第ニ話
ガタン、と馬車が揺れて、私は目を覚ます。
マリー、と私を呼ぶ父の声が、耳に届いた。
窓の外を見れば、慣れ親しんだ田舎の風景はなく、市場が軒を連ねていた。
「全く……これから国家主催のパーティーだというのに、緊張感の一つもないのか」
父は呆れたように私を見た。すみません、お父様。と一言。
辺鄙な田舎の令嬢に、国直々のパーティーの招待状が届くなんて。驚くこともあるものだ。
聞けば、先の王子様は少し変わり者だと聞く。とにかく、国中の令嬢を品定めしているのだとか……。
国から近い領地の令嬢は、あらかた見定めが終わったのだろう。まるで余りもののような私にも、ついにお誘いが来たのだけれど……。
(気乗りは……しないわね……)
王子様のお相手なんて、落ち着いた生活が出来るとも思わない。
私は、今の田舎の、土と緑の匂いが好きだった。
――今世の私は令嬢として生まれた。
正直、裕福な家柄ではない。都から随分と離れた、小さな町の地主のようなものだった。
領民はみんな優しい人ばかりで、私たちとの距離も近く、畑で取れた野菜を頂くことも多かった。
「マリー様、どうぞ」
小さな子供が、一つのかぼちゃを私に差し出す。子供の手には大きくても、私の手にはちょうど良い大きさの物だった。
「ありがとう。とても美味しそう」
微笑むと、子供は満足気に口角を上げた。
ご両親によろしく、と伝えて子供を見送り、キッチンへ。
私は、前世で作ったあのマフィンを、今世でも作る。
不思議なことに、私は前世の記憶を持ったまま生まれ変わってしまった。
小さい頃から大人のように物分りの良い私は、さぞ変わった子供だっただろう。
それに……。
(……この人も、違うわ……)
パーティーで出会う、年頃の男性を横目に思う。
せっかく声をかけてもらっているのに、私が首を縦に振ることはなかった。
無意識に、私は夫の姿を探してしまっていたのだ。
生まれ変わっても出会える保証なんて、ひと欠片もないのに……。
焼き上がったかぼちゃのマフィンから、温かな湯気が立ち昇る。
少し冷ましてから出さないと。あの人は本を離さない人だったから、焼きたてだと火傷してしまうわ……と。
今はもう必要ない記憶だけが、いつまでも私の中に癖として残っている。
国家主催のパーティーは、さすが華やかなものだった。
貴族らしい、上品な会話と、上品な振る舞い。
令嬢は、みな私の目に痛いほどの綺羅びやかなドレスで、自分を彩っていた。
私も、もちろんこの日のためにドレスを新調したのだけれど、比べ物にならなかった。性格とは真逆の、橙の髪だけが、私の明るさを魅せる。
……所詮、舎者の私には、この場所は不釣り合いなのだ。
早くお開きにならないかしら、と手にしたカクテルを口に。その瞬間、
「失礼」
と声をかけられ、私は慌てて口からグラスを離す。カクテルが驚いたように揺れた。
そのまま、声のした方へ顔を向け、私は目を見開いた。言葉を失った唇は、みっともない程、ぽかんと開いたままだっただろう。
「ああ……驚かせてしまいましたね」
にこり、と男性は微笑んだ。女の私よりも美しい、夕陽色の髪がさらりと揺れる。
声や姿や立場が変わっても、私には分かった。
そこにいたのは、私の“前世の夫”だったのだ。




