信頼の街
「ただいまぁ」
フィリアは勢いよく扉を開いた。
「おぉ、おかえり。結婚式はどうじゃったかのぉ?」
「はい、凄く楽しかったです! 町の賑わいに元気を貰えましたよ」
「それは良かったのぉ」
「ん?」
セフィラはアルズの表情が気になった。
「アルズ、どうしたのじゃ? 何か言いたそうじゃのぉ」
アルズはセフィラの目を真っ直ぐに見た。
「セフィラさん……俺、旅に出ます」
「はて、急にどうしたのじゃ?」
アルズはこれまでの事を話した。
「うむ……ドワーフ領か……」
「よかろう。ここにいても両親の情報は得られん。その剣についても気になるじゃろ」
セフィラはアルズの決心を受け止めた。
「今日はもう遅い。ゆっくり休んで明日に出発するといいじゃろ」
「ありがとうございます」
「フィリアもじゃな?」
「もちろんです!」
フィリアは親指を立てて突き出した。
「さて、お風呂に入って疲れをとるのじゃ」
「はい!」
その夜、セフィラはどこか寂しそうだった。
――翌朝。
フィリアは、いつものようにアルズを起こしに行く。
「アルズ、朝よ。ご飯の支度をしなくちゃね」
ノックをして扉を開ける。
そこには着替え終わったアルズがいた。
「まったく……返事するまで開けるなよ」
アルズは微笑んでいた。
「だって、いつも寝てるじゃない」
フィリアも微笑んだ。
「さっ、朝食の準備だ」
「うん!」
二人は一階に降りた。
テーブルに朝食を並べ終える頃、セフィラが起きてきた。
「おはよう」
『おはようございます』
「なんじゃ、二人とも良い顔をしておるな」
アルズとフィリアは顔を見合わせて笑った。
(余計な心配は無用じゃのぉ)
いつものように三人で食事をする。
「よいか、危ないと思ったら逃げるのじゃ。それは決して情けない事ではないぞ」
「そして、立ち止まるのじゃ。今まで見えなかったものが見えてくるからのぉ」
アルズとフィリアは頷く。
「お前たちは一人ではない。この意味がわかるな?」
「はい」
アルズはセフィラの優しさに触れた。
「ワシもおるからのぉ……」
「セフィラさん……」
フィリアの目から雫が落ちた。
「自分を信じ、お互いを信頼するのじゃ」
アルズが立ち上がる。
「今まで……ありがとうございました!」
フィリアはアルズを見て立ち上がる。
「ありがとうございました!」
「うむ。朝はしっかり食べるのじゃ。力が出ないからのぉ」
三人は食事を楽しんだ。
「準備は出来たかのぉ?」
「はい!」
「バッチリです!」
「よし、ドワーフ領はここから西に真っ直ぐ行けば辿り着く。今は道が整備されているから迷う事はないじゃろ」
セフィラはフィリアを見た。
「フィリア、耳を貸すのじゃ」
セフィラはフィリアの耳元で話す。
「!?」
フィリアは驚いている。
「……わかりました」
アルズは何を話しているのか分からない。
直感で聞いてはいけないと感じていた。
「いつでも頼って良いからな。では行くのじゃ! 体に気を付けるのじゃぞ」
「お世話になりました!」
「行ってきます!」
セフィラは二人の姿が消えるまで手を振り続けた。
二人は森を抜け草原を歩いていた。
セフィラの言う通り道は整備されている為、迷うことはなさそうだ。
「風が気持ちいいわね」
「そうだな。ベルデも喜んでいるかな……」
アルズは空を見上げた。
「きっと空を飛び回っているわよ」
「ハッハッハッ、違いないな」
「ところで風の加護を受けたけど、魔法は使えるようになった?」
「まだよ。使えるレベルに達してないと思う」
「俺もだ。身体は軽くなったけどな」
「強くならなくちゃね」
「あぁ、また幹部と遭遇するかもしれないからな」
「私たちなら大丈夫だよ! 乗り越えられる」
「頼もしいな!」
その時、向こうから馬車がやってきた。
すれ違うタイミングでアルズは殺気を感じた。
「フィリア、危ない!」
荷台からフードを被った人物が斬りかかってくる。
キンッ!
アルズは剣で受け止める。
「何者だ!」
「ケッ、失敗かよ……」
襲撃者は荷台に戻り馬車で逃げて行った。
アルズは襲撃者が荷台に乗る際に耳が長い事に気付いた。
「エルフ……?」
「え!?」
「盗賊だろう……」
「これからエルフ領は変わる。オルトさんがいるからね」
「そうだな。こんなことをしなくてもいい時代になればな……」
二人はこれからのエルフ領に期待を抱き、再びドワーフ領へ向けて歩き出した。
しばらく草原を歩いた。
ドワーフ領らしき建物は見えない。
「結構歩いたけど、まだみたいだな」
「う〜ん。そうねぇ……」
フィリアは目を細めて遠くを見る。
「!?」
「アルズ、あれ街じゃない?」
「どれだ……」
アルズも目を細める。
「あっ! 街だ!」
「アルズ、行こう!」
二人は街へ向けて走り出した。
――ドワーフ領 ミーデ
アルズとフィリアは入口に着いた。
特に門番などはいない。
「入っていいのかな?」
「入ってみよう」
二人は街の中に入る。
ミーデの街は至る所で蒸気が出ており、金属を打つ音が響いていた。
「凄いな……」
アルズは圧倒された。
「異世界みたいね……」
フィリアは口が開いたままだ。
アルズはヴェルクから貰ったメモを取り出し確認した。
「う〜ん。この街は広過ぎて分からないや」
「誰かに聞いてみましょ」
近くを通りかかったドワーフに話しかけてみる。
「あの、すみません」
「ん? なんだ?」
「この紙に書いてある場所に行きたいのですが……」
「あぁ、ヴェルクの工房か。えっと……」
ドワーフは丁寧に教えてくれ、簡単な地図を書いてくれた。
「アンタたち、ミーデに来るのが初めてかい?」
「そうです」
「ヴェルクの知り合いみたいだから大丈夫だと思うけど、この街は信頼関係で成り立ってるのさ。普通なら相手にされないから気を付けな」
「信頼関係……ですか」
「そうだ。一見さんでは通用しねぇ。買い物も出来ないからな。寄り道せずにヴェルクの所に行きなよ」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあな!」
ドワーフは手を上げて立ち去って行った。
「アルズ……これって私たちラッキーだったってことよね?」
「ラッキーもラッキーさ。普通に来ても門前払いだったろうな」
アルズはドワーフに書いて貰った地図を確認した。
「このまま行こう」
ヴェルクの工房は中心部から離れていた。
路地裏の入り組んだ道を通る。
教えて貰わなければ辿り着けない場所だった。
「ここだ」
ヴェルクの工房は、それほど大きくはない店構えだ。
アルズは扉をノックする。
「すみません」
応答がない。
しかし、中からは金属を打つ音が聞こえてくる。
「作業中だろうか」
「入ってみましょうよ」
フィリアは扉を開ける。
「失礼しま〜す」
中に入ると目の前にカウンターがあった。
その奥に大きな竈があり、その横で剣を打つドワーフがいた。
その表情は何かに取り憑かれているかのようだった。
打たれる剣は応えるように衝撃音を響かせていた。
アルズとフィリアは、あまりの迫力に話しかけられずにいた。
そしてしばらくの間、二人は作業に見入っていた。
やがて――
「ふぅ」
ドワーフは汗を拭った。
アルズとフィリアに気付く。
「どちら様だ?」
アルズの顔を見た瞬間、
「おぉ、来てくれたか! 俺は信じていたぞ」
「どうも、ヴェルクさん。フィリアも一緒です」
「おぉ、フィリアの嬢ちゃんも来てくれたか。さっ、こっちの部屋に」
アルズとフィリアは案内された部屋に入り椅子に座った。
「お茶を入れてくるから待っててくれ」
「お構いなく」
アルズとフィリアはお辞儀をした。
しばらくして、お茶を乗せたトレーを持ってヴェルクが戻ってきた。
「こんな遠くまで、ありがとうな」
「いいえ。旅の途中でもありますから」
その時、入口の扉が開いた。
「すみませ〜ん」
「ん? 誰だ? ちょっと行ってくるな」
ヴェルクは部屋を出た。
扉の向こうで話し声が聞こえる。
「剣を打って貰えませんか?」
「俺はアンタを知らない。誰の紹介だ?」
「紹介はありませんが……」
「なら、剣は打てない。他をあたってくれ」
「おい! 俺は客だぞ! なんだその態度は!」
客の声が荒れる。
「……やかましい! お前はドワーフがどういう種族か調べてきたのか! お前とは信頼関係がない。だから剣は打てない。それだけだ!」
ヴェルクは客に勝る勢いで返した。
「ちくしょう! なんだよ。どいつもこいつも! こっちから願い下げだ!」
バタンッ!
客は扉を勢いよく閉めて立ち去った。
ヴェルクは部屋に戻る。
「いや〜すまねぇな。最近は調べもせずに訪れる客が多くてな」
ヴェルクは頭を掻いた。
「信頼関係ですね?」
「そうだ。ドワーフは職人なんだ。信頼関係がねぇと良質な作業ができねぇし、納得できるものが作れねぇんだ」
「なぜ、俺を招待してくれたのですか?」
「それはな……」
ヴェルクの目つきが変わった。
「アルズの持ってるその剣は、おそらく『英雄ミナト』が作った剣じゃないかと思ったからだ」
「!?」
アルズは言葉が出なかった。
フィリアは飲もうとしていたお茶を吹きそうになった。
無言の時間が過ぎていく。
ただ、吹き出す蒸気の音だけが響いていた。




