表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

10、花嫁の正体

“結婚は人生の墓場”なんて言われてるけど、実際に要ちゃんと結婚した私から言わせてもらうと……




〈過去〉7月2日 夜 春名宅のべランダ 春名視点


インターホンと話すお父さんの声が何となく聞こえる。


「……うぅ」


夏でも冷たいベランダの床に伏すと思い出した。

そういえば、小さい頃にもお父さんに叱られてよくベランダに放り出されてたなぁ。


背中から心臓の音がする。コンクリートに血のシミが出来ていた。


ああ、どうやってこの傷隠そうかな。明日体育があるのに……


休むしかないか……


みんなも無視するの大変だろうし行かない方が……


あ、でも進路希望アンケートの提出日は明日だ……


けど、何も決まってない。どうしよう……


「ダメだ。何も決められない。もう、全部どうでもいいと思っちゃってるから……」


“おいで、もうお父さん怒ってないよ”


「お……母さん?」


朦朧とする意識の中、お母さんの声を聞いた気がした。


「お母さん……会いた……かった」


ベランダの柵に手をかけ、立ち上がる。

3階から地面を見下ろした。夜風がひんやり気持ちよかった。


「あ……」


亜希さんからもらった赤いハンカチが胸ポケットから風に舞った。


ダメ!いつか返すって約束したから!と手を伸ばす……


ドスンという音とともに枝の折れる音が聞こえた。

私はマンションを囲む植え込みを押しつぶし寝ていた。

自宅のベランダが遠く感じる中、私は意識が混濁していった。




挿絵(By みてみん)


「よう、気が付いた?」


目を覚ますと、誰かの部屋のベッドでうつ伏せに寝ていた。背中にかけてくれている毛布が血に染まっている。


「……誰ですか?」


「いや俺のセリフだわ!ドスンって音がして窓の外を見たら赤いハンカチとスマホだけ握りしめた女の子が寝てるんだもん。“助けて”って言われたからひとまず窓から部屋に運び入れたんだ」


「あ、ありがとうございます。だ、誰かに言いました?」


「いいや。君、朦朧としながら“お父さんに言わないで”ってずっと言ってたから。とにかく病院いこうか」


彼のパソコンには“夜間受付 病院”と表示されていた。


「病院は……ちょっと」


未成年の私はお父さんの元に返されるだけだ。


「背中を見せてもらったけど、傷は深くない。

けど皮膚を広く切られてるからちゃんと治療受けないと跡が残っちゃうぞ?父親にやられたのか?」


隠せないと悟り、私は全てを説明した。


「そうか……児童相談所に伝えたほうがいいんじゃない?」


「幼稚園の頃に一度連れて行ってもらいました。

短冊に“ぱぱがぎゃんぶるにかてますように”って書いちゃったせいで」


「まじかよ」


「けど、保護とかは大変だからって説明された挙句、お父さんのもとに戻されて……結局そのせいでもっとひどいことになって……」


「……そういうもんか」


「ねえ、ここにいたらダメですか?」


誰にも頼れない私は涙目で訴える。


「勘弁してくれよ。未成年を泊まらせるなんて捕まっちまうわ。誰か頼れないのか?」


「お母さんは出て行っちゃって、私友達1人もいなくて」


男性は頭を抱えた。


「はぁ……なら、ギブアンドテイクでどうだ?」


「ギブアンドテイク?」


「俺は二階堂夏久にかいどう なつひさ。引きこもりだ」


汚い部屋を指さす。


「夢を叶えるため東京に行きたいんだが、母親に猛反対されてな。引きこもって反抗中って身だ」


「……東京?」


「一度オーディションを受けるため勝手に東京に行ったら、出張中の親父に連れ戻されたんだぜ。くそ」


この人もまた別の理由で親に悩んでいる。だから助けてくれたのかな。


「だから君、俺のかわりにここにひきこもってくれないか?

三食飯つき。ゲームし放題。同居人は母親だけ」


「え、もしかして」


「ああ、俺が出ていく。ただ俺が部屋にいるように見せかけてほしいんだ」


「そんなの!部屋に入られたらすぐバレませんか?」


「3ヶ月ひきこもってるが一度もドアは開けられていない。トイレも風呂もこの部屋の向かい。最近は会話もしていない」


ちょうど部屋の外から足音が近づく。


「なっちゃん!オンラインゲームで通話してるの?声は小さめにしてね。また苦情来たら困るから」


壁を1回叩く。それでお母さんは帰って行った。


「1回叩けばイエスで、2回でノーだ。簡単だろ?」


「……オーディションって、何になりたいんです?」


「漫才師!コンビ名ももう決めてるんだ!“見猿・聞か猿”!人を真似ず意見も聞かないが、口は出す奴らって意味!センスいいだろ?まだ相方もいないけどな!わはははは」


私は茫然としてしまう。


「あ……もしかしてあまり面白くない?」


「ううん、そんなことないです。ほんとにいいのかなって思ってるだけで」


「言ったろ?ギブアンドテイクだって。嫌ならすぐ警察でも救急車でも呼んでやる。それくらい俺は本気だ」


夏久さんのスマホは119と表示されていた。

私は黙る。そして私に選択肢なんてないことに気づいた。

夏久さんのお母さんには申し訳ないけど、私にとってこれほどありがたい話はないのかもしれない。


「わかりました!やらせて下さい、引きこもり」




夏久さんは簡単な手当てをしてくれた後、ウキウキと窓から上京していった。お母さんと会話なく連絡出来るようスマホを置いていってくれた。モバイル決済がお母さんのクレジットカードと連動しているらしく日用品は郵送で買えばいいと教えられる。


その日から私はなっちゃんとして過ごした。

ただやりたいこともなかったので、行方不明者サイトに掲載された自分の情報をチェックするか、チャット機能のある麻雀をして過ごした。

馬鹿な動機だった。お母さんも麻雀が打てるので、いつかマッチする可能性にすがるなんて。


ただそんな天文学的な奇跡は起こるわけもなく、何週間か経った頃に背中の傷は少しずつカサブタになってきたかわりに……


「何、これ……」


パソコン画面に反射する自分の髪の色に驚愕する!

もともとの黒髪が白髪に侵食されている。


お父さんからの虐待ストレスと、人様の家で引きこもる心労から色が抜けてしまったのかもしれない。


そしてその日からトイレやお風呂の髪の毛を拾い始めた。なっちゃんが入れ替わってるとバレないように。


同じくらいの頃に、四季先生から借りたままのスマホに「今どこに住んでいる?」「通話しないか?」などと大量のメッセージが入っていたことに気づいたが、不信感からしばらく無視した。


そんな引きこもり代打生活は4ヶ月続けたが、少し欠けた月が窓の外に見えたあの日……











〈過去〉11月2日 二階堂家の一室 なっちゃん視点


「もしもし警察ですか?息子の部屋に知らない女の子が住んでたんです!」


警察に通報するお母さんを尻目に、私は窓からジャンプした。


ひきこもっていて体力などない上に、おまけに熱でふらつく。ただ「甘えてる場合か!風邪だから休むなんて学校じゃないぞ!」と体にムチをうち足を進めた。


そして走った。いつの間にか季節の変わっていた街をただ走り回る。どこにも行くあてなんてないのに。

でも、それでもどこかで生きていかないといけないから。


挿絵(By みてみん)


「うわぁ、何あれ?」


通行人に指さされる。

そりゃそうだ。寝巻で裸足の白髪女が街を走っていたら必然指をさされる。

警察に補導されたらきっと実家の方に帰される。お父さんのいるあの家に……


私はひとまず洋服店に駆け込んだ。


「いらっしゃいませ」


たまたまあった洋服店は、シンプルな店ではなくすごくピンク色が多い。

持ってる私服と似た物を探したが……


「そ、それじゃダメじゃん」


頭を振った。私はいわば逃亡者だぞ。前と同じような恰好してどうするんだ。

絶対に私には見えない……そんな何かしらに擬態しないと意味がない。


既存の私服から最も遠いフリフリのついた服、かかとの高い靴をかごにつっこむ。


「すみません!この辺に美容室ってありますか?」




美容室から出る。目立ってしまう白髪はいっそ金髪に染めてやった。


これならお父さんでさえ私とわからないだろう。


私は服と美容院のレシートを握る。子供の私にはとんでもない金額だった。


夏久さんのスマホで決済してしまった。つまりお母さんのクレジットカードだ……


「ごめんなさい。必ず返します」


レシートを丁寧にかばんにしまった。


「ねえねえ、君かわいいね。お小遣いいらない?」


ホストのような男に声をかけられビクッとする。


そうか。私はもう影が薄くもないし、ひきこもりでもないんだ。それくらい豹変したんだ。


「け、結構です!」


驚き逃げてしまった。

しかし、それじゃダメなことに気づく。


「そうだお金……まずはお金がないと」


お母さんを探しにいくのもお金がいるし、今日寝るところもない。だけど1人で何とかするしかない。

私は覚悟を決める。そして、久保公園の方へ歩いていく。




久保公園で、数日前と反対側が欠けた月を見上げた。

熱で頭が痛くなってきたので二階堂家から盗んだ頭痛薬を容量以上に飲み誤魔化した後、並ぶ女の子達に混じる。


すると私はサラリーマン風の男から話しかけられた。


「きみ、いくら?」


「……2」


片手でスマホ画面を操作しながら発する。緊張して目が合わせられなかった。2万円でいいのかな?相場がわからない。


「いいね。ホテル別?」


ホテルのベッドで寝たいけど、込みだと困るなぁ……


「別」


私は男性の顔を見る。メガネがないので睨むように目を細めた。


「名前は?」


悩む。どうしよう!

私は行方不明サイトに載ってるし本名は名乗れない。


ポケットの中、亜希さんの赤いハンカチを握る。


「……アキ」


ごめん!亜希さん、もうひとつだけ……名前も貸して!

かっこいい社会人だったあの子のようになりたかったから。


「君可愛いし10でもいいけど」


男の手が肩へ伸びてくる。すると……


「おい」


逆側から腕を掴まれた!


「げっ!」


「見つけたぞ、お前」


四季先生がいた。え、何でここにいるのわかったの……

と疑問は芽生えたものの、久しぶりに会えた先生の後ろ髪の寝癖にどこか安心感を覚えたのは事実だった。


そしてその2日後……











〈過去〉11月4日 久保公園の近くの路地裏 アキ視点


車が走る。私を山に埋めるために。

最初からこんな方法でお金を稼ごうとした私が悪いんだ。


もう、疲れたよ……人生に。


「おい!あぶねえ!」


衝突音が聞こえ、車が揺れた。

目を開くと車のボンネットに人が乗り上げていた。


「何轢いてんだよ!ボケ!」


「い、いや」


「犯罪中に別の犯罪すんな!」


「こいつ自分から飛び込んできやがったんだ」


ボンネットに乗り上げた男性が、ワイパーをつかんだ。

そして血のついた顔をこちらに向けてくる。


あの寝癖……四季先生だった。


「ひえ!な、何か言ってんぞこいつ」


「俺の生徒を……返せ」


「教師!?くそ!振り落とせ!」


「バカ言うな。ワイパーを握られてるんだぞ。ちぎられたら後で車体がばれるだろう!」


「これ親父の車か!っくそが!何だこいつ!」


四季先生はフロントガラスに言い続けた。


「俺の生徒を車から降ろせ。それで見逃してやるよ」


「ど、どうすんだ?秀兄ひでにい


「くそ!女を捨てろ!早く!」


私は開けられたドアから乱暴に放り出された。


車が走り去る音とともに、四季先生が近寄ってきてくれた。


「一度俺の家に戻るぞ」


私の白馬の王子様はふらふらで格好悪かった。




家に戻った私達。私は先生の服を着させてもらい、ソファに座りながら手当もしてもらった。


「いてて、利き腕の骨折れてるな」


先生は右腕をぶら下げながら、唸っていた。


「お前のこと言うわけにもいかないし、病院や学校には階段から落ちて骨折したことにするよ」


「……」


「何だ?……ああ、何でお前があの車で運ばれてるかわかったかか?」


先生は左腕でスマホを見せる。マップが表示されている。


「虐待撮影用に貸したスマホは紛失防止で位置情報がわかるよう設定してたんだが、役に立つとは思わなかったよ。久保公園に動く日までずっとこのマンションを指していたが、まさか1階の二階堂管理人の家にいるなんて想像もしなかった。上面マップの弱点だな。普通、3階のもともとの家だと思うだろ」


先生が話す中、私は口をぱくぱくしてみる。


「どうした?」


ひゅーひゅーと音が通るだけ。自分でも驚いた。


挿絵(By みてみん)


「まさか……声が出ないのか?」


重く一度頷く。“声を出すと殺す”そう殴られたことを思い出す。


「……お前は真面目だからな。変なところでいつも適応してしまう」


「……」


先生はしゃがみ込み、私の首を覗き込んだ。

生々しい手のひらの跡を見られる。


「かわいそうに」


左手で、私の手を握ってくれた。


「!」


「おい。お前、熱いぞ?熱でもあるんじゃないのか?」


2日前に発熱してから、まともに休む機会がなかった。

顔は真っ赤でずっと頭が痛いことを隠し無理していたせいで悪化したようだ。


「横になれ」


ソファに寝かされ、毛布をかけてもらう。


「俺のせいだ。本当にすまない。お前が7月に学校をサボった時、父親に虐待を疑ってしまったことずっと謝りたかった。あの日の夜もお前の悲鳴が聞こえたから、助けに行ったが父親はドアを開けてくれなくて……」


あの来客インターホンは四季先生だったんだ……


「好きなだけうちにいていいから償わせてくれ」


震える手で私も先生の手を握り返した。怖かった。そう言いたい。

でもそれも言えない。私は高熱にうなされながら、泣きじゃくるしかなかった。





先生の家に置いてもらって1週間後。ようやく体調が回復したが、声は失ったままだった。


「ただいま」


先生が帰ってきたので、玄関に走る。


“おかえり”と笑顔を向け、コートとかばんを受け取る。

利き腕にギブスを巻く先生の右腕になりたい一心で。


「おい、ちょっと待て。何か報告は?」


私はホワイトボードを持つ。


“骨折した先生に代わってウォーターサーバーのお水交換したよ。あとテストの丸つけも!”


利き腕が使えない先生のかわりに私がやった!優秀でしょう?


「いやそうじゃなくて、髪の色とメガネだよ」


染めた茶髪とメガネに気づいてくれて嬉しくなる。


“先生にもらったスマホで注文してみたの。先生と亜希と連絡とるだけじゃもったいないし”


スマホが手に入ったので、亜希さんにもらったメモから連絡をしてみた。今ではお互い呼び捨てで呼び合う友達。


「いやメガネはいいが、何で茶髪なんだ?」 


ボードを書き換える。


“要ちゃん、こういう大人っぽい子が好みなんでしょ?”


無表情の彼も少し照れているように見える。


私は先生……要ちゃんが好きになっていた。だからこそ……


“あんたなんて大嫌いだ!”

あれが最後の会話なのが悔しかった。


いつか声が出るようになったら好きだということを直接伝えるんだ。それを夢見て過ごしていた3ヶ月後……











〈過去〉2月2日 四季先生の自宅 冬華視点


「ただいま」


要ちゃんが帰って来たことをクローゼットの中から知る。


“要ちゃん!来ちゃ駄目!”


そう伝えることも叶わず、寝室の扉が開いていく。


「冬華?どこだ?」


寝室に入ってきた要ちゃんに侵入者が包丁を振り上げた!

私は手で口を塞ぐ。


「っな!」


ザクッ……!


それを要ちゃんが“右腕のギブス”でとっさにガードした。


「ちっ!」


要ちゃんは奇襲してきた男を見て冷静に問いかけた。


「春名のお父さん……何故、うちに?」


あくまで丁寧に呼ぶ要ちゃん。


「あ?こっちのセリフや。お前な、挨拶もなしに娘をあげたつもりはないぞ?」


「……というと?」


「とぼけんなや。さっきお前んちのベランダで洗濯物を回収しているうちの娘が見えたんじゃ」


ごめん、要ちゃん。

家の外に出るなってあれだけ言われていたのに……


「玄関は鍵がかかってたから、うちの3階のベランダから降りて侵入したんじゃ。

なあ、何でお前んちにうちの娘がおるか説明しろや。捜索願いだしてるの知っとるやろ?」


「見間違いではないんですか?」


「黙れや。お前、さっき“冬華?どこだ?”って言うてたやろ!うちの娘誘拐しといてタダで済むと思うなや」


要ちゃんは黙る。


「まあ、落ち着いて下さい」


「ほんまに殺したろか、お前」


私はクローゼットで震える。

このままじゃ要ちゃんが殺されちゃう。そんなの嫌だ!


ああ、神様……どうして……


私はいつだってその環境で生きようと必死なだけなのに……


私が苦しむ姿は見ててそんなに面白いのでしょうか……


「……」


私はクローゼットからゆっくりと出る。


「……おう、久々やのう」


お父さんの持つ包丁がこちらへ光る。

フラッシュバックする。怖い。背中の傷がズキズキする。


「お前、何持ってる?」


お父さんが私の持つ包丁に目を落とした。


「親に向かって抵抗するつもりか?」


お父さんが包丁を向ける。私もガタガタ揺れる包丁を前に突き出す。


「お前……ぐごっ!」


要ちゃんが背後からお父さんの頭にギブスをたたきつけた!お父さんがよろめいた。


「逃げろ!冬華」


「お前!よくも!」


すぐお父さんの反撃が始まる!

お父さんの持つ包丁が……


「が……」


要ちゃんの左胸に突き刺さった。コートに血が滲む。


「……!…………!!」


私は声もなく叫んだ。


「うおあああ!」


お父さんがもう一度、包丁を振り上げた。


“どんな生き物よりお前には適応能力がある”


要ちゃんにもらった言葉を噛み締め、包丁を握りお父さん目掛けて走った。


「冬華ぁ!」


気づいたお父さんが私に向き直る。

返り討ちにしようと包丁を構え直したが、私は目をつぶり走った。


「っ痛!」


すると、お父さんが足を上げて転んだ!

足の裏に、要ちゃんが今朝割ったコーヒーカップの破片が刺さっていた。


「待っ……が!!」


そしてお父さんのお腹に包丁を突き刺した。

固い肉を切る感触。抜いた瞬間、世界に真っ赤な雨が降る。


「お、お、お前……ひ、ひゅっ、ひゅ」


お父さんが震えながら倒れた。

上手く息が吸えないのか溺れるように床でもがいている。


それを見て、私は“出世魚の生態”という図鑑を思い出した。

優等生からひきこもりになり、パパ活少女を経て私は“親殺し”と図鑑に載せられる。


震える手は真っ赤だった。赤い包丁が床に転がる。


「こ、ころ、ごろ……す」


お父さんはもがきながら赤い床を這ってくる。

殺されることを確信するが……

もうそれでよかった。


要ちゃんが死んだのに何で生きる必要があるんだ。そう思ってしまったから。


しかし……


「ぐ……」


いつの間にか立ち上がっていた要ちゃんが、お父さんの背中を刺していた。心臓のある場所だ。

お父さんはビクッと大きく揺れた後に、やがて動かなくなった。


「……」


「俺がとどめをさした」


お前は殺人犯ではないから安心しろとそう言ってくれているように聞こえた。


「……」


それより……何で?生きてるの?


「ああ、俺も胸を刺されたがこれがうまく邪魔してくれたおかげで、臓器には届かなかったみたいだ」


胸のポケットから真っ二つになった小箱を取り出した。

中にはダイヤがついたキラキラの指輪が入っていた。


驚く。


「ようやく納品されたと、さっき宝石店から電話があったからとりにいってたんだ。

……すまん洗濯物忘れてて」


要ちゃんが指輪ケースをぱかっと開き顔を赤くしている。


「今日言おうと思っていたんだ……

つまりその……俺とけ、結婚してくれと……」


……。

真っ赤な世界の中、何も知らないのかダイヤの指輪が楽しそうにキラキラ光っている。

私の感情は嬉しいのか怖いのかとにかくついていけていない。


ただ絶対に、今じゃない!!

そう言ってやりたい一心で口を開く。


「……」


でも……


「…………」


今なら……


「………………はい」


自分の声で、答えられる気がした。


挿絵(By みてみん)









『ニュースシーズンです。プロポーズ当日に殺傷事件が起こってしまった集合住宅。通称“デッドオアマリッジ”と世間を騒がせた事件の続報です。

プロポーズ後に自首をしてきた2名の男女ですが、正当防衛が成立し罪には問われなかったようです』













〈現在〉結婚式後 花嫁視点


結婚式は無事終わり、参列者を2人で見送る。


「本当におめでとうねえ。夏久と2人で参列出来て嬉しかったわ。何この封筒?……地雷系の服代と美容院代?

もういいのよ、そんなの!あなたは娘みたいなもんよ」


「そうそういいんだよ、そんなもん!

それより俺の友人代表スピーチどうだった?ウケてた?

……え!?校長の乾杯挨拶と同じくらいだった?じゃあくそ滑ってるじゃねえか!」


「これはこれは心外ですなぁ。滑ってなんぼです。乾杯の挨拶も新婚気分も長い方がいいものなのですよ」


「素敵な儀式にお招きいただきありがとうございました!結婚しても心霊研究部には顔を出してくださいね。幽霊部員の次は幽霊顧問なんて、わたくし嫌ですから」


「ちょっと!前代未聞だよ?豪華引出物を式場の人間が受け取るなんて。

……え?赤いハンカチのお返し?あー、最初にあんたにあげたやつ?やっぱり同じの2つ持ってるなんて嘘はバレてたんだね。優しいでしょ私」


「お父さんの遺影を置いてくれてありがとうね。

……よければ今度簡単で美味しいハンバーグの作り方教えに行かせてね」






「ああぁぁ……くっそ疲れた」


私はドレス姿のまま控室のソファに沈んだ。


「みんな帰ったからってもう口悪モードか?」


口を尖らせじとっとした目で要ちゃんへ訴える。


「“だって結婚式って結構大変で疲れたもん”か?」


「うん。ねえ、私ちゃんと花嫁出来てたかな?」


「ちゃんと?ああ、参列者の見送りの時も“ご多忙の中、本日は誠にありがとうございました!”って優等生モードでお辞儀も深かったしーー」


「誰がモノマネしろって言ったんだよ!」


私のつっこみに要ちゃんが笑う。


「ただ……あれ、悪かったな」


「あれって?」


「いや最初の挨拶で詰まった時、助けてくれたことだよ」


「ああ!別にいいよ。これからは2人なんだから。出来ないことを補いあってこその夫婦でしょ」


「……助かるよ」


「ふふ、でも教師のくせに人前で話すの緊張してたんだ」


「珍しくない。本当は毎日緊張している。それがバレてないだけだ」


「そうなんだ!」


いつも感情が薄いから気づかなかった。


「まあまあ!きっといつか慣れるって」


「もう27歳だぞ?いつかなんて……

……まあただお前がそう言うなら努力してみるか」


「あはは、要ちゃんにしては珍しく前向きだね」


「お前が教えてくれたことだからな」


「え?」


「人は変われる。いつからだって何度でも。

生徒から学ぶことだってあるんだ。俺だってがんばってみるよ」


……よかった。

私、この人のこういうところが……


「もう生徒じゃないでしょ?

私は出世魚のように春夏秋冬を経て、春名冬華からついに四季冬華になったんだから」


「なら次はどうしたい?」


「え?次?」


今更の進路希望に驚いた。


「四季は巡る。冬の次はまた春がくる」


「これからってこと?……あんまり考えたことなかったけど」


少し悩んでみる。


「じゃあ私、学校に行きたい」


「学校か。何か学びたいのか?」


「ううん。3年間の思い出も足りてないし、あとちゃんと卒業したいなって」


「……なるほど。なら大学でもいいんじゃないか?」


「確かに!あ、なら教育学部がいいな。だって教員免許をとれば先生にもなれるよね!

欲を言えば高校の先生になって、何かの部活の顧問も経験してみたいな」


要ちゃんは、思いつきの夢をうんうんと聞いてくれる。


「あと子供を産んでお母さんにもなってみたいと思ってるし。でもそれまでにもっと料理が上手くなりたいし、麻雀も手加減出来るようになっとかないと子供に嫌われちゃうかも。そして……いつか子供が大きくなっていつの間にかおばあちゃんになった時も……」


一息つき、口を開く。


「ずっと変わらず好きなままだからね」


要ちゃんの顔が赤くなったことを見逃さなかった。

ふふん。私は変化が得意だけど、変わらないように変わることも出来るんだよ。


「何だよ、急に」


「急じゃないよ。ずっと直接伝えたかったことだったから」


教会で神父さんに“誓いますか?”と聞かれて首を傾げたのは、少し迷ってしまったからだ。


死が2人を分かつまで、ではなくて……


「好きだよ、要ちゃん。これまでも、そしてこれからもずっとね」


死が2人を分かつその先でさえ愛してる。そんな自信が私にはあったから。


挿絵(By みてみん)




デッドオアマリッジ

(結婚は人生の墓場なんて言われるが、“同じ墓に入りたい”そう思えた相手ならば、それは素敵な結婚であり、幸せな人生を歩んだと言えるだろう)


寂尾蘭太です。


ご愛読ありがとうございます!まずは騙すような真似をして申し訳ありませんでした。

少し解説を入れると、冒頭に書いた「この物語の大きな秘密」とは、時系列が話数と連動しておらず、1人の少女をあたかも4人いるかのように書き分けていた点です。


この物語の過去の正しい時系列は以下となります。

1話の春名視点

4話

9話

10話の春名視点

1話のなっちゃん視点

2話

8話

10話のなっちゃん視点

1話のアキ視点

5話

7話

10話のアキ視点

1話の冬華視点

3話

6話

10話の冬華視点


何故こんなややこしいことをしたかというと、1人の少女が変わっていく過程を書くだけじゃ面白くないなと思い「過去」を同時進行のように工夫させていただきました。


ではなぜ同時進行のように錯覚されたかというと序盤に以下のようなミスリードがあったためです。


1話の学校のチャイム、少し欠けた月、テレビのニュース

2話、3話のオンライン麻雀での切断行為

など限定的なイベントを、続けて見せられたせいで同じ時間軸だと錯覚したのかと思います。


またそれが2月2日かと思われた理由は、なっちゃんの「寒い」発言。あれはただの風邪であり、4話の春名が長袖なのは虐待の痕を隠すためであり、2人のいる季節は真冬ではありませんでした。


逆に時期がズレているヒントや、花嫁候補4人が同一人物である伏線は以下がありました。


春名視点

・9話の十和の発言「春名さんはこの時期でも長袖」

・9話の「バラバラになったルーズリーフ」物語の順番もバラバラだという示唆。


なっちゃん視点

・1話、二階堂母の発言「旬の小松菜」小松菜の旬は11月頃です。

・2話にて、夏久のもともとのネトゲ仲間が“なっちゃん”が女だったことに驚いていたこと。

・2話でお風呂に入る前、背中のカサブタを掻くなっちゃん。春名としての虐待された痕の治りかけ。


アキ視点

・1話、四季要一がアキに対して「なんだそのチャラチャラした格好は」普段はそんな服装ではなく、またアキが人を睨んでいたのはメガネを失ったままだからです。

・5話、ハイドに「顔が赤い」と指摘されたアキ。緊張してるではなく、なっちゃんの頃にかかった風邪つまり熱があることを隠していた。

・7話で「お前にしか好きと言ったことがない」と言う四季要一。これはただの真実です。

・7話にて出世魚の生態という本に対して「またこの本か」とアキが発言。春名として以前、生物室で見たから。また時期によって名前の変わる出世魚こそ、花嫁の正体でした。


冬華視点

・6話、家事を全て冬華にやらせている四季要一は利き腕を骨折していた時期だったためです。また、出かける四季に対して「病院の日?」と聞いたのも同じ理由です。

・6話 冬華が聞いた四季の帰宅音「ガチャ……ガチ」が、7話では「ガチ……ガチャ」となっていたのは別の出来事だったから。

・ハイド→HIDE→六田秀康ろくでんひでやすとテイク→TAKE →六田武光ろくでんたけみつが6話の段階で逮捕されているが、7話ではまだ少女誘拐をしている

・6話「いたいいたいたい……」と冬華が見た過去の悪夢は、9話で虐待された春名としての記憶。

・6話で「おかえり」と書いたはずのホワイトボードが、7話で何も書かれていなかったこと。

・6話、結婚式でインタビューされた「春名さん」は母親です。また、管理人に苦情をつけていた「春名さん」は父親の方。


他にも

・花嫁候補者4人全員が左利きだが、春名とぶつかった八角亜希だけは右利き。

・4話、校長のスピーチ「結婚は誰とではなく、時期が大切」時系列が大切だという示唆。




私がこの物語で伝えたかったことは四季が最後に言った「人は変われる。いつからだって何度でも」でした。


私も色々コンプレックスがありますが、まあがんばろうというお話ですね!


ちょうど本日、マーダーミステリーの新作「ハロウィンサーカス」も同じようなメッセージを届けるシーンがあるのでぜひこちらも遊んでほしいです。たくさん驚いてもらえるようがんばりました!


また、よければ高評価、感想、ポストなどお残しいただければと思います。勉強させていただきたいのと、私のXもフォローいただければ必ずフォローバックします。読者様は全員フォローしたいので!


最後にいつも言ってることですが、ご愛読いただける読者様が私は大好きです。これまでもこれからもずっと!またどこかでお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ