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ココロぞんび  作者: キタビ
第十二話 あたたかい血
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 自分達を追ってきたビッグフットの姿が、もう二十メートル先へと迫っていた。

 それはとうてい人間だったとは思えないほどの巨体で、テムが熊と見間違うのも無理はなかった。それは、ずっしりとそこに存在しているのに、まるで亡霊か岩のように気配が感じられない。

 他の感染者とは明らかに違っている。


 腕や足は異様に太く、腹は抉れ、皮が張り付いているようにくびれているにも関わらず、胸周りから鎧を被せたように分厚くなっている。すだれの様な長い髪は顔を覆い、手首や足首には巨大な枷と、引きちぎったような鎖を引きずっていた。その体に合う衣服等ないのだろうが、誰が着せたのか、それとも本人がそうしたのか、布切れを継ぎ合わせただけの汚れた布を被るように羽織り、腕や腰などを覆っていた。


 ここまでの間に何発か当てたはずだが、まるで効いていない。

 うまく撒いたと思っていたが、追いつかれた。

 エルマーは必死に呼吸を整え、前髪から滴り落ちる雨を息を吹きかけて飛ばした。

 弟のテムはまるで小さい頃に戻ってしまったようにわんわんと泣いていて、いつも強気でココロと張り合っていたエミリも、お嬢様であることを忘れたように、雨に打たれながら、「ココロちゃん」と呼びかけながら、心臓マッサージを繰り返している。


 何処で間違った。

 何がいけなかった。

 わかりきったことだった。

 いつでも引き返せた。

 全てが間違いだったと、今更気づく。

 ランセットにも忠告されていた。

 大事なのは、感染者の少女ではなく自分達だと。

 それをわかっていて、自分達はきっと大丈夫だと高を括っていた。

 ココロが絶対にイヴを諦めないと言ったあの時、喧嘩してでもイヴを諦めていれば、守衛室の鍵を作らずにおけば、作ったとしても、捨てておけば、山の入口に立った時、やっぱり辞めようと提案していれば。いや、それ以前に、自分達のしようとしていることを誰かに伝えていれば、どこかで止まったはずだ。

 一つだけ確かなことは、後悔している暇なんて、今はないということだけだった。

 あの日の軍服ゾンビのように、口にライフルを咥えて引き金を引きたい気分だ。

 エルマーはビッグフットの動きに注意を払いながら、チラと視界に映ったイヴを見た。

 イヴが歩きだした先には、エミリと、テムと、ココロが居た。


「エミリ! イヴを――」


 近づけさせるな。そう言い掛けて、メキ、と木の幹にヒビが入る音が聞こえた。

 エルマーは下がりかけた銃口を持ち上げ、引き金を絞った。

 邪魔になる木の幹に指をめり込ませたビッグフットの胸に、プッと穴が開く。

 しかし、銃声と大きな反動すら吸い込まれるような手応えのなさに、エルマーは歯軋りした。


「っくそ」


 エルマーはボルトを引いて、照準を足に向けた。

 痛覚が鈍いなら、殺せないなら、動きを止めるしかない。

 しかし、両足に残りの弾丸を全て撃ち込んでも、ビッグフットは軽く膝をついただけで、すぐにその筋力で体を持ち上げた。


「ふざけんなよ。こんなのどうやって」


 呆然としているうちに、気づけばビッグフットは見上げるほど近くに迫っていた。慌てて引き金を引いたが、弾切れになっていた。


「テム、弾だ――!」


 振り向いて後ろへ手を伸ばそうとした瞬間、エルマーは自分の体から重さが消えるような浮遊感を覚えると同時に、視界がずれ、背中に強い衝撃を受けた。茂みがクッションになったようだが、斜面に叩きつけられた衝撃は凄まじかった。

 首筋に鈍い痛みが残り、呼吸が苦しくなった。咳き込みながら顔を上げれば、自分を退かしたビッグフットがこちらへ一瞥をくれると、エミリたちへ向って歩き出した。

 エルマーは頭を振ると、二人へ逃げろと叫んだ。


「……エミリ、テムっ」

「エミリ姉ちゃん!」


 ビッグフットに光を当てたテムが、その余りの恐怖に尻餅をついた。

 エルマーは水溜りに落ちたライフルを拾う為に地面を這った。

 急がないと、エミリとテムまで殺される。ようやくライフルに手が届くと、エルマーは弾がないことを思い出して舌を打った。顔を上げれば、ビッグフットの動きが良く見えず、テムやエミリの声も聞こえない。


 しかし次の瞬間、エルマーは目を疑った。


 どうやらビッグフットはエミリにもテムにも興味を示していないようだった。それが証拠に、ゆったりとした動作でイヴを肩に担ぐように座らせた。イヴもまた、そうされることが当たり前のように拒まなかった。まるで親子か兄妹のように、大きな肩に座ったイヴは、ココロから順にエミリ、テム、エルマーへと視線を移し、小さく手を振った。


 バイバイ。


 そんな風に別れを告げているようにも見えた。

 その直後、銃声が空へ響いた。

 エルマーは一瞬、自分が手にしたライフルに目をやったが、そんなはずはない。

 銃声に目を向けると、暗い影の中に立つ二人の大人が立っていた。

 一人は散弾銃ショットガンの銃口を空へ向けていて、もう一人はこの暗い闇の中に溶け込むようなコートを羽織った女性だった。エルマーはすぐに二人がココロの言っていたアンティコパだとわかった。

 男が散弾銃を降ろしてポンプを引いて排莢すると、ビッグフットが軽く振り向き、イヴを支えるように手を添えた。イヴはそんなビッグフットの頬を軽く叩くと、エルマーが示した方角を指した。ビッグフットはそんなイヴに従うように、彼女の体を最初より強く支え、斜面へ向って飛び降り、闇の中へと消えた。


 枝をへし折りながら、斜面を滑るように下っていく音が遠ざかり、雨の音に消されていった。

 過ぎてしまえば一瞬の出来事で、アンティコパが現れたとき、一瞬でも安心してしまった自分が情けなくて、エルマーは許せなかった。


「妙だな、あのデカブツ、逃げやがったな」ジャックが銃を下ろして言った。


 エルマーは落ちていたライフルを手に掴むと、それを杖代わりにして立ち上がった。


「……ココロ」


 そう呼んでよろけると、ジャックがそれを支えた。


「おい坊主、無理すんなよ」


 そう言ったジャックの手をエルマーは払った。

 ジャックは表情を変えずに、視線を倒れたココロに向けて嘆息した。


「ったく、バカやろうが」

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