解き放つ喜び
三人は湖へと移動した。
透き通る水面の中央――小さな陸地に、八本の木が並んで立っている。
セフィラはアルズとフィリアに向き直った。
「では、課題を与えるぞ。期限は七日。よいな?」
「はい」
「お願いします!」
セフィラはまずアルズを指差した。
「アルズ。この湖の中央にある木が見えるな?」
「はい」
「あれを――ここから全て斬るのじゃ」
「……全部?」
「うむ。一撃でな」
「い、一撃で!?」
思わず声が裏返る。
「なに、魔法人形にやったことの延長じゃ。できぬ道理はない」
続いてセフィラはフィリアを見る。
「フィリア。お主は指定した三つの魔法を無詠唱で発動せよ」
「三つ……!」
「アタッシェ、ミュール、ヴァムプレス。この三つじゃ」
魔法人形が現れる。
「では――始めるのじゃ」
『はいっ!』
――一日目
アルズの斬撃は木に届く前に失速した。
風を裂いても、届く頃にはそよ風同然。
フィリアは無詠唱を意識しすぎ、魔力を空回りさせて地面にへたり込んだ。
セフィラは何も言わず、静かに見守った。
――二日目
変化はない。
アルズの刃は届かず。
フィリアの魔法は形にならない。
焦燥だけが積み重なっていく。
――三日目
「……波が違う?」
フィリアは魔法ごとに“振動の癖”が違うことに気付いた。
「――アタッシェ!」
無詠唱成功。
残り二つ。
だがアルズに進展はない。
――四日目
フィリアはミュールの無詠唱に成功。
残り一つ。
一方――
アルズの刃は、今日も届かない。
苛立ちが募る。
――五日目
アルズは剣を置いた。
「……俺に足りないのは、技術じゃない」
そう呟き、瞑想を始めた。
フィリアはヴァムプレスの無詠唱を成功させ、課題達成。
だが喜ぶ余裕はなかった。
視線はずっと、瞑想を続けるアルズへ向いていた。
――六日目
アルズは今日も剣を握らない。
ただひたすら、自分の内側と向き合い続けた。
セフィラは黙って見つめる。
(……面白い。己で答えを探すか)
――最終日
朝。
アルズは静かに立ち上がった。
剣を握る。
そして目を閉じた。
(あの時……ケルベロスと戦った時……)
思い出す。
死を覚悟したあの瞬間。
心の奥底から溢れた感情。
(何の為に戦う)
(誰の為に戦う)
胸が熱くなる。
(守りたい)
その感情を、ずっと押し殺してきた。
失うのが怖かった。
傷つくのが怖かった。
また大切なものを奪われるのが怖かった。
(……でも違う)
怖いからこそ守りたい。
その想いから逃げたくない。
クレールの言葉が蘇る。
『感情を感じる許可を、自分に出してあげてください』
(――許す)
(俺は、この感情を認める)
(フィリアを守りたい)
(父さんの仇を討ちたい)
(真実を知りたい)
(それが――)
アルズは目を開いた。
(俺の“喜び”だ)
瞬間――
轟ッ!!
暴風が吹き荒れる。
湖面が激しく波打つ。
ウィンクルムソードが黄金に輝いた。
「……きたか」
セフィラの目が細まる。
(ウィン――共に行こう)
剣と心が重なる。
アルズは腰を落とし、全神経を一点へ集中させた。
「いくぞ……!」
真横へ――一閃。
「たああああああッ!!」
ブォォォンッ!!!
空間そのものが裂けた。
黄金の光刃が解き放たれる。
湖面を割り。
風を裂き。
大気を震わせながら――
一直線に木々へ到達。
ズバァァァッ!!
八本の木が同時に断たれた。
なお勢いは止まらず――
後方の魔法障壁に激突。
バァァンッ!!
衝撃が森全体を揺らした。
「……ほぅ」
セフィラは微笑む。
「見事じゃ」
「……はぁ……はぁ……」
膝をつくアルズ。
その顔には、確かな達成感があった。
「やった……」
フィリアが駆け寄る。
「アルズ!! すごいよ!!」
「……フィリアのおかげだ」
「え?」
アルズの口元が、僅かに緩む。
「……っ」
フィリアの胸が跳ねた。
(今……笑った)
ほんの少し。
けれど確かに。
アルズは笑っていた。
「……お、おかげってどういうこと?」
「……秘密だ」
アルズは照れ隠しのように顔を逸らした。
パチパチパチ。
セフィラが拍手を送る。
「二人とも課題クリアじゃ。よくやったのぉ」
『ありがとうございます!』
「アルズ、今の技に名を授けよう」
「えっ」
「――“レイ・クリーヴァー”」
「……! かっこいい!」
「うむ。よい名じゃろう」
「さて、最後にもう一つじゃ」
セフィラは二人を呼び寄せた。
「目を閉じるのじゃ」
二人が従う。
柔らかな風が身体を巡った。
温かく。
優しく。
全てを肯定されるような感覚。
「これで神殿に拒まれることはない」
「……え?」
「そしてプレゼントじゃ」
次の瞬間――
(……聞こえるかのぉ?)
「っ!?!?」
(セフィラさん!?)
フィリアが飛び跳ねる。
(アルズの声も聞こえる……)
(お主らの意識を繋いだ。思念会話じゃ)
(ただし万能ではないぞ。集中が乱れれば途切れる。距離が離れすぎても使えん)
(旅で役立てるのじゃ)
『ありがとうございます!!』
その夜。
三人は食卓を囲み、穏やかな時間を過ごした。
だが――
◇
爽やかな風が部屋を吹き抜ける。
羽を広げた女が、恍惚とした表情で目を閉じていた。
「……楽しみだわぁ……」
胸に手を当てる。
脈打つ高揚。
震える歓喜。
「早く来ないかしら……」
鋭い爪を撫でる。
「きっと……アルズも悦んでくれるわ」
唇が歪む。
「戦いの中で喜びを分かち合う……」
「これ以上ない幸福を――」
狂気を孕んだ笑みが浮かぶ。
「……一緒に遊びましょう?」
風が舞い上がる。
「アルズ――」




