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ココロぞんび  作者: キタビ
第十二話 あたたかい血
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 ジャックはココロの傍に立ち、監視の目を光らせながら雨でダメになった煙草をポケットに戻した。膝を地面に突き、顔から地面へ倒れこんだココロの姿はかなり痛々しい。これがさっきまでビッグフットと大立ち回りを演じていた子だとは、とても思えなかった。

 脇に目をやれば、涙が止まらないエミリの傍で、無力感に打ちひしがれたエルマーが腰を降ろし、弟の背中をさすりながら地面の一点を見つめていた。おおよそその歳には似つかわしくない、まるで初めて戦場へ放り込まれた戦争孤児のような悲壮感を漂わせていた。

 親には見せたくない顔だ。

 ジャックは物憂げに溜息を吐き、周辺の状況を確認して戻って来たサニーに顔を向けた。


「おう、どうだった」

「大丈夫そうです。それとこれ」


 サニーは回収した散弾銃ショットガンを差し出した。

 ジャックはそれを受け取ると、サニーにこれまでの経緯を説明した。

 銃声を頼りに辿り着いた時には、特異体らしき感染者が居たこと。

 その特異体がココロにボコボコにされた後、エルマー達がイヴと呼ぶ感染者と共に去っていったこと。

 サニーは耳を傾けながら、分厚い本程の銀色のケースを取り出した。

 ジャックの話を聞かなくても、エルマー達が酷い現実と戦っていたことは見ればわかった。特にココロの心肺蘇生を繰り返していたエミリの衣服の襟や胸元は、血で黒く染まっていた。


「こいつらが出歩いていた訳も、その娘が感染した経緯もとりあえずは後回しだ。準備はできたか?」


 ジャックが訊くと、サニーはケースを開いた。

 人差し指サイズの採血用注射器が十本と、小さいモニター、採血したカートリッジをはめ込む溝がある。


「準備はできました」

「よし、採血するぞ」

「……採血?」エルマーが顔を上げた。

「お前達が感染していないかを検査してからでないと連れ帰れない決まりになってる。さっきのゴタゴタで、うっかり感染して無いとも限らないからな。おい、ガスマスク」


 ジャックはサニーの傍で膝を突き、腕を覆うボディスーツの袖をまくった。


「ジャックさんも、やるんですか?」

「当たり前だ。俺は一戦やってる。それに、俺は感染源になるなんて御免だからな」


 ジャックはほら、と腕を突き出した。

 サニーはその腕に注射器の針を突き刺し、血液を採取した。吸いだされた血液で満たされたカートリッジを外し、機械の溝へはめ込んで電源を入れると、判定が始まる。緑色と赤色のランプが点滅し、祈る時間も、希望を抱く暇もなく、ピピ、と小さな音がして、モニターに緑色の字で『SAVE』と表示された。

 ジャックは判定結果に眉を動かさず、そのモニターをエルマー達の方へ向けた。


「こいつは見てのとおり、採取した血液から感染したかどうかを判定する機械だ。感染してりゃ赤字でアウトって表示される。次はお前らだ。注射は苦手か?」


 ジャックが笑みを浮かべて訊くと、エルマーは首を振り、テムやエミリも首を振った。

 エルマーとテムは袖をまくり、エミリは落ち込んだ表情のまま腕を出した。

 三人同時に腕を出されたサニーは目を丸くしたが、手際よく血液を採取し、機械での判定を済ませた。三人とも、緑字で『SAVE』と表示された。しかし、三人とも安堵する表情どころか、露骨に肩を落とした。その視線の先には、ココロが居た。

 自分達が感染しなかったことに安堵感を覚えるではなく、罪悪感を覚えたのだ。


「よし、お前達は手当てを受けろ」

「あの、ココロは」エルマーが訊いた。

「お前らも目の前で見てただろ。こいつは感染してる。検査なんて必要ねえよ」

「でも」


 縋るようなエルマーの目には、もしかしたら、という願望が感じられた。

 そんな都合のいい現実は、残念ながらない。

 しかし、エルマー達に現実を見せるにはいい機会だと、ジャックは顎でココロを指した。


「ガスマスク」

「はい」


 サニーは膝を突いてうつ伏せに倒れていたココロの体を仰向けにして、血液を採取し、検査キットにカートリッジを差した。ピピピ、と甲高い音が響き、画面に目を向けたサニーの顔が、赤い光を反射した。サニーが検査結果の表示されたモニターを向けると、エルマーは顔を伏せ、テムは嗚咽を漏らした。エミリは鼻息を粗くし、唇を噛みながらその画面を睨みつけた。


「ココロちゃんの手当てを、お願いできますか」

「こいつよりお前達が先だ」

「ですね。一応、ココロちゃんの手当てもしますが、ここで出来ることは殆どありません」

「酷いのか?」ジャックが訊いた。

「頭蓋骨、肋骨に大腿骨、肩甲骨も折れています。腕の骨は粉砕骨折、肩も外れていて、恐らく靭帯も損傷しています」


 それが怪物と戦った代償かと、ジャックは目を眇めた。サニーの触診で確認できる範囲以外にも、恐らく負傷箇所はある。ともかく、ビッグフットとの大立ち回りで、相当体に負荷がかかったようだ。


「目を覚ましそうか?」

「いいえ、心臓は動いていますが脈が酷く弱いうえに、ゆっくりです」


 感染者の症状の一つだ。それに、そうなった以上、心配停止はありえない。

 ジャックは溜息を吐いた。


「おいガスマスク、無線機を貸せ、管理人に連絡する。お前はこいつらの手当てを頼む」

「ジャックさんの無線機は?」

「俺のはゴタゴタでポンコツになったんだよ」


 ジャックはサニーの無線機を受け取ると、クリアを呼び出し、結論から伝えた。


『私です』


 緊張したその声に、ジャックは喉元まででかかった言葉を一度飲み込み、淡々と告げた。


「ガキ共は保護したが、一人感染者が出た。隔離できる場所を用意できるか」


 返答には、少しの間があった。


『……いったい、誰が』クリアが訊いた。

「メカニック爺さんの孫娘だ。救護車の手配は」

『済んでいますが、隔離とは、どういった』

「居住区から離れてて、なるべく人と接触しない場所だ」

『……わかりました。子供達は怪我を?』

「たいしたことない。今から保護したガキ共を連れて山を降りる。お前は住民へ家に戻るように伝えろ。感染者が出たことは、今は伏せておけ」

『一時的な措置、というわけですか』

「住民へどう伝えるか、考える時間が要るだろう」

『そんなの、思いつきませんよ』


 ジャックはわざとエルマー達に聞こえるようにやり取りした後、無線機を切り、サニーへ投げ渡し、「だろうな」とひとりごちた。

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