血は、呼ぶ
アルズは護衛の後に続きながら、考えがまとまらずにいた。
夢の中で語りかけてきた声。
『光を絶やすな』――その言葉だけが、胸の奥に残り続けている。
あれは誰だったのか。
なぜ、自分に語りかけてきたのか。
答えの出ない問いが、頭の中で渦を巻いていた。
隣を歩くアルズの横顔を見て、フィリアは何度も口を開きかけては閉じた。
声をかけるタイミングを、見失っていた。
――その時。
「森を抜けるぞ!」
先導していたテラの声に、緊張がほどける。
視界が開け、前方に見覚えのある建物が見えた。
ギルドだ。
そこでフィリアは、ずっと胸に引っかかっていた違和感を口にする。
「そういえば、この町には城が見当たらないわね」
「城ならあるわよ。あそこに」
リサが誇らしげに指差した先――
そこにあったのは、あの巨大な樹だった。
「……え?」
「生命の樹が、城なの?」
「そうよ。行ってみればわかるわ」
近づくにつれ、その存在の大きさが現実を圧倒してくる。
山のようにそびえ立つ幹。
満ち溢れる生命の気配。
すべてを包み込むような優しさ。
フィリアは思わず息を呑んだ。
「すごい……なんだろう、この感じ……」
アルズは、言葉にできない“何か”を感じていた。
胸の奥が、温かくなる。
迎え入れられているような、不思議な感覚。
――呼ばれている。
そんな錯覚すら覚えるほどの、“共鳴”。
「さぁ、中へ」
テラに導かれ、内部へと足を踏み入れる。
そこは明るく、清らかで、静かな空気に満ちていた。
「(魔王城とは……真逆だね)」
フィリアが小さく呟く。
重厚な扉の前で、テラが足を止める。
一呼吸。
「領主様。旅人をお連れいたしました」
ゆっくりと扉が開いた。
広がる空間。
その奥、玉座に座る一人の女性。
リサとテラが片膝をつく。
それにならい、アルズとフィリアも膝をついた。
「リサ、テラ。ご苦労さまでした」
穏やかな声。
だがその瞳は鋭く、真っ直ぐに二人を見ている。
「ご足労いただき、感謝いたします。どうぞ、面を上げてください」
顔を上げた――その瞬間。
領主の瞳が、大きく見開かれた。
(……やはり……)
(そっくりだ……あの時の……ルミナスと……)
胸の奥が強く揺れる。
だが、その動揺を押し殺すように、静かに口を開いた。
「私はエルフ領の領主、クレール・アレグリアと申します」
「以後、お見知りおきを」
「私は、フィリアと言います」
「……俺は、アルズです」
名乗った瞬間、アルズの胸に違和感が走る。
初めて会うはずなのに――懐かしい。
(父さんと一緒にいるみたいだ……)
理由のわからない安心感が、胸に広がっていく。
「お二人は旅をされているとか。……どこへ向かわれるのですか?」
「えっと……まだ決めてなくて。この世界を見て回ろうかなって……」
フィリアが言葉を選ぶ。
その横で、アルズは静かに口を開いた。
「俺は……魔王軍の中で育ちました」
空気が変わる。
「魔族として生きてきた。でも、違った」
拳が、震える。
「育ての父から、自分がヒューマンだと知らされて……」
一瞬、言葉が詰まる。
「旅に出ろって言われました。真実を見てこいって」
視線を落とし、強く握りしめる。
「父は……自分の命を犠牲にして、俺を送り出してくれた……」
沈黙。
「俺は、魔王を許せない」
ゆっくりと顔を上げる。
「この目で真実を知って……強くなって……魔王を倒す」
「それが、俺の旅の目的です」
「アルズ……」
フィリアの声が、そっと寄り添う。
クレールは静かに目を閉じた。
(間違いない……)
(この子は――)
「……そうでしたか」
ゆっくりと目を開く。
「私の知っていることが、少しでも力になれば良いのですが」
「なんでもいいです! 教えてください!」
アルズが身を乗り出す。
クレールは一瞬だけ迷い――そして決断した。
「あなたによく似た人物がいます」
空気が張り詰める。
「私の姉……ルミナス・アレグリアです」
「……姉?」
「ええ。今は結婚して、ルミナス・グローデンと名乗っています」
その名前を聞いた瞬間――
アルズの心が大きく揺れた。
「……グローデン……」
「彼女に会えば、あなたの求める答えに辿り着くかもしれません」
「どこにいるんですか!?」
フィリアが前のめりになる。
だが、クレールは静かに首を振った。
「この領地にはいません」
その声には、わずかな寂しさが滲んでいた。
「エルフには、同種族間でしか結婚を認めない掟があります」
「彼女はヒューマンと結ばれ……追放されました」
静かな衝撃が走る。
「今は、ヒューマンの領地にいます」
アルズは黙って聞いていた。
「……ルミナス」
その名を、確かめるように呟く。
「まずは、この地で力を蓄えなさい」
クレールの声が、優しく包む。
「どちらで寝泊まりを?」
「魔女セフィラさんのところで」
「……あぁ、セフィラの」
クレールが微笑む。
「それなら安心ですね」
「驚かないんですか?」
フィリアが首を傾げる。
「魔女ですよ?」
「エルフの領主は代々、魔女と共にあります」
「大きな決断の時、導きをいただくのです」
「……なるほど」
フィリアが納得する。
クレールはアルズを見つめた。
「風の神殿で、加護を受けてみてはいかがでしょうか」
「でも俺は……ヒューマンです」
「加護なんて――」
言いかけたその言葉を、クレールが静かに遮る。
「ヒューマンの力は、まだ解明されていません」
まっすぐな瞳。
「かつて、たった一人だけ――加護を受けたヒューマンがいました」
「あなたが違うと……誰が決めたのですか?」
その言葉は、まっすぐにアルズの胸を貫いた。
沈黙。
そして――
「……やってみたいです」
一歩、踏み出す。
「俺、強くなりたい」
「誰かを守れるように」
その決意に、クレールは静かに頷いた。
「森へ戻ったら、セフィラに相談なさい」
「きっと、力になってくれるでしょう」
――◇
謁見を終えた廊下。
テラがアルズの肩を軽く叩く。
「いい覚悟だったな」
「……ありがとうございます」
その目には、もう警戒はなかった。
同じ守る者としての、静かな共感。
客室の窓から、プラーナの夜景が広がる。
アルズは胸に手を当てた。
まだざわつきは消えない。
だが――
確かに、進んでいる。
この樹も、この風も、あの言葉も。
すべてが、自分の中の何かと繋がっている。
(父さん……)
(俺、一歩ずつ進んでるよ)
静かな決意が、夜の風の中へ溶けていった。




