喜びの中で
アルズとフィリアは港町にたどり着いた。すでに日は落ち、夜の闇が世界を包んでいる。港に並ぶ灯りが、幻想的な景色を作り出していた。
「わぁ〜、キレイ」
幻想的な光に、フィリアの目が輝いている。
「そうだな。結構時間が経ってしまった。今日はもう船が出ていないかもしれない」
「だったら、ここで一泊しましょうよ。いろいろなことが起きたんだし、休憩するべきよ」
「そうだな。どちらにせよ海を渡らないといけないし、少し疲れたな……」
「うん。じゃあ、宿屋を探しに行こうよ」
「わかったから、はしゃぐなよ」
「だって、魔族領の外に出るの初めてなんだもの。見るもの全部が新鮮なんだもん!」
「確かに……この世界がどれだけ広いかなんて考えてこなかった……。とりあえず寝床の確保をして飯だ」
「行こう!」
港町北エストリアは、魔族領の最西端に位置している。船はエルフ領側の港町、南エストリアへ向かい、エルフ領との架け橋となる唯一の手段だった。
北は魔族領、南はエルフ領が管理している。大陸の行き来ができる町だけに、さまざまな種族が滞在していた。
二人は一軒の宿屋に入り、宿泊の手続きを済ませた。明日の出港時間を確認し、食事へ出かける。
「フィリアは血があればいいんだよな?」
「基本的にはね。たまにだけど食べたりもするわよ。美味しさは分からないけどね」
「そうなんだ。美味しさが分からないと寂しいな……。あの店に入ろう」
二人は海の幸が食べられる店へ向かった。
「いらっしゃい!」
威勢のいい声で店員が迎える。
「二名様、ごあんな〜い!」
アルズとフィリアは案内された席に座り、おすすめを注文した。
「スミスさんのおかげで助かったな」
「そうねぇ。いつかお礼をしなくちゃね」
アルズはふと視線を落とした。
「……俺はいったい……誰なんだろう……」
魔族ではなくヒューマンであること。なぜ魔族に育てられていたのか。
考えても答えが出るわけがない。
フィリアが優しく語りかける。
「アルズはアルズだよ。今ここにいるのは、試練のダンジョンで私を救ってくれたアルズだよ」
アルズは黙って聞いている。
「真実を確かめるために、ここまで来たんでしょ? 大丈夫。私も隣で受け止めるからね」
フィリアはアルズを励まそうとした。自分がダンジョンで救われたように、今度はアルズの力になりたかった。
「……ありがとう。この目で確かめるんだ。父さんの想いも無駄にしたくない」
「うん、そうだね」
「お待たせしましたぁ! 海の幸スペシャルコースです!」
タイミングよく料理が運ばれてきた。
「わぁ〜、すごく豪華だね。アルズ、今日はいっぱい食べてゆっくり寝るのよ。明日から大冒険の始まりなんだから!」
「あぁ、そうするよ。……これ」
アルズは血の入った小瓶をフィリアに渡した。
「さすがアルズ! わかってるじゃない!」
「余裕のあるときにストックしておくよ」
「んっ……はぁ……やっぱりアルズの血は最高ね」
二人は互いの絆を確かめるように語り合い、助け合うことを誓った。不安を抱えながらも仲間を信じ、希望を胸に寝床へと戻った。
翌朝。
出発の準備を終えたアルズは、ランサからもらった手紙を読んでいた。
「父さん……命を犠牲にしてまで見せたかったものを、見に行くよ」
「アルズ〜、起きてるぅ? もうすぐ出港の時間だよ」
「あぁ、今行くよ」
アルズはフィリアのもとへ向かった。
「よし、出発だ」
「おぉ〜!」
朝食は途中の売店で購入し、船で食べることにした。二人は船に乗り込む。
出港時間になり、船がゆっくりと動き出した。
別れを惜しむ者。希望に満ちた表情で前を見つめる者。真実を求めて旅立つ者。
それぞれの想いを乗せて、船は進んでいく。
甲板では子供が走り回っている。
「こらっ! 走ったら危ないでしょ!」
それを叱る母親。
「まぁまぁ、元気があっていいじゃないか」
母親をなだめる父親。
アルズはその光景に見惚れていた。
「……アルズ、アルズ!」
フィリアの声で我に返る。
「あっ、ごめん。どうした?」
「向こうの話し声が聞こえてきてね。エルフ領って治安がいいみたいよ」
「そうなんだ……」
アルズも話し声に耳を傾ける。
「俺はエルフ領で仕事をするんだ。治安がいいところで働くのは最高だろうな」
「そりゃいい! 俺は風の加護を受けたいと思っている。しかし、これだけ種族がいるのにヒューマンだけが魔法を使えないって可哀想だな」
「フィリア、ヒューマンは魔法が使えないのか?」
「えぇ、残念だけど使えないと聞いているわ」
「そうなのか……風の加護も受けられないんだ……」
落胆するアルズの頬に、潮風が優しく当たる。
「……まぁ、いっか……」
その声には、感情が乗っていなかった。
それから二人はしばらく船旅を楽しんだ。心地よい時間だったのは確かだ。
ただ、何かが足りない。心に穴が空いたような感覚があった。
昼になると船は南エストリアに到着した。町並みは北エストリアとさほど変わらない。
二人は地図を頼りに歩き出した。
「エルフ領かぁ……」
この大陸には広大な自然が広がっており、生きる者すべてにとって楽園のようだった。
自然を感じながら歩いていると、前方から歌声が聞こえてきた。
そこにはエルフ族の女性が四人いた。
一人は楽器を奏で、一人は歌っている。残る二人は手を取り合い、楽しそうに踊っていた。
「わぁ〜、楽しそう!」
フィリアは笑顔で近づく。
「こんにちは。何をしているんですか?」
「こんにちは。嬉しいことがあったから、お祝いしているの」
「へぇ、そうなんだ。私も一緒に踊っていいかな?」
「もちろん! 大歓迎よ!」
「私はフィリア、こっちはアルズよ。よろしくね」
「お、おいっ!」
アルズは困惑する。
「よろしく。私はメアリー、こっちはリサよ。リサのお母さんはすごいのよ。エルフ領の領主なんだから!」
「もう、やめてよ〜。それは関係ないでしょ」
リサは照れている。
「領主ってすごいじゃない!」
「それはいいから踊りましょ!」
リサはフィリアの手を取り、踊り出した。
アルズは仕方なく、その様子を見守る。
幸せな光景だった。
自然の中で、皆が笑い、歌い、踊っている。心から楽しそうに、全身で喜びを表現していた。
見ているだけで、胸の奥が温かくなる。
――幸せを分けてもらっているような気がした。
その時だった。
アルズはふと気づく。
……あれ?
自分の顔が動かない。
「……あれっ!?」
「笑えない……」
「どうやって笑うんだっけ……」




