ヒューマンの謎
緊迫した空気が流れる。
いつ戦闘になってもおかしくない状況だ。
アルズは息をのんだ。
「アルズ……あれって……」
「あぁ……幹部だ……」
「もしかして……監視されていたの……?」
フィリアの背中にぞわりと鳥肌が立つ。
その空気を破るように、セフィラが口を開いた。
「元気そうでなによりじゃ。お前はいつも楽しそうにしておるな」
「魔女様に褒めてもらえるなんてねぇ~。嬉しいわ~」
ベルデはくすくすと笑う。
「皮肉じゃよ。相変わらずな奴じゃ」
「私はアルズと遊びたいだけなの。まさか魔女様のところに行き着くなんてね」
ベルデはゆっくりとアルズに視線を向けた。
その目には、獲物を見つけた猛獣のような光が宿っている。
「お主、わかっておるじゃろうな? 手を出せば……」
セフィラがすかさず忠告する。
「もちろんですよ。そんなつもりはありませんわ~。遊んでもらおうと思って、挨拶に来ただけですよ。あ・い・さ・つ」
ベルデはわざとらしく言葉を区切った。
「二人は、しばらくここで過ごす。くだらん監視はやめておけ」
「は~い。魔女様の言うことは絶対だもん」
ベルデは肩をすくめる。
「それじゃあ一つだけ。風の加護を受けた先輩として、アドバイスを……」
ベルデはアルズを指差した。
「アルズ、あなたは魔族ではない。ヒューマンなのよ」
アルズの心臓が強く脈打つ。
「知ってる? ヒューマンは魔法が使えないの。つまり――あなたは風の神殿に入れない」
ベルデは楽しそうに続けた。
「魔王様を倒そうなんて、考えないことね」
アルズの胸が、悔しさで張り裂けそうになる。
今にも爆発しそうな感情を、必死に押さえ込む。
――その瞬間。
「アルズはできる!!」
フィリアの声が森に響いた。
「強くなるんだから!! あんたなんて、すぐに倒してみせるわ!!」
感情が爆発していた。
「フィリア……」
アルズは思わず呟く。
自分のことのように怒ってくれるフィリアを見て、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「それは楽しみねぇ」
ベルデは楽しそうに微笑む。
「でも神殿に入れないんじゃ、加護も受けられないわよ? どうするのかしらねぇ……神殿の守護者様は……?」
ベルデは意味ありげにセフィラを見る。
「えっ!? 神殿の守護者!?」
アルズとフィリアは思考が追いつかない。
「世界の叡智と呼ばれる魔女様なら、何か考えがあるとは思うけど」
ベルデは笑う。
「そもそも魔法が使えないヒューマンを鍛えても、仕方がないでしょうに」
セフィラも笑った。
「ハッハッハッ」
その笑い声には、余裕があった。
「やはりお主は何もわかっておらんようじゃな。お前が授かった風の加護が泣いておるぞ」
「当時、許可を出したのはあなたでは……?」
「そうじゃったのぉ」
セフィラは腕を組む。
「あれはワシにとって不覚じゃった。己の未熟さに気付かされたわい」
少し間を置く。
「……はて。そういう意味では感謝になるのかのぉ」
セフィラは本気で考え込んでいた。
ベルデは肩をすくめる。
「まぁいいわ。せいぜい強くなって私を楽しませてねぇ」
ベルデはアルズに投げキッスを送る。
「期待しているわ」
次の瞬間――
大きな翼が広がった。
ベルデの体が宙へと舞い上がる。
「また会いに来るから。その時は遊びましょ~」
ベルデは楽しそうに笑いながら、空へと消えていった。
森の中に、優しい風が吹いた。
張り詰めていた空気が、ゆっくりとほどけていく。
「さて」
セフィラが言う。
「これからお前たちは、ここで暮らす。協力し合うのじゃぞ」
「はい!」
アルズは聞きたいことが山ほどあった。
だが今は――強くなることに集中する。
そう決めていた。
「……と、その前に食事じゃ。準備をするのじゃ!」
「了解!」
食事をしながら、セフィラが口を開く。
「お前たちは、この世界のことを何も知らんじゃろ?」
「まずは、その頭の中から鍛えんとな」
「俺たちは魔族領のことしか知りません……いや、魔族のこともよくわかってないのかもしれない……」
「よかろう。最低限の知識を教える。覚えておくのじゃ」
「そして、あとは自分の目で確かめるといい」
アルズとフィリアは真剣な眼差しで頷いた。
「まずは――大陸じゃ」
セフィラはテーブルに地図を広げた。
「北にある『ローブノース』」
「東から南にかけての『ライパロス』」
「西から南に広がる『レスエンテ』」
「そして中央にある『グランフィーゼ』」
「大まかに、この四つの大陸がある」
「小さな島はたくさんあるが、今はいいじゃろう」
セフィラは続ける。
「次はこの世界に存在する種族じゃ」
「種族は全部で八つ」
「ローブノースを領地とする『魔族』。闇属性じゃ」
「次はライパロス」
「『エルフ族』風属性」
「『ドワーフ族』土属性」
「『亜人族』氷属性」
「『鬼族』雷属性」
「そしてレスエンテ」
「『ドラゴン族』火属性」
「『ピクシー族』水属性」
「最後に『ヒューマン族』じゃ」
フィリアが右手を挙げる。
「ちょっと待って。ヒューマンに属性は無いの? それと中央の大陸には誰もいないの?」
セフィラは嬉しそうに頷く。
「いい質問じゃ!」
「ヒューマンに属性が無いのではない。わからないのじゃ」
「謎なんじゃよ。これは世界最大の難問と言っても過言ではないのぉ」
「……わからない……?」
アルズは小さく呟いた。
「中央の大陸グランフィーゼは、定期的に各領主が集まり会議をする場所となっている」
「世界の均衡を守るための会議じゃ」
「なるほど……」
フィリアは感心していた。
「今日はこれくらいにしておこうかのぉ」
セフィラが言う。
「明日からは身体を使った実践を開始するぞ。疲れをとっておくのじゃ」
「はい! ありがとうございました!」
「うむ、いい返事じゃ」
――魔王城 謁見の間
「魔王様、ベルデより報告がきております」
ヴィオーラがズワルトに近付き言った。
「繋いでくれ。お前たちも聞くのだ」
「かしこまりました」
魔王と幹部たちの意識に、ベルデの声が響く。
「魔王様、報告しますねぇ。アルズは魔女セフィラと接触しました。しばらく滞在するようです」
「そうか……」
「それと……」
「申してみよ」
「はい。私の監視が魔女にバレてしまいまして、アルズにもバレました」
「なんだと!? 何をしているんだ、お前は!」
ディゴが叫ぶ。
しかしズワルトは落ち着いていた。
「問題なかろう。ベルデよ。アルズが魔女から離れたときに遊んでやってくれ。それまで我慢できるか?」
「もちろんです! い~っぱい遊んでやりますよ!」
「よかろう。引き続き監視を頼むぞ」
「ヴィオーラ」
「かしこまりました」
ヴィオーラはベルデとの意識共有を切った。
ふと魔王の表情を見る。
――ズワルトは笑っていた。




