できれば、マロット公爵と、それから俺の父、ガルシア・アイゼンハルトと一緒に話をした方がいいと思う。あの湖で起きたこと、どのような敵が存在していて、君がどれだけ貴重な戦力なのか」
戦力。ヴィルヘルムは取り繕わずにそう言った。
別にその言い方にショックは受けない。
まぁ、現実的な話だ。
「あの戦いを越えて。情けなく思うこともあるが。君なしで、これから起きるかもしれない災いをどうとでもできる、とは俺には言えない……」
「……はい」
巨大な骸骨。巨大な猪八戒。
あの規模のものが敵として現れるとしたら。
それに対抗できるのも同等の力を持つ者だけに限られる。
「だが、これだけは言っておきたい」
「……?」
「俺は、君に置いていかれるつもりは、ない」
まっすぐに。ヴィルヘルムは私を正面から見つめて、言い切った。
「どんなことをしてでも、君の戦いについていくつもりだ」
「ヴィル様」
そこに立っている男性は、出会った頃のような、ただ完璧で紳士的な人ではない気がした。
整っていたすべてを放り捨ててでも前へ進もうとする気概を持った人。
そんなふうに。
「……どこか変わられましたね、ヴィル様」
「そうかな?」
表情を崩して微笑みを浮かべるヴィルヘルム。
真剣な告白のような言葉を告げられたことではなく。
その崩された微笑みにドキリとしてしまう。
あー……。ええと。なんだか恥ずかしいというか……。
「お嬢様」
「な、なにかしら、マリン?」
「そういうことですか」
「何が!?」
「ウキ?」
マリンが相変わらずクールな表情のまま、ギュッとミニ猪八戒を抱いて離さない。
そんなやり取りをしている私たちのもとへ。
「ヴィルヘルム様! 大変です!」
アイゼンハルトの騎士が声を張り上げながら、慌ただしくやって来た。
「どうした?」
「あ、あの男が……! 消えました!」
「あの男?」
「あの、ピンク色の髪をした男の死体が……! 消えて! 虎の毛皮を残して! それから、マルガルフという男の……く、首が切り取られて、持ち去られています!」
その報告を聞いて、私とヴィルヘルムは顔を見合わせる。
一難去って、また一難。
どうやら事件はまだ解決していないようだ。




