父である時間
儀式当日、アルズはいつもより早く目を覚ました。
楽しみと緊張が入り混じった、落ち着かない感情。
ベッドから起き上がり、水を飲む。
今日という一日が、これまでとは違うことを、身体が理解していた。
しばらくしてランサが来た。
「おはよう、アルズ。気分はどうだ?」
「父さん、おはよう。少し緊張しているけど、楽しみでもある。ねぇ父さん、俺は絶対に幹部になるから。幹部になって父さんを楽にしてあげる。もう少しだけ、待ってて」
「アルズ、ありがとう。期待して待ってるよ」
いつもと違う反応に、アルズは驚いた。
いつもなら「何言ってんだ」と返してくるのに、今日は素直だ。
続けてランサは言った。
「アルズ、儀式について話しておこう。儀式のダンジョンは、入る度に中の構造が変化する。ダンジョンの攻略情報が出回っていないのは、そのためだ。中には理性を失ったモンスターが沢山いるから、気を付けるのだぞ。さらに、入る者によって目的も違ってくる。別名『試練のダンジョン』とも言われている。目的を達成すれば、ダンジョンの入口に繋がるゲートが現れるだろう。いいか、一度ダンジョンに入れば出られない。目的を達成するか、力尽きるかの二択だ。それと……」
ランサは布袋から、手のひらサイズの白いキューブを取り出した。
「これをお前にあげよう」
ランサはアルズにキューブを渡した。
「それは『マジックボックス』という。その中に、武器や道具、食料などを保管できる。使い方は、仕舞う・取り出すものをイメージすれば応えてくれるだろう。容量は無限だ。特にお前はよく食べるからな。食料は、しっかり準備して行くんだ」
「父さん、ありがとう」
アルズはランサの目を見て言った。
「アルズ、死ぬんじゃないぞ!」
ランサはアルズを優しく抱きしめた。
こんな感情は初めてだった。これが、親というものなのか。
命令を受けた時は、ヒューマンの子供なんて最悪だと思っていた。
しかし、アルズが成長するにつれ、「父さん」と呼ばれる度に、愛おしくて仕方がなくなっていった。
いつか、本当のことを言わなければと分かっていたが、アルズの父でいたいと願う気持ちに負けてしまう。
アルズは真実を知れば、私を恨むかもしれない。
せめて、この儀式が無事に終わるまで、アルズの父親でいさせてほしい。
ランサは、無事に儀式が終わった時に、全てを話そうと誓った。
「さて、儀式に向かうにあたって、魔王様に出発の報告をせねばならん。魔王様に使命を命じてもらわないといけないからな。準備するんだ」
長年の研究によって、ダンジョンに入る者の使命が事前に分かるようになっている。
儀式当日に、魔王から使命を与えられるのが風習だった。
「了解!」
早起きしたおかげで、余裕をもって準備ができる。
準備をしながら、色々なことを考えた。
まだ起こってもいない事への不安、儀式を成し遂げた自分の姿、魔王について――。
アルズが魔王に会うのは初めてだ。
恐怖よりも、魔王の姿に興味があった。
準備を終えたアルズは、ランサと共に魔王城へ向かった。
「よっしゃー! 行くぞ!」
二人の足取りは軽かった。
---
魔王城に着くと、門番に中へ通され、広いエントランスの中央に、漆黒のドレスを着た女性が出迎えた。
女性はこちらに一礼して言った。
「本日、儀式に向かわれるアルズ様とお父様ですね。お待ちしておりました。私は魔王様の秘書で、幹部の一人――ヴィオーラ・フォンセと申します。以後、お見知りおきを。謁見の間で魔王様がお待ちしております。どうぞ、こちらへ」
ヴィオーラは、とても丁寧な口調だった。
「どうも、ありがとうございます」
ランサも丁寧に返す。
二人は案内された方へ歩き出した。
ランサは、豪華な造りの城内に落ち着かない様子でキョロキョロしている。
アルズはヴィオーラに興味津々だ。
ショートヘアーのシルバーの髪色。
角のようなものが二本見える。
(これは、サキュバスだろうか……)
アルズが心の中で呟いた瞬間、
「私はサキュバスです。イメージしていたサキュバスと同じだったかしら?」
「うわぁっ!?」
アルズは、驚きのあまり心臓が飛び出しそうになった。
「もっ、申し訳ございません。お城の方とお会いするのは初めてでして……あはは……」
慌ててランサがフォローに入る。
(父さん、ナイス!)
アルズは、心の中で感謝した。
「いえ、責めているわけではありません。ただ、あまりジロジロ見られるのは恥ずかしいのです」
ヴィオーラは、少し頬を染めて言った。
(かっ、可愛い……)
ランサとアルズの顔が、思わず緩んだ。
「こちらが謁見の間です」
気付けば、大きな扉の前に着いていた。
ランサとアルズは、瞬時に表情を引き締めた。
「魔王様、アルズ様とランサ様をお連れしました」
ヴィオーラの言葉と共に、大きな扉が開く。
これが謁見の間――アルズは息を飲んだ。
前方には長い階段、その上に玉座。
両端には、幹部らしき者たちが並んでいる。
玉座には、魔王が座っていた。
アルズとランサは階段へ近づき、片膝をついて頭を下げる。
なんという威圧感。
圧し潰されそうになる。
今までの全てを否定されているかのようだ。
ランサは震えていた。
これが魔王。魔族の頂点に君臨する存在なのか。
「二人とも、ご苦労だった。我はズワルト・ドロモスだ。ランサよ、よくぞアルズをここまで育て上げたな」
意外にも、ズワルトの言葉は優しかった。
「勿体ないお言葉でございます」
ランサの震えは、まだ止まらない。
「ハッハッハッ。本日は祝いの日だ。頭を上げよ」
「はいっ」
二人は頭を上げ、ズワルトを見た。
全てを見透かすような目。
破滅をもたらす長い爪。
一瞬で消されてしまいそうな存在感。
アルズの想像を、遥かに超えていた。
自分とは次元が違う――それが一瞬で分かる。
「さて、アルズよ。そなたはこれから儀式に向かう。使命を与えるが、覚悟はよいか?」
「はい、魔王様。よろしくお願い致します」
「よい。アルズよ、そなたの使命は、ダンジョンの最深部にある闇魔石を持ち帰ることだ。闇魔石は、番犬ケルベロスが守っておる。見事、ケルベロスを倒し、闇魔石を持ち帰るのだ」
「このアルズ・スクリット、必ずや闇魔石を持ち帰ってみせます」
アルズは、胸に手を当てて言った。
「うむ。では、ダンジョンへ向かうがいい」
「はいっ! 失礼いたします」
二人は一礼し、謁見の間を後にした。
---
城を出た二人は、ほっと息をついた。
「父さん、魔王様の存在感は凄かった! 幹部も皆、ただ者じゃない感じだった」
「あぁ、やっと体の震えが止まった。何より、無事に使命を与えてもらえて良かったな」
「うん! 俄然やる気が出てきたぜ! 必ず闇魔石を持ち帰ってみせる」
「そうだな……待ってるからな」
「了解! それじゃ、行ってくるよ」
片手を上げて別れを告げたアルズは、ダンジョンへ向かった。
「おぉ、気を付けるんだぞぉ!」
ランサは、いつ戻るか分からない背中に、目一杯手を振った。




