届いた悲鳴
アルズとフィリアは言葉を失っていた。
「二人ともどうしちゃったのぉ? 驚いたかなぁ?」
バァン!
アルズは自分の頬を思い切り叩いた。
その音でフィリアも我に返る。
「精霊を倒したのか……?」
「そうなるわねぇ」
「どうしてだ……?」
「喜んでもらいたかったからよぉ」
「幹部は皆、属性の後継者なのか……?」
「さぁ? 数えたこともないわ。興味もないし」
「お前にとって喜びとは何だ……?」
ベルデは不思議そうに首を傾げた。
「戦うことに決まってるじゃない。喜びを味わえる唯一の方法よ」
アルズは拳を強く握り締めた。
「……違う。争いは何も生まない……」
「アルズ……」
フィリアは悔しかった。
ここまで来て、自分は何もできていない。
アルズの力になれていない。
「何を言っているの? あなた達だって喜びを感じているでしょ?」
ベルデは本気で理解できないという顔をしていた。
「俺の喜びは……大切な人が笑顔で幸せそうにしていることだ」
「あっ、ランサのことね。本当の父親じゃないのに」
「俺にとって父さんであり、大切な存在だ。最後まで俺のことを考えてくれていた」
アルズの声が低くなる。
「お前たちは俺から喜びを奪った……」
「仕方ないじゃない。弱いから死んだ。ただ、それだけのことよ」
「仕方ないだと……」
アルズの肩が震える。
「命を何だと思っている……」
クレールの言葉が脳裏をよぎった。
――感情を感じる許可を。
「何が目的なんだ……」
鼓動が速くなる。
「なぜ、俺なんだ……」
その瞬間。
ウィンクルムソードが反応した。
振動が高まり、刀身が黄金へと染まる。
不思議な感覚だった。
怒りに満ちているはずなのに、頭は妙に冷静だった。
フィリアはその光景を見て息を呑む。
(このままじゃ……昔の私と同じだ)
(アルズのために何かしないと……)
支援魔法を発動しようとした瞬間、
ベルデの放った突風が襲い掛かった。
アルズは即座にフィリアの前へ飛び出す。
剣を振り抜き、突風を弾き返した。
「なるほど……今のあなたにとって、その子が大切な人なのね?」
ベルデは不吉な笑みを浮かべる。
「手出しはさせない! もう失うのはごめんだ!」
「(フィリア、大丈夫か?)」
「(ありがとう。でも私、何もできない……ごめんね……)」
「(そんなことはない。傍にいてくれるだけで、どれだけ救われてきたか……)」
フィリアは目を見開いた。
「(落ちこぼれと言わせないんだろ? 無詠唱の魔法使い様)」
その言葉で思い出す。
あの日、自分自身に誓ったことを。
「(そうよ……!)」
胸の奥で何かが弾けた。
「(目が覚めたわ。ありったけの支援魔法をプレゼントするから受け取って!)」
「(それはありがたい)」
「行くわよ!」
フィリアは無意識だった。
アルズを支えたい。
ただ、その想いだけだった。
『フィカシオン』
『ヴェーガ』
二つの魔法陣が同時に展開される。
本来ならあり得ない光景。
魔法は一度に一つ。
それがこの世界の常識だった。
だが今、その常識が覆されていた。
アルズの攻撃力と素早さが大幅に向上する。
「たぁぁぁっ!」
アルズは一気に距離を詰めた。
「は、速い……!」
ベルデの表情が変わる。
アルズの連撃が容赦なく襲い掛かる。
ベルデは必死にかわし続けた。
「アタッシェ!」
フィリアの拘束魔法が発動する。
足元から現れた鎖がベルデを絡め取った。
「なっ……何よ、これ!」
ベルデの動きが止まる。
アルズは剣を振りかぶった。
だが迷いが生じる。
(コアが二つ……)
(どちらを狙う……?)
その一瞬だった。
「いい加減にしなさいよ! 私は勝たなきゃいけないの!」
ベルデの身体が膨張する。
鎖が音を立てて引きちぎられた。
アルズは振り下ろす機会を逃し、すぐに距離を取る。
小柄だった身体は明らかに大きくなっていた。
瞳は赤く染まり、
剥き出しの殺意を宿している。
「はぁ……はぁ……」
ベルデは苦しそうに呼吸する。
「勝たなきゃ……勝たなきゃ喜べない……」
「……風が……変わった……」
アルズもフィリアも背筋が冷えた。
「うぁぁぁ……やめて……!」
ベルデが頭を抱える。
「話しかけるな……!」
苦しみながら、誰かと会話しているようだった。
「どうしたんだろう……」
その時、アルズは気付く。
「まさか……コアが二つあることと関係しているのか?」
ベルデは何かを振り払うようにもがく。
そのたびに衝撃波が放たれ、
壁を破壊していく。
フィリアは魔法障壁で耐え、アルズはレイ・クリーヴァーで相殺する。
その時だった。
『……た……す……けて……』
「ん?」
アルズは周囲を見回した。
「フィリア、今何か言ったか?」
「私じゃないわ。女性の声が聞こえたけど……」
『……この子……を……たすけて……』
「この子を?」
『……ベル……デ……』
「ベルデ!?」
アルズとフィリアは顔を見合わせた。
「アルズ、どういうことだろう?」
アルズは思考を巡らせた。
「おそらく、二つあるコアの一つは、この声の主じゃないかな?」
「あっ!」
フィリアはあることに気が付いた。
「さっきベルデは精霊を倒したって言っていたけど、取り込まれたのかも……」
「そう考えれば、コアが二つあることに説明がつくな……」
アルズは考えながら続ける。
「解放してあげよう。精霊のコアを解放するんだ」
「どうやって……?」
フィリアはアイデアが浮かばなかった。
「セフィラさんが言っていた……光の力を使ってみよう。波動をあてるんだ」
「上手くいくのかな……」
フィリアは心配になっていた。
「俺には光の属性があるかもって言ってたんだ。光は他の属性を調和する……」
「それに、あの日見た夢……『光を絶やすな』という言葉……」
「信じていたいんだ。自分を……支えてくれた人達のためにも……」
「アルズ……私、弱気になってた……私は信じるよ! アルズならできる。私が保証するよ!」
「フィリア、ありがとう。でも、一人じゃ出来ないかもしれない。力を貸してくれないか?」
「もちろんよ! 任せなさい!」
「よし! 一緒に解放してやろう」
アルズとフィリアの目には希望が満ち溢れていた。
ベルデの動きが止まる。
「衝撃波が止んだ……」
静かな空間だった。
ベルデは吹き抜けの天井から空を見つめていた。
落ち着きを取り戻しているようだ。
空に向かって何かを呟いている。
「私は……勝つわ……」
「……喜んでくれるでしょ……?」
ゆっくりと視線をアルズに向け、睨む。
「さぁ、続きを……喜びを味わうのよ……」
フィリアは息を呑んだ。
風を纏い宙に浮かぶベルデは、
先ほどまでの小柄な少女とは別人のようだった。
だが――
アルズには違って見えた。
その瞳の奥にあるものは殺意ではない。
悲鳴だった。
まるで助けを求める子供のように、
ベルデは泣いているように見えた。




