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ココロぞんび  作者: キタビ
第十二話 あたたかい血
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 まるで夕陽が沈んでいくように、ココロの瞼が静かに閉じた。

 エミリはそんなココロの頬を叩き、「ココロちゃん、ココロちゃん」と呼びかけた。

 雨のせいで体は冷やされ、ココロの傷口から溢れた血も、雨に混じって流されている。出血量や怪我の程度はわからないが、かなり酷い状態だった。エミリはココロの胸に耳を当てると、弱い心音に表情を曇らせ、涙を拭った。


「早く運ばないと、でも下手に動かしたら」

「……兄ちゃん、ココロ、怪我してるの?」


 懐中電灯を持っていたテムが不安そうに言った。


「大丈夫、気を失ってるだけだ」


 エルマーは安心させる為にそう言ったが、ココロの姿に頭がおかしくなりそうだった。


「とにかく、ココロを運ぶぞ」

「……イヴはどうするの?」テムが訊いた。


 エルマーはテムの手からライトを取ると、辺りに光を走らせ、倒れたイヴを見つけた。

 二メートルほど離れた場所に、投げ出されるように倒れていた。光を浴びると、イヴはゆっくりと体を起こした。ツナギ服は泥だらけになり、肘や膝の部分が裂けている。手にしたアリソンも土砂にまみれ、ブリキの人形は腕だけを残して胴体はなくなっていた。ココロが庇ったお陰で、自分の足で立つことも、歩くことも出来るようだった。


 ただ、怪我をしている。


 頭からも、膝からも、恐らく見えない場所にも怪我を負っている。そんな、普通の子なら泣き叫んでいるような状態でも、痛がる素振りも、出血を気にする素振りも見せない。

 そんな姿に、エルマーは目を眇めた。やはりイヴは、感染者だ。あの体には触れられない。流れ出た血が混ざる雨水が、自分達の傷口に触れでもしたらまずい。何より、ココロに近づけさせるわけにもいかない。


「イヴ、悪いけど、もう俺達はお前に触れない」

「兄ちゃんそれって、イヴを置いていくってこと?」テムが言った。

「今はココロを運ぶのが先だ。俺達にはもう、イヴに構ってる余裕は無い」


 エルマーは強く言うと、ココロと同じ瞳のイヴをじっと見つめ、わかってくれ、と訴えかけた。

 せめて、ココロがここへ来て、こんな姿になった理由くらいは、知っていて欲しいと思った。


「俺達は……ココロは、お前のことをアンティコパから守りたくてここまで来た。勝手に連れ出して、こんな場所に放り出して悪いと思う。けど、ここはイヴにとって、決していい場所じゃなくなっちまうんだ。俺達はココロを急いで連れ帰らなきゃならない。だからここから先は、イヴ一人で行ってくれ、向こうだ、わかるか?」


 エルマーは麓の方向を指した。イヴはその先へと目線をやってから、視線を戻した。

 わかってくれた。エルマーはそう信じた。そう思い込まなければやっていられなかった。

 ココロが知ったら軽蔑するかもしれないが、それでも構わない。

 なにせ感染者は、一度死んだ人間だ。

 どれだけ人間らしく振舞う個体であっても、怪我にも、この状況にも全く動じていない少女の姿は、正直言って不気味でしかなかった。

 死にかけている友達とどっちが大切かなんて、比べるまでもない。


「ちょっと、ココロちゃん! 待って、ダメダメダメ!」


 エミリの声にはっとして、エルマーは光を向けた。

 ココロの瞼は薄く開いていたが、もう目に力が無かった。


「ココロ! しっかりしろ! 今コロニーへ連れて行ってやるからな!」


 エルマーはライフルを置くと、ココロの右腕を自分の肩に回し体を持ち上げた。エミリも反対側へ回り、支えるのを手伝った。


「テム、先導してくれ」

「わかった!」


 そうして二人でココロの体を運ぼうとした直後、ココロは最後に浅く息を吸うと、体内に残った魂を吐き出すように、深くゆっくりと息を吐いた。時計が止まるように、ココロの全身から力が抜け、体を抱えていた二人はココロの体がぐっと重くなるのを感じ、引っ張られた。

 脱力じゃない、ただの死体になったのをその身で感じて、エルマーとエミリは戦慄した。


「嘘だろ」

「エルマーくん、今すぐココロちゃんを降ろしてください」

「早く運ばないと!」

「心臓が止まっているんですよ! まずは心肺蘇生をしないと、このまま運んでも意味が無いんです! それくらいわかるでしょ!」


 エルマーは歯を食いしばると、エミリの指示に従った。わかっている。守衛の訓練でも、心肺が停止した人への応急処置は習った。だからこそ、ココロの状態が心肺蘇生でどうにかなるとは思えなかった。それでも、今は出来ることをやるしかない。

 エルマーはゆっくりとココロを寝かせると、テムを呼び戻し、光をくれと指示した。

 エミリはココロの胸に耳を当て、腕をまくった。ツナギ服を開き、心臓の上に両手を重ねた。


「二人も声をかけ続けてください、なんでもいいから!」

「起きてココロ! 起きて!」


 ココロの名前を呼んで泣きじゃくる弟の声と、狂ったようにココロに蘇生術を施すエミリの姿に、エルマーは声を詰まらせた。ココロの頭がぐにゃりと横を向き、エミリの手が深く胸に沈むたび、その口から果実の汁のように、赤い血がどろっと溢れた。エミリはココロの顔を上向きに引くと、口から溢れる血を吸いだして捨て、空気を送り込んだ。


「戻ってきて、戻ってきて」


 繰り返される人工呼吸と心臓マッサージを、ただ見ているしかなかったエルマーは、不意に聞こえた唸り声に気を昂ぶらせた。

 ココロの心臓が止まっても、思考も、行動することも止まることは許されない。

 胸のうちで大きな怪物が暴れまわっているような感覚を味わいながら、振り向きながらライフルを構えた。


「クソ、クソ、クソ――ッ!」

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