9、マリッジレッド(春)
「四季先生!春名さんに話しかけてはいけないという校則があるのは何故ですか?」
〈過去〉早朝の学校 春名視点
いつもより早く登校した。四季先生に相談の続きがしたくて。
「魂入れてファイト!」
どこかの部活が朝練している掛け声。
部室名を見ると“心霊研究部”と書いてある。
「え、いやいや!心霊研究部って一番朝練いらんだろ!」
声に出してつっこんでしまう。
嫌だなぁ、お父さんの影響でつっこむ時口悪くなるんだよね。
そういえば心霊研究部は四季先生が顧問だと思い出し、部室の扉に耳を向ける。
「先生、わたくし十和が活動発表します。よろしいですか?」
「もちろんだ。というかお前以外幽霊部員だろ」
聞けば聞くほどめちゃくちゃな部活じゃねえか。
「では調査報告します!七不思議のひとつ“図書室のポルターガイスト”の正体がわかりました。3年A組の春名さんという女子です」
衝撃の会話が聞こえてきたので扉の前で立ち聞きしてしまう。
「春名さんを調べました。いまだに長袖を着ていることで有名でしたが、もっと有名だったのは絶対に関わってはいけないという暗黙の校則があるとクラスメイトの方に伺いました。先生のクラスの生徒なので知ってますよね?」
「ああ、そうだ……影が薄いというよりは本人がそう錯覚してるだけで、本当はクラスメイト全員から認知はされている」
「七不思議どころか、一大不思議ですよ。わたくしは陰湿な幽霊は大好きですけど、陰湿な人間が一番恐ろしい。集団で無視してるのなら許せないいじめです!」
「十和は1年生だから知らないのか。あれは春名が1年の頃の話だ。入学式の日にーー」
その後の話を全て聞いてしまい、私は学校を飛び出した。
人生で初めて学校をサボり、人の多い久保公園の近くを歩いてみた。
「きみ、いくら?ホテル別?2でどう?」
「この公園付近はパパ活してる子多いから、違うならうろうろしない方がいいよー」
「邪魔だ!ぶつかったら謝れよ!」
私はベンチに座り、ぶつかってページがバラバラになってしまったルーズリーフを抱きしめて泣いた。
自分が存在していることを証明出来てしまったから。
夜の久保公園はどんどん治安が悪くなってきたので自宅に帰った。
「おいお前、今日学校は?」
帰ると早々にお父さんに聞かれた。
汚れた作業着の上からでもわかるがっちりした体格。建設現場で働いてるままの格好だった。
「あの、行ったんだけど……」
答えあぐねていると……
「きゃっ」
頬を叩かれた。
「サボったのはいい。お前担任に相談したろ?」
「な、何を?」
「とぼけんなや。虐待に心当たりありませんか?って担任の四季って奴から今日電話がきたぞ」
背筋が凍る。
何で?相談した時に絶対にお父さんには言わないで下さいって先生に言ったのに。
「ち、違う……」
「何が違うんだ」
かばんからスマホを奪われた。
「何でスマホなんか持ってんだ。買い与えてないだろ」
これは先生に相談した時に借りたものだ。四季先生が昔使っていたらしい旧型機。
「パスワード入力しろ」
「あ……その、これは」
「入力しろ!!」
腕をギリギリ掴まれる。私は震える指でスマホに触る。
「やっぱり……これ、昨日の夜だな。俺がお前を殴った時、隠し撮りしてたのか。
このスマホを部屋に隠して自分で盗撮したわけだ。虐待の証拠を残すために」
先生に証拠を集めろと貸していただいたものだ。
でも何でお父さんに言ったの?私が休んだから?こうなることはわかってたのに。
「や、やめてお父さん!」
腕をひっぱられ、リビングまで引きずられる。
めくれた長袖の下から、たくさんの青痣がはみ出した。
「育ててもらった感謝も忘れやがって!余計なことしてんじゃねえよ」
頬を思い切り叩かれた。
メガネが床に落ちた衝撃でレンズにひびが入った!
「あ……ああ!」
お母さんからもらった宝物が……
「お前!あんなやつからもらったものをーー」
お父さんは足をあげる。
やめて!と叫ぶ前に……
「大事に持ってんじゃねえよ!!」
メガネは踏み潰される。
レンズや折れたフレームが床に散らばった。
その時、いつもなら謝る私の頭の中で何かが切れた。
「……お父さんだって……余計なことしたくせに」
「何だと?」
「私、もう知ってるんだよ!学校に乗り込んで暴れたんでしょ!」
「あ?いつの話だ」
「1年生の入学式の時!私が階段から落ちて入院した日だよ!うちのクラスのみんなに“誰がやった?”って大騒ぎで抗議したんでしょ?」
今朝、部室前で立ち聞きした会話だ。
「ああ、あれか。だったらなんだ?お前のクラスに殴り込んで誰が突き落としたんだってホームルーム中に1人ずつ詰めてやったんだろうが」
歯を食いしばる。
誰がやったって!私は本当に足を滑らせただけなのに!
「警察を呼ばれるまでクラスメイトを怖がらせる必要ないじゃん!お父さんが変な人で怖いって、腫れ物みたいに扱われて……高校生活3年間みんなから話しかけてももらえなかった!」
友達を作って一緒に帰ったり、恋愛だってしてみたかった。
楽しそうなクラスメイトを見てるだけの私は、ずっと誰かの青春の背景でしかなかった。
「こういうのは最初が肝心なんだよ。おかげで誰からもいじめられなかっただろ」
「いないものとして扱われるくらいならいじめの方がマシだった!」
勉強だって本当は得意じゃなかった。誰かに頼られてみたくて……見つけてもらいたくて、がんばっていたら学年トップになってただけなのに……
「それにお父さんは私を助けたかったんじゃない!近所の人に苦情をつけたり、いつだって怒っていい理由を探してるだけだ!お母さんがいなくなったのは、お父さんのせいだ!いじめの加害者がいるのなら、それはお父さんのことだよ!」
お父さんが拳を振り上げたように見えた後、顔に激痛が走る。
口の中に、血の味が広がり硬い何かが転がる。
自分の歯だと気づく。
「…………お前、あの女に似てきたな」
お父さんがそばに合った包丁を手に取る。光る刃に怒りが冷める。
「い、いやあ」
走って逃げてみたがベランダで捕まり、うつ伏せに押さえつけられる。
「子どもなんか親の居候だろ。食わせてもらってる分際で」
「ぎ、いたああ!いたい!いたい!」
背中から肉の切られる音。冷たい刃が背筋の中を這う。
「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!」
足をバタバタし叫びまわる。
しかし背中の痛みはどんどんと広がっていく。
「あ、あぐ!や、やめでええお父さん!ご!ごめんなさい!ごべんなざいい!」
助けて!誰か助けて!
ピンポーン……
間抜けな来客音。手が止まった。
「ちっ、誰だ」
激痛で意識が朦朧とする。お父さんが私から離れた。
「……宅配か?」
インターホンのボタンを押すお父さん。
『いえ、夜分にすみません。下の階に住んでる娘さんの担任の四季と申します』
「ああ、今日電話してきた……なんか用っすか」
『あの、何というかさっきから物音と悲鳴が……すみません、ちょっと玄関開けてくれませんか?』
「あ?虐待なんてしてないって電話でも言ったよな?
それにお前らに無視されて辛いから今日は学校行きたくなかったって言ってるが、どうしてくれんだ?」
『いいからさっさと開けて下さい。必ず助けると、娘さんと約束したんですよ』
血で赤く汚れた地面を眺めながら、私は意識を失った。
〈現在〉両親への手紙 花嫁視点
「宴もたけなわですが、いよいよ最後のプログラムへうつります。
最後は新婦からご両親へ、感謝のお手紙を読んでいただきましょう」
亜希がそう促してくれる。要ちゃんにマイクを持ってもらい、私は両手で手紙を広げる。
「……お母さんへ」
ずっと号泣しているお母さんへ向けた。
「今日は、来てくれてありがとう。きっと来てくれないと思ってたから。
だって今、お母さんは……お母さんを辞めたままだもんね」
私も涙をこらえる。
「でも私は、お母さんに捨てられたなんて思ってない。むしろ1日も感謝を忘れなかった。
子供の頃私が泣いている時、お母さんは大好物のハンバーグを作ってくれたよね。すっごくおいしくて、たまにそれ目当てで嘘泣きしてごめんね。ハンバーグってすごく作るの大変なんだって要一さんと一緒になって初めて知りました」
ぼろぼろと手紙に涙が落ちる。
「お母さん……ずっと……ずっと会いたかった。
お母さん……お母さん辞めていいって言ったけどさ、今度は私からのお願いも聞いてほしい。
もう一度……もう一度、私のお母さんになってくれませんか?私、やっぱりお母さんの子供でい続けたいよ。だって私は……お母さんみたいなお母さんになることが目標だから」
周りからもすすり泣く声が聞こえ始める。
「だって……お母さんのおかげで、大変な時期も全部乗り越えて来れたから。お母さんが思いをこめてくれたこの名前のように“逆境でも立派に咲くように”って……つけてくれた……名前……」
手紙が涙でぐちゃぐちゃになる。
えずきすぎて、上手く話せなくなる。
「そう、私の……名前は……ううぅ」
涙が止まってくれない。
少し悔しかった。だって、せっかく……
「ううぅ……ううう」
せっかく声を取り戻せたのに……
次、最終話です!全ての真相が明らかになるので、もし花嫁予想している方はここで結論を出しておくことをおすすめします。