血と剣が交わる場所
ダンジョン内は、程よく明かりが灯っている。
松明を使うまでもなさそうだ。
水が流れる音が聞こえ、壁には苔が生えている箇所もあり、少し肌寒い。
「試練のダンジョンか……よしっ」
バァン!
アルズは自分の頬を叩き、気合を入れ直した。
今から待ち受ける試練を乗り越える力があるのか。
そんなことを考える余裕もなかった。
長い間、一本道が続く。
奥へ進むほど、嫌な予感が強くなっていく。
時間の感覚は、すでになくなっていた。
「モンスターがいないなぁ……」
ここまで一度もモンスターと遭遇していない。
アルズは不安になっていた。
「ギャギャッ、ギャー」
「なんだ!?」
前方から、騒がしい鳴き声が聞こえた。
慎重に一本道を進むと、その先に少し開けた場所があり、モンスターたちが騒いでいた。
「(ゴブリンだ!)」
そこには、四匹のゴブリンがいた。
まだこちらには気付いていないようだ。
足元には、たくさんの骨が散らばっている。
「(んっ!? あれは……)」
ゴブリンたちの向こうに、下の階層へ続く階段が見える。
「やるしかないな」
アルズは覚悟を決めた。
マジックボックスから剣と盾を取り出し、右手に剣、左手に盾を構える。
「いくぞ! たあぁぁぁー!」
アルズは、一番近くにいるゴブリンへ斬りかかった。
スパッ!
ゴブリンは縦真っ二つに斬られ、息絶えた。
あまりにもあっさり斬れたことに、アルズは一瞬だけ動揺する。
……だが、体は止まらなかった。
そのままの勢いで、二匹目に向かう。
二匹目のゴブリンも、横真っ二つに斬られ、息絶えた。
残りのゴブリンたちが、アルズに襲いかかる。
「ギャーッ!!」
アルズは、二匹の攻撃をヒラリと華麗に避けた。
「えっ!? どういうこと? 体が軽い」
攻撃を外したゴブリンたちは、互いにぶつかり合い、体勢を崩す。
「ウギャー」
アルズは、隙だらけになった二匹を同時に斬りつけた。
「終わりっと……。俺、強くなってる。訓練の成果なのか?
それにしては急だよな。もしかして……ウィンなのか……まさかな」
ゴブリンは、モンスターの中では下級クラスに分類される。
だが、本能に従う性質が強く、欲求のために残虐な行動を取る。
油断すれば命を落とすこともあり、厄介なモンスターとして知られている。
この時、アルズは気付いていなかった。
剣が、まるで彼の呼吸に合わせるように応えていたことを。
ゴブリンの死骸から、小さな魔石が現れた。
「これ、売れるかなぁ。帰ったらスミスさんに見てもらうか」
アルズは魔石をマジックボックスに収納した。
「下に行くか」
アルズは階段を下りた。
各階層でモンスターと戦いながら、さらに下へ向かう。
今が何階層かは分からないが、リザード、スパイダー、バットといったモンスターと戦ってきた。
多少の傷は負ったが、ポーションを使うほどではない。
「まだやれる」
階段を下りた先には、泉が湧いていた。
泉の周囲は青く光り、明るい。
「ここで休憩しよう」
アルズは泉の近くに座り、食料を用意する。
「父さんのスープで回復だ。いただきます!」
一口食べた瞬間、背後に気配を感じた。
「誰だ!」
振り返ったが、誰もいない。
「気のせいか……」
再びスープを口に運ぶ。
だが、やはり背後に気配を感じる。
目を凝らすと、暗闇の中に何かがいる。
剣を構え、慎重に近づく。
そこには、背中に小さな翼を持ち、紫色のセミロングヘア、口から牙の生えた女が倒れていた。
アルズは、しばらく思考が停止した。
「(なんだコイツは……生きてるのか? どうしよう……よし、一旦スープを飲もう)」
そう考え、剣を納め、泉の方へ向かおうとした。
「えっ!? なんで!? 無視するの? か弱い乙女が倒れてるのよ」
女が、少し引いた様子で言った。
「なんだ、生きてたのか」
「『なんだ、生きてたのか』じゃないわよ!
『大丈夫か! 何があった!』でしょ!」
「元気じゃないか」
「あぁもう、いいから言って!」
「わかったよ……大丈夫か? 何があった?」
「そう、それよ。感情が込められてないけど、まぁいいわ。
ここに来るまでに魔力を全部使っちゃって……回復魔法を使う魔力すら残ってないの。
おまけに、魔力回復用のエリクサーもなくなったわ……」
「休めば回復するのか?」
「気持ち程度だけどね。
私はヴァンパイアだから、血を飲めば回復するの。
ねぇ、あなたの血を少し分けてもらえない?」
「嫌だ」
「即答!? ……まぁ普通の反応だよね。
じゃあ、その傷から流れる血を少しだけ」
「嫌だ」
「また即答!
もう、お願い。魔力が回復したら、きっとあなたの役に立つと思うの。
私は状態異常と回復系の魔法が得意なの。ね? 悪くないでしょ?」
「確かに……俺は魔法を使えないし、ポーションも毒消しも残り僅かだしな……」
「ほら、お互いメリットがあるでしょ?」
「そうだな。俺の血を飲んでいいぞ」
「わぁ、ありがとう」
女は、アルズの腕の傷口を舐めた。
「!?」
全身に衝撃が走る。
――こんなに美味しい血は初めてだ。
ヒューマンの血が一番美味しいと言われているが、ここまでの代物は味わったことがない。
少し舐めただけで、魔力が回復していくのが分かる。
そして、なぜか心まで癒されていく。
「あなた、何者?」
「俺はアルズ・スクリット。スケルトンだ」
「ん? 何言ってるの? どう見てもヒューマンでしょ」
「俺はヒューマンじゃない。スケルトンだ!」
「(噂で聞いたことがある……魔族がヒューマンを育ててるって……まさか……)
そ、そうなんだ。もう少しだけ血を吸わせてね」
「おぅ、いいぞ」
女は、アルズの腕に吸い付いた。
「おい、全部飲むなよ! 死んでしまうからな」
(あぁ……たまらない……美味しすぎる……幸せ……
何だろう……光が注がれているみたい……)
女は満足そうな表情を浮かべていた。
魔力は全回復し、さらに上限まで増えている。
「ありがとう、助かったわ。
私はフィリア・グレイス。ヴァンパイアよ。よろしくね」
「あぁ、よろしく。フィリアは、どうしてダンジョンに?」
「私は試練の最中なの。
最下層にある『月読草』を取る使命を受けてるの。アルズは?」
「俺も試練の最中だ。最下層の闇魔石を持ち帰らないといけない」
「おかしいわね……試練を受ける者同士は遭遇しないはずなんだけど……
まぁいいか。最下層に行くのは同じね。一緒に行きましょ」
フィリアは気付いていなかった。
自分がダンジョンに入ってから、一年以上の月日が経っていることを。
「あぁ。少し休憩してからな。
最下層にはケルベロスがいるし……血も吸われたし」
「ケルベロス!? 尚更一緒がいいわね。
休憩しながら、お互いの道具やスキル、魔法を確認しましょう」
「そうだな。まずは腹ごしらえだ。フィリアも食べるか?」
「私は食べないわよ。主食は生き物の血だから」
「凄いな。本当にヴァンパイアじゃん!」
「だからそう言ってるでしょ!
魔力がなくなったら、アルズの血を頂戴ね!」
「やっぱり、そうなるよな……」
「だって、アルズの血、すっごく美味しいんだもん!」
二人は、今後のことや作戦について話し合った。
「問題はケルベロスね……
私の魔法で動きを止めて、アルズが攻撃……アルズは何かスキルを……」
だが、ダンジョンに入ってから休憩を取っていなかったアルズは、話の途中で眠ってしまった。
「寝ちゃったか……」
フィリアは、眠るアルズをじっと見つめる。
「どう見てもヒューマンよね。魔法も使えないし、血も美味しい。
……美味しすぎるのは気になるけど。
魔族がヒューマンを育てるなんて……何か裏がありそうね」
少し考えた後、首を振った。
「今は、試練を終えることに集中しなきゃ……」
フィリアは結界を張り、自分も少しだけ眠ることにした。




