光を守る者
アルズとフィリアは、静かに体力の回復を進めていた。
「これだけ回復すれば、戦えるな」
「ええ。アルズが力を出し切れるよう、全力で支援するわ」
「魔力が枯渇しないように。最低でも、自分を回復できる分は残しておいてくれ」
「わかった。でも、もし魔力が尽きそうになったら……アルズの血を、少しだけ頂戴ね」
「そう言うと思った。はい、これを渡しておくよ」
アルズはマジックボックスから小さな小瓶を二つ取り出し、フィリアに手渡した。
瓶の中では、赤い液体が揺れている。
「これは……?」
「俺の血だ。泉でフィリアが寝ている間に、瓶に詰めておいた。マジックボックスに入れてたから、鮮度はそのままのはずだ。魔力が足りなくなったら、飲んでくれ」
「……ありがとう、アルズ……」
フィリアの瞳が、わずかに潤んだ。
「おいおい、今からケルベロスと戦うんだ。泣くのは、倒してからだろ?」
「うん……戦いに集中しないとね」
フィリアは右腕で涙を拭い、深く息を整えた。
「よし。準備は整った。行こう」
「必ず倒して、一緒に帰るわ」
「当たり前だ」
二人は覚悟を胸に、大きな扉の前へと立つ。
フィリアが結界を解除した。
「行くぞ」
重い扉が、ゆっくりと開かれる。
ギィ――。
錆びついた扉は、想像以上に重く、軋む音を立てた。
中から、凍りつくような冷気が流れ出す。
その奥に――巨大な影があった。
「……なんて、デカさだ……」
アルズの想像を、遥かに超えていた。
広大な空間が、まるで狭く感じられる。
グォォォォ――!
「これが……ケルベロス……」
三つの頭が、それぞれ独立して動き、尻尾は蛇のように蠢いている。
その威圧感に呑まれそうになるアルズの横で、フィリアはすでに詠唱に入っていた。
「我、求めるは汝の血……我、願うは強靭なる力……」
「全ての罪なる者より守れ――フェアディゲン!」
アルズの身体が、淡い黄色の光に包まれる。
「アルズ! 防御力を上げたわ。しっかりして! 目の前にいるのは、乗り越えるべき試練よ!」
――そうだ、試練だ。
乗り越えなければならない。
「ありがとう、フィリア!」
「次は攻撃力よ。集中して!」
アルズは剣を構え、深く呼吸を整える。
「……全ての罪なる者へ制裁を――フィカシオン!」
今度は赤い光が、アルズの身体を包み込んだ。
剣を握る手に、確かな力が宿る。
アルズは地を蹴り、ケルベロスへと走り出す。
その背後で、フィリアはすでに次の詠唱を始めていた。
アルズの剣が、低く震え始める。
剣と心が、共鳴していく。
「――アタッシェ!」
フィリアの叫びと同時に、地面から鎖が飛び出した。
ケルベロスの足に絡みつき、巨体を拘束する。
「アルズ、お願い!」
アルズは地面を蹴り、高く跳んだ。
剣を大きく振り上げ、全身の力を込めて斬りかかる。
――勝てる。
二人の連携は完璧だった。
この瞬間、確かに勝利を確信した。
パァリンッ!
「……えっ!?」
確信は、一瞬で打ち砕かれた。
ケルベロスは拘束していた鎖を引き千切り、右前脚を振り上げる。
「アルズ!!」
フィリアは無意識に魔法を発動していた。
「ミュール!」
アルズの目前に魔法壁が展開される。
ドォン!!
凄まじい衝撃。
アルズの身体は弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「アルズ、大丈夫!?」
フィリアが駆け寄る。
「ああ……大丈夫だ。フィリアが守ってくれたんだろ? 助かった」
その時、フィリアは気付いた。
――詠唱なしで、魔法を発動していたことに。
守りたい。
ただ、その一心だった。
こんなことが、自分にも出来るなんて――。
二人は素早く体勢を立て直す。
「でも……どうするの?」
「攻撃を続けるしかない。早くコアを見つけないと……」
ケルベロスが、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「フィリア、もう一度足止めできるか? 剣との共鳴を、もっと強めてみる」
「わかった。でも……少しだけ、詠唱に時間が必要よ」
「了解。俺が引き付ける」
アルズは剣を構え直し、ケルベロスの足元へと走る。
フィリアは、すぐに詠唱を開始した。
ケルベロスの巨大な脚が振り下ろされる。
アルズは紙一重で回避を続ける。
(フィリア、まだか……)
その瞬間、尻尾の蛇が口を開き、襲いかかった。
「――っ!」
左腕に、鋭い痛み。
牙が食い込む。
さらに、ケルベロスの脚が振り下ろされる。
(……避けきれない……!)
ゴォォォォ――!
突然、ケルベロスの動きが止まった。
鎖が、再び巨体を縛り上げている。
「間に合った……!」
フィリアの魔法だった。
アルズは距離を取り、再び剣と向き合う。
(ウィン……力を貸してくれ……)
剣の振動が、さらに大きくなる。
「いくぞ!」
アルズは斬りかかった。
剣はケルベロスの左前脚を捉える。
「グォォォォ!!」
確かに斬れた。
だが、致命傷には至らない。
次の瞬間、視界が揺れた。
(……なんだ……身体が……)
膝が崩れ、アルズはそのまま倒れ込む。
「アルズ!?」
フィリアが駆け寄る。
アルズの身体に、紫色の斑点が浮かび上がっていた。
「毒……!」
フィリアは即座に詠唱に入る。
その間に、ケルベロスの中央の頭が大きく口を開いた。
魔力が、凝縮されていく。
(このままじゃ……)
「……インティブ!」
状態異常無効の魔法が発動し、斑点が消えていく。
「間に合った……でも――!」
ケルベロスの口から、魔力が溢れ出した。
次の瞬間、アルズへ向けて解き放たれる。
フィリアは、走り出していた。
考えるより先に、身体が動いた。
守らなければならない。
この光を。
――自分が、自分であるために。
「……はぁ……はぁ……」
フィリアは、気絶したアルズの前に立つ。
両手を広げ、覚悟を決めた。
「……ミュール!!」
全魔力を解放し、魔法壁を展開する。
「アルズは……私が守る!!」




