風が運んだもの
アルズの朝は決まった音から始まる。
ドタドタッ!
ガシャ!
勢いよく扉が開く。
「アルズ! 朝よ、早く起きなさい!」
フィリアの声は、いつもより楽しそうだ。
アルズは眠い目を擦りながら起き上がる。
「おはよう……今日はヤケに元気だな」
「当たり前でしょ。今日はリサたちの結婚式なのよ。楽しみだわぁ」
フィリアは目を輝かせている。
「式までまだ時間があるだろ。ゆっくりできるじゃないか」
フィリアは腕を組む。
「何言ってるの! 善は急げよ! 早く下に降りて朝食の支度よ」
「なんか違うような気がするが……わかったよ」
アルズは着替えて下に降りた。
「おぉ、おはよう。今日は良い天気じゃぞ」
セフィラも今日は早起きだ。
「おはようございます。すぐ朝食の準備をしますね」
「うむ。楽しみに待っておるぞ」
台所には、鼻歌を歌いながら野菜を切っているフィリアがいた。
「アルズは卵を焼いてね」
「了解!」
ここでの生活が長いせいか、二人の息はピッタリだった。
三人はテーブルに並べられた料理を前に手を合わせた。。
『いただきます!』
「セフィラさんも式に参加するのですか?」
フィリアはサラダを取り分けながら言った。
「ワシは行かぬ。魔女は表舞台に出ぬものじゃ」
「そういうものなのですか……」
フィリアは少し残念そうだった。
「ねえ、アルズ。ご飯を食べたら早めにプラーナへ行こうよ」
「そんなに早く行ってどうするんだ?」
「町の雰囲気を楽しむのよ」
「アルズよ。女性にとって結婚式とは特別なものじゃ。付き合ってあげたらどうじゃ」
セフィラは背中を押した。
「……わかりました」
「やったぁ!」
朝食を済ませたアルズとフィリアは、プラーナへ向けて支度をしていた。
「これでよし。アルズは準備できた?」
「あぁ、大丈夫だ」
セフィラは二人の姿を見て言った。
「今日は特別な日じゃ。ワシからプレゼントをやろう」
セフィラは二人に手をかざした。
「えいっ!」
二人の身体が光る。
「うわぁ」
フィリアの服が綺麗なドレスに変化した。
「素敵!」
アルズも貴族のような恰好へと変化した。
「主役より目立たぬよう、配慮しておいたぞ」
「アルズよ。剣を腰に沿えよ」
「はい」
アルズはマジックボックスからウィンクルムソードを取り出し腰に添えた。
「カッコいい!」
フィリアはアルズの凛々しい姿に見惚れた。
「うむ。では存分に楽しんでくるのじゃ」
「はいっ。行ってきます」
アルズとフィリアはプラーナへ向けて歩き出した。
――プラーナ
「アルズ、見て」
「凄いな……」
すでにプラーナの町は人で賑わい、至る所が華やかな装飾で彩られていた。
色々な種族が楽しんでいる。
「早めに来て正解だったでしょ?」
「そうだな。みんな笑顔だな」
魔族領とは正反対だった。
魔族では我先にと相手を蹴落としてまで登りつめようとするが、ここはそれが一切ない。
互いを尊重し、助け合い、まさに平和そのものだった。
しばらく町を歩いた二人は生命の樹に向かった。
「おはようございます」
フィリアは門番に挨拶をした。
「おぉ、これはアルズ様とフィリア様。おはようございます。控室へどうぞ」
「ありがとうございます」
控室に向かう廊下にはオルトとアンブルフのメンバーがいた。
「あっ、オルトさん。おはようございます」
「おぉ、おはよう。今日はめでたい日だな」
「いい国ですね」
アルズは心から思っていた。
「だろ? 俺はもっといい国になるように務めるぞ。んじゃ、またな」
オルトは片手を挙げて去って行った。
「クレールさんにも挨拶をしなきゃ」
謁見の間に移動する。
「本日は、おめでとうございます」
フィリアとアルズは一礼した。
「ありがとうございます。今日は楽しんでくださいね」
「あの……主役の二人は?」
「テラとリサは浄化の泉に行っております。エルフ領では婚姻の誓いをたてる前に、心身を清めなければなりません」
「その後は町を巡り、この生命の樹で誓いを立てるのです。いわば祝福の行進ですね」
「私の時もそうでしたが、民の歓声が凄い迫力ですよ。是非、ご覧になってください」
その時、兵士が入ってきた。
「領主様。そろそろテラ様とリサ様がお戻りになられます」
クレールは立ち上がる。
「丁度よいタイミングですね。どうぞこちらへ。特等席でご覧ください」
アルズとフィリアは町を一望できるテラスへ案内された。
「うわぁ、人がたくさん」
「プラーナが丸見えだ」
町の入口からテラとリサを乗せた馬車がゆっくりと入ってきた。
「うおぉぉぉ!」
「おめでとう!」
「プラーナを頼みますよ」
民の声がテラスまで届く。
「全力で喜んでいるな……」
アルズは圧倒されていた。
生命の樹に辿り着くまで民の歓声は続いた。
テラとリサは謁見の間に移動し、クレールの前で片膝をついた。
「我々は無事、浄化の泉にて清められました」
テラが報告する。
クレールが前に出る。
「では、誓いを……」
「テラよ。汝はリサを妻として領主として尊重し、手を取り合う事を誓いますか?」
「はい、誓います」
テラは力強く言った。
「リサよ。汝はテラを夫として尊重し、またエルフ領の領主として国を背負うと誓いますか?」
「はい、誓います」
クレールは頷き、秘書に合図を送った。
リサの頭にティアラを付ける。
「リサ……おめでとう」
「ありがとうございます」
クレールは両手を広げた。
「今ここに新たな絆が一つ生まれました。さぁ、喜びを皆で分かち合いましょう」
「では皆様。テラスへ移動してください。宴を行いましょう」
テラスへ移動すると下には民が集まり歓声を上げていた。
いつの間にか豪華な料理がズラリと並んでいた。
クレールは叫ぶ。
「さぁ、宴を始めましょう」
「うおぉぉぉ」
そこからは、皆が笑顔で今日という日を楽しんでいた。
アルズとフィリアも豪華な料理を堪能していた。
参列者の一人がアルズに近付く。
「兄ちゃん、ちょっといいかい?」
声をかけてきたのはドワーフ族だった。
「俺は『ヴェルク・ファブロ』っていうんだ。ドワーフ領で鍛冶職人をしている」
「俺はアルズです。こっちはフィリアです」
「おぅ、よろしくな。それでよ、そのアルズの持ってる剣を少し見せて欲しいんだけど……いいかな?」
「構いませんよ」
アルズはウィンクルムソードを差し出した。
「おぉ、ありがとよ。どれどれ……なるほど……ここがこうなって……」
ヴェルクは夢中になっていた。
フィリアが心配そうに見つめる。
「ちょっとアルズ。大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。悪い人には見えない」
「なんだこりゃぁ!! アルズ、この剣をどこで手に入れた?」
ヴェルクは興奮していた。
「どこって、魔族領の武器屋です」
「この剣は、まだまだ強くなるぞ。計り知れない可能性を感じる」
ヴェルクは剣と一枚の紙切れをアルズに渡した。
「もし良かったら、俺の工房に来てくれないか。紙に書いてある場所だ」
ヴェルクは頭を下げた。
「頼む! 俺に鍛えさせてくれ!」
ヴェルクの圧が強すぎて断れそうにない。
「……わかりました。ドワーフ領に行ったときに訪ねます」
ヴェルクはアルズの手を握った。
「恩にきるぜ! 楽しみに待ってるからな」
ヴェルクはニコニコしながら去って行った。
アルズは手の中の紙を見つめた。
「ドワーフ領か……」
新たな出会いの予感がしていた。
その後、宴は夜遅くまで続いた。
アルズとフィリアは魔女の森に帰っていた。
小屋までの帰り道。
「アルズ、楽しかったね」
「あぁ、料理も美味しかったな……」
アルズは何かを考えていた。
「なぁ、フィリア」
「ん?」
「皆、笑顔だったな」
「うん! 喜んでいたね」
「凄く楽しそうだった……」
「そうだね。きっとアルズのお父さんとお母さんもそうだったんだよ」
フィリアは夜空を見ていた。
「二人が結婚したとき……アルズが生まれた時も最高の笑顔だったんじゃないかな? 魔族のお義父さん……もちろん周りの人達もね」
「大切な人が元気に生きてる……こんな喜びは他にはないと思うよ」
「……」
アルズは自分の感情と向き合った。
こんなに自分の奥深くまで潜ったことはないくらいに……そして。
「フィリア……ありがとう。俺、決めたよ」
「何を?」
「本当の父さんと母さんを探す。俺を育ててくれた父さんの為にも……俺は幸せ者だったんだ」
アルズはフィリアを見る。
「だから、これからもよろしく頼む」
その時、二人を包むように夜風が吹いた。
「あっ……」
フィリアの目から熱い雫が零れ落ちる。
そこには――
少年のような笑顔のアルズがいた。




