呼び声の先に
ガシャンッ!
静まり返ったギルドの空気を切り裂くように、扉が激しく開いた。
一人の兵士が息を切らしながら飛び込んでくる。
「はぁ……はぁ……! 報告……! その、護衛依頼は……テラ様が直々に受注されると……!」
「テラが? なんでよ!」
リサは思わず身を乗り出した。隣でシリスも驚きを隠せない。
「リサ様の安全を最優先されたのでしょう。相手は正体不明の魔女。部隊長として黙ってはいられなかったのだと……」
兵士はそれだけ告げると、再び外へ駆け出していった。
間もなく――
重厚な鎧の音が響き、一団がギルドへと姿を現す。
その先頭に立つ男が、まっすぐリサを見据えた。
「リサ……無事だったか」
「テラったら。まだ出発もしてないわよ、心配しすぎ」
軽く笑ってみせるリサ。しかし、テラの表情は一切緩まない。
彼は静かに歩み寄り、リサの肩に手を置いた。
「妻になる相手の身を案じるのは当然だ。……護衛部隊長としてもな」
「……ありがとう、テラ」
その言葉に、リサはわずかに頬を染める。
「それで、この依頼の真意を聞かせてくれ」
「町の外で出会ったの。魔族の女の子と、ヒューマンの男の子……。その話をお母様にしたら、どうしても会いたいって。それで、魔女のもとに向かったって聞いて……」
「魔女の森か……危険すぎる。なぜ先に俺へ相談しなかった」
思わず強くなる口調。
その空気を遮るように、シリスが前へ出た。
「申し訳ありません! 提案したのは私です。リサさんはただ、その二人を助けたくて……」
テラは一度目を閉じ、深く息を吐いた。
「……すまない。感情的になった。シリス、感謝する。リサ――俺が行く。君も、その旅人も、必ず守る」
その言葉に、リサは静かに頷いた。
やがて部隊は編成され、生命の樹の加護を背に、深い森へと足を踏み入れていく。
◇
森は、静かすぎた。
つい先ほどまでの町の喧騒が嘘のように消え、重たい沈黙が一行を包み込む。
湿った土を踏みしめる音。
かすかな呼吸音。
それだけが、この空間に許された音だった。
まるで――
森そのものが侵入者を拒んでいるかのように。
「……本当に、魔女なんているのか」
テラは剣の柄を握りしめる。
「アルズとフィリアは助けられたって話よ。しかも教わるって言ってた」
「教わる、か……」
テラは眉をひそめた。
「魔女は世界の理を知る存在――そういう話は聞いたことがある。だが……」
言葉を切る。
「味方であることを願うしかないな。警戒を緩めるな」
一行はさらに奥へと進んでいった。
◇
「――はぁっ!」
アルズの剣が空を裂く。
しかし、目の前の魔法人形には傷一つ付かない。
「力に頼るでない」
セフィラの声が静かに響く。
「それではただ振っておるだけじゃ。まずは境界を消すのじゃ。自分と剣のな」
アルズは息を整える。
(振動を感じろ……)
心臓の鼓動。
手に伝わる剣の微かな震え。
二つが、少しずつ重なっていく。
その瞬間――
アルズの周囲に風が巻き起こり、剣が淡く黄金に脈打った。
「……今じゃ」
セフィラの声が落ちる。
「その振動を――世界に刻み込め」
「おおおおおっ!!」
振り下ろされた刃は、人形に触れる寸前で止まる。
だが――
シュンッ!
空気が裂け、見えない斬撃が人形を深く抉った。
「今のは……」
「それが共鳴じゃ。空間すら媒介とする力。忘れるでないぞ」
「はい……!」
アルズの瞳に、確かな手応えが宿る。
その横で、フィリアもまた自分と向き合っていた。
「うまく……いかない……」
「焦るでない。詠唱は波を創る行為じゃ」
セフィラは静かに続ける。
「頭の中で描け。その構造ごと震わせるのじゃ」
フィリアは目を閉じる。
意識の中に魔法陣が浮かび上がる。
回転し、重なり、振動していく。
(いける……!)
「シュフーラ!」
詠唱を口に出すのと同時に、魔法人形が青く染まる。
「できた……っ!」
「その感覚を脳に刻むのじゃ。いずれそれが無詠唱になる」
セフィラは小さく頷き、二人に休憩を告げた。
◇
小屋に戻り、三人は一息つく。
「お前たちは、飲み込みが早いのぉ。じゃが、焦りは禁物じゃ」
その時――
セフィラの目が細くなる。
「……来おったか」
「えっ?」
アルズが反応する。
「騒がしい。町の者たちじゃな。……お主らに用があるようじゃ」
◇
「隊長! 建物を確認!」
「リサ、俺の後ろに」
森を抜け、小屋の前へ。
ゆっくりと扉が開く。
現れたのは、一人の女性。
(これが……魔女……?)
その存在感に、テラは息を呑む。
リサが一歩前へ出た。
「突然の訪問、失礼いたします。私はリサ。こちらは護衛部隊長テラです。魔女様とお見受けいたしますが……」
「いかにも、ワシはセフィラじゃ。して、何用かのぉ?」
「アルズとフィリアという旅人を探しています」
「その二人なら、ここにおる」
奥から姿を現す二人。
「フィリア!」
「リサ!」
再会の空気が一瞬流れる。
リサはすぐに表情を引き締め、アルズを見る。
「お願い。お母様に会ってほしいの」
真っ直ぐな視線。
アルズは一瞬迷い、フィリアと視線を交わす。
「……行こう」
セフィラが静かに頷く。
「うむ、行ってくるがよい。導きになるやもしれん」
テラが前に出る。
「我々が護衛する。出発だ」
森を歩き出す一行。
その背に、セフィラの声が落ちる。
「アルズよ」
足が止まる。
「己の感覚を信じるのじゃ。……そのざわつきを無視するでない」
再び歩き出す。
アルズは、そっと胸に手を当てた。
鼓動が速い。
理由は分からない。
だが確かに――
何かが、自分を呼んでいる。




