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ココロぞんび  作者: キタビ
第十二話 あたたかい血
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 脊髄に弾を集中したつもりだったが、肉厚すぎるせいか、それとも組織の再生が早いせいか、動きを鈍らせることは出来ても足を止めることはできなかった。ただ、注意は引けた。

 ビッグフットがこちらに体を向ける間に、ジャックは散弾銃に弾を込めてポンプを引いた。

 膝や足首を集中的に狙い、引き金を絞った。対人用ダブルオーバックの弾丸が、ビッグフットの肉を抉り取り、膝を突かせた。


「お前はそこで大人しくしてろよ」


 ジャックはエルマーに言うと、大人しくなったビッグフットの脇を大きく回り、エミリとテム、ココロの救出に向った。管理人に見せられた写真で、顔と名前は確認済みだ。


 しかし、そこにあった光景に、ジャックは目を疑った。

 救出予定の住民は四人のはずだが、五人いる。

 特に、負傷して倒れたココロの傍で膝をつき、冷たい表情で見下ろす少女がいた。

 エミリは放心状態で、小便を漏らして泣きじゃくるテムを胸に抱き、ただ一点、ココロを注視していた。最悪な状況かもしれない。それを取り囲むように通常の感染者が八体集まってきているが、これはどうにかできそうだ。

 ジャックは駆けつけると、事態を把握できそうなエミリの肩を掴んだ。


「おい、助けに来たぞ、怪我して立てないのか? あの娘は誰だ?」

「……イヴ」エミリは抑揚なく答えた。

「イヴ?」


 ジャックは眉を顰めると、「まだ立つな」と指示をして、腰に提げたポーチから野球ボールサイズの銀色の玉を取り出した。『雷球』と呼ばれる、スイッチを入れると静電気を発生させる対感染者用の道具だ。電源を入れると、掌にジリジリと電気が流れた。それを投げると、感染者の足が止まった。そのボールをもう三つ取り出し、他の感染者に向けて投げた。体に玉が当たった個体は、極端にそれを嫌がるような素振りを見せ、後ろへ下がった。

 ひとまずこれで、通常個体の接近は防げる。


 問題は、見てすぐに重症とわかるココロと、傍にいる少女――イヴだ。運ぶにしても、サニーの協力は必須だ。こっちへ向っているだろうが、山に入って二手に分かれたので、いつ来るかはわからない。


「……おいおい」


 ジャックはココロに近づきながら、銃のポンプを引いた。

 ココロの傍に膝を突いていたのは、感染者だ。そして、放心しつつもココロから目を離さないエミリと、その胸でうずくまるように泣くテムの状態から、ジャックはおおよその状況がつかめてしまい、出かけた溜息を口を固く閉じて止めた。

 情報にない感染者はイヴと名付けられ、そしてその傍に倒れたココロと、それをじっと見つめていたエミリの視線。滅多にあることじゃないが、パターンとしてある。

 予想していたからこそ近づかなかったが、ココロは感染している。


「おいお前ら、もっと離れてろ」


 ジャックはエミリ達に言うと、イヴに銃口を向けて距離を詰めた。

 死亡報告か、感染報告か、ともかく一度知らせる必要があると、空いた左手を無線に伸ばした。


「――おっさん!」


 エルマーの声にジャックは振り向き、咄嗟に銃を構えた。しかし、遅かった。

 眼前に黒い塊が迫ってくるのを捉えてすぐ、銃を構えようとした腕に重たい塊が直撃し、そのまま胸の上までのしかかってきた。それがサッカーボールほどの岩だと気づいた時には、肘が軋み、肋骨がいやな音を響かせた。腕がクッションになったものの、威力を殺しきれなかった。


「……野郎っ」


 ジャックは踏ん張りきれずに足を滑らせて横に倒れた。

 油断した。手近にあった岩を投げつけられた。ビッグフットの掌のサイズから考えれば、野球ボールでも放り投げたような感覚だろうが、もし胴体に直撃していれば、最悪それで殺されているところだ。筋も違えたか、足や腕は動くが、力が入れずらい。

 ジャックは体を起こすと、散弾銃ショットガンのポンプを引いて舌を打った。掌を伝わった違和感から、フレームが歪んでいることに気づいた。暴発したら堪らない。散弾銃を放り捨てて無線機に手を伸ばせば、こっちも電源が入らない。


「くっそ、ふざけんなよ――っつ」


 ジャックは胸のホルスターから拳銃を抜き、スライドを引いた。

 息をするだけでいちいち胸が痛む。肋骨にヒビが入ったようだ。


「おいお前ら、いつまでも座ってないでさっさと逃げろ」


 そう言っても、テムを抱えたエミリはその場を動こうとはしなかった。

 なおもその視線の先には、ココロがいる。起き上がることを期待しているのだろうが、その横顔は見ていて気分のいいものではなかった。

 ジャックは舌を打ち、視界に入っていないエルマーに向けて脅すように叫んだ。


「おいエルマー! 俺が囮になってる間にこっちで座り込んでる二人を連れて行け! 全員ゾンビになっちまうぞ!」


 ジャックはビッグフットの行動を思い返しながら、感染者の数が多い方へと移動するついでに、イヴの体をさらうように抱き上げた。特異体であろうビッグフットが自分を狙ったのは、恐らくイヴに銃口を向けたからだ。

 その予想は的中し、ビッグフットの視線がこっちを追った。

 ジャックはエミリ達から離れた位置で、空へ向って二発弾いた。

 『雷球』を怖がっていた感染者と、ビッグフットの注意を全て集める。

 ビッグフットはすっかり足の怪我が治ったようで、ゆっくりと立ち上がった。その脇から、エルマーがライフルを杖代わりにして走り抜け、エミリとテムを迎えに行った。ビッグフットの感心が自分へ向いていることを確認したジャックは、銃を構えた。


 もしもあの巨体が特異体で、アンティコパを殺して来た者なら知恵が回る。

 エルマー達がイヴと呼んでいるこの小さな感染者が、ビッグフットにとってどれだけの価値があるかはわからないが、利用は出来る。ただし、あくまで注意を逸らすために攫っただけで、感染のリスクを考えると、そう長く抱えてもいられない。


「兄ちゃん!」テムが叫んだ。

「いいから早く行け!」


 その声に振り向けば、エルマーがライフルを振り回し、掴みかかってきた感染者に抵抗していた。

 エミリは相変わらずで、テムは「兄ちゃんから離れろ」と感染者の足を蹴飛ばしていた。

 『雷球』より、エルマー達の方へ引きつけられた個体がいた。

 最悪のパターンだ。

 冷静に対処していれば逃げられるのに、焦りが状況を悪化させていく。

 そしてそれは、自分にも言えることだった。

 ジャックは抱えていたイヴを離して突き飛ばすと、銃を構えて駆け出した。

 その瞬間、眼前を縦に切るように、太い鎖が風を切って掠め、地面を抉った。

 雷鳴のように鳴る鎖が飛沫を上げ、跳ね上げられた泥が頬を切った。

 見れば、ビッグフットがその両手に鎖の端を握っていた。腰に巻いていた鎖は武装だ。

 それも横なぎに使わず、あえて縦振りに使ったということは、やはり知恵がある。


「冗談じゃねえぞクソが」


 ジャックが言うよりも早く、ビッグフットは走り出した。傾斜がある分動きは鈍いが、一歩が広い。銃を構えて引き金を絞ったが、豆鉄砲では足止めにもならなかった。スライドが止まった銃を放り、左胸のホルスターに手を伸ばした。


「――っくそ!」


 どうする。かわすにしても、受けるにしても、その後、どうやって乗り切る。

 手を伸ばした先には、爆発的な膂力と治癒力を得られる代わりに、確実にゾンビ化するピストル型の注射器が、アンプルを装着された状態で吊ってある。

 これを使えば或いはこの状況を切り抜けられるが、果たして上手くいくのか。

 せめて、せめてもう一人、まともに動ける仲間がいれば。

 ダメだ。間に合わない。

 ジャックが歯を食いしばり、身構えた時、事態が急変した。

 目の前まで迫っていたビッグフットの体当たりを、真正面から迎え撃つ影が視界に割り込んだ。

 サニーが来たのかと目を見開くと、見覚えがある存在が目の前にした。

 ツナギ姿の少女、ついさっきまで、倒れていた――ココロだった。


「お前――」


 そう口にしかけた瞬間、ジャックは腹を強く押されて後ろへ飛んだ。内臓が潰れて口から出てきそうな衝撃に歯を食いしばり、目を見開いた。

 満身創痍だったはずのココロに突き飛ばされた。

 いや、助けられた。

 ココロは腰に提げた工具を手に掴むと、拳を握ってビッグフットの薄い腹に突き立てた。

 ビッグフットの背中へ抜けた衝撃で、重たい巨体が一瞬浮かび上がり、飛沫が弾けた。

 ココロは浅く息を吸い込むと、そのまま連続して、素人臭く重たい蹴りをお見舞いした。

 手にした鎖から手を離したビッグフットは後ろへよろめき、踏ん張って体制を崩した。

 ココロは地面に落ちていた太い鎖を掴み、肩に担ぐように振り抜いた。

 太い鎖がビッグフットの肩口を叩き、深くめり込んだ。

 鈍く骨が折れる音と、何かが切れる音が聞こえた。


「――あいつ」


 ココロの骨が、軋みながら捩れて折れ、筋繊維や、恐らく腱までもが切れた。

 ビッグフットが尻餅をつくとほぼ同時に、ココロも糸が切れた人形のように膝を突いた。

 それでもなお、立ち上がろうとしている。

 常人離れした無茶を可能にする治癒力と膂力。

 感染して間もない人間が、そこまでの力が引き出せるなんて、ジャックは信じられなかった。

 エルマー達の危機を察知して目を覚ましたとしても、ELも使わずにそれだけの症状が出るなんてありえない。見れば、エルマー達に襲い掛かっていた感染者の姿はなかった。ただ、何があったのかはエルマー達の驚いた表情を見ればわかる。おそらく、あのバカ力で吹き飛ばされたのだ。


 それを可能にしたのは恐らく、イヴと呼ばれていた感染者。


 ジャックは体を起こし、じっとココロを見つめているイヴに目をやった。

 誰かを襲うわけでもなく、ぬいぐるみを抱えて大人しく立っている。

 いや、観察しているのか。


「ココロ!」


 エルマーの声に視線を戻すと、ココロは立ち上がることが出来ないまま、地面に手を突いておびただしい量の血を吐き出した。

 ビッグフットはおもむろに立ち上がると、ココロに一瞥をくれ、反撃する素振りも見せずに素通りした。

 ジャックはココロに突き飛ばされたせいで、立っているのがやっとだった。

 ビッグフットはそんなジャックを一度見ると、もう用はないとでも言うように、真っ直ぐと感染者の少女――イヴの傍まで移動して、片膝を突いて右手を差し出し、背中を丸めた。

 イヴはその掌いに腰を下ろした。

 ビッグフットは、ゆったりとした動作でイヴを肩に担ぐように座らせる。イヴもまた、そうされることが当たり前のように拒まなかった。まるで親子か兄妹のように、大きな肩に座ったイヴは、エミリ、テム、エルマーへと視線を移し、最後にココロへ目を向けて、小さく手を振った。


 ――バイバイ。


 ビッグフットはジャックを一瞥すると、イヴを支えるように手を添えた。

 イヴはそんなビッグフットの頬を軽く叩くと、エルマーが示していた麓の方角を指した。ビッグフットはイヴの指示に従うように、彼女の体を最初より強く支え、斜面へ向って飛び降り、闇の中へと消えた。

 枝をへし折りながら、斜面を滑るように下っていく音が遠ざかり、雨の音に消されていった。


「いったい、なにがどうなってるってんだ」


 ジャックは言いながら、痛む体を引きずり、足元に転がった銃を拾い上げた。


「――ココロちゃん!」

「ダメだ! 行くなエミリ!」


 その声に、ジャックは辟易して溜息を吐いた。

 次から次へと、面倒が増える。

 ココロに駆け寄ろうとするエミリをエルマーが止めようとしたが、エミリの耳にその声は届いていなかった。エルマーも走れるような状態ではなかった。

 ジャックは舌を打ち、倒れたココロへ一直線に駆け寄るエミリを止める為に駆け出した。

 ただ、間に合いそうにない。ジャックは銃の弾倉を入れ替えてスライドを引くと、エミリがココロへ辿り着く前に、銃声で驚かせようと銃口を空へ向けた。


「ココロちゃん!」


 顔をくしゃくしゃにして駆け寄るエミリの表情に、ジャックは眉間に皺を作った。

 誰かが誰かを思い遣るその強い心が被害者を、感染者を増やしていく。

 これ以上は、許すわけにはいかない。

 ジャックが引き金を引こうとしたその刹那、「エミリ!」と呼ぶエルマーの声と共に、もう一人のアンティコパが姿を現した。暗い闇から駆け出してきたサニーが、エミリがココロへと伸ばした両腕を迎えるように体で受け止めた。

 エミリは自分の体を強く抱き止めた人物――サニーを見ると唖然とし、離してと叫んだ。


「……ココロちゃんの傍に行かせて!」

「ダメです」

「誰よあなたっ! 関係ないでしょ! 離してよ! こんなのイヤなの!」

「ダメです。彼女がそれを望んでいないことは、友達のあなたが一番よくわかっているはずでしょう。だから、ね――」


 振りほどくことのできないサニーの腕の中で、痛々しい姿で倒れたココロを見つめて、エミリは感情が壊れていくように、幼い子供のように泣き崩れた。割れるように嘆く声。サニーはエミリを抱えて膝を折ると、その背中をさすってジャックへ目を向けた。


「ジャックさん、すみません、お待たせしてしまって」


 心底申し訳なさそうに言ったサニーに、ジャックは溜息を吐きながら銃をホルスターに戻した。


「……おせえよ」


 空を覆っていた雲は通り過ぎ、降り続けた雨も止んだ。

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