表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ココロぞんび  作者: キタビ
第十一話 冷たい雨
90/107

90

「エミリ! エルマー達と離れすぎたらまずいって!」


 走りながら、ココロは訴えかけた。


「いいから早く山を降りますわよ! わたくし達がもたもたしてる間にエルマーくん達が逃げ遅れます! とにかく急いでください! あなたが思うよりこの状況はヤバいんですのよ!」


 ココロは歯を食いしばってエミリの後を必死に追った。

 廃工場の広場を離れ、木々の隙間を縫って駆けるエミリは、まるで景色が全て見えている獣のようで、滑るように斜面を下っていく。その後をトレースするように追走したが、イヴを背負っていると思うように体が動かない上に、踏ん張ると足元が滑って何度も尻餅を突いた。イヴの手が握るアリソンの耳と、ブリキの玩具が顔の前でチラチラ跳ねるのを気にしながら、ココロは走った。

 再び響いた乾いた銃声が、空に吸い込まれていった。


 大丈夫、まだ二人は無事だ。


 そう冷静に捉えながら、ふと、なんでこんな所で、こんなに必死になっているんだろう、と思った。

 自分達にはあたたかい家があって、怖い思いなんてしないで済む世界が傍にあるのに、なんでこんな冷たい雨の中を、感染するリスクまで冒して、感染者の子を背負って走っているんだろう。見捨てられないという気持があったとしても、状況が悪くなればなるほど、バカなことをしたんじゃないかと思えてくる。

 背後から、エルマーの銃声が連続して聞こえた。

 雨音に混じって、エルマーとテムの声が聞こえる。

 ココロは木の幹に体をぶつけるようにして止まると、背後を振り返って二人の名前を呼んだ。


「ココロさん! 止まらないで!」

「でも二人が」


 言いかけた時、多少闇になれてきた目が、追いかけてくる二人の影を捉えた。エルマーもテムも血相を変え、自動小銃も放り出し、テムにいたってはリュックすら持っていない。ポケットいっぱいにライフルの弾倉マガジンを詰め込んで、エルマーのあとをぜいぜい言いながら追っていた。


「ココロ、ライフル貸してくれ!」

「熊は!? やっつけた!?」

「熊じゃなかった! でかい感染者だ! 多分ビッグフットだ。動きは早くないけど追って来てる! マシンガンじゃビクともしなかった!」


 エルマーが振り向くと、暗闇の向こうに大きな影が現れ、こっちを凝視したのがわかった。

 ココロは肩に引っ掛けたライフルをエルマーに渡した。


「あたしたちだけじゃやばいって、こんなのさ!」

「これだけ撃ってりゃ銃声がアンティコパにも届いてるはずだ! それに賭けるしかない!」

「そっか、アンティコパが来てくれれば」

「そうならない可能性も考えないといけないけどな。エミリ、ライフル!」

「はい、はい!」


 先を行っていたエミリが肩からライフルを降ろして投げた。エルマーはそれをキャッチすると、弾倉を抜いてポケットへ捻じ込み、もう一丁を構えた。ボルトを引いて、大きな影に向けて三発撃った。ココロの目から見ても、その弾丸は当たったように見えたが、ビッグフットはまったく動じず、斜面をゆっくり降りて来た。


「ちょっと、なんで当てないのよ!」

「当たっても足止めにならないんだよ! いいから行けよ!」

「じゃあ一緒に逃げようよ!」

「囮になって時間稼ぐくらいできる! テム、俺の傍を離れるなよ!」

「ココロさん! こっちです!」

「そっち逆じゃん!」

「そっちは感染者がうろついているんです! 転んだりしたら捕まりますわよ!」

「エルマー、ルート変わるって」

「わかったから急げよ、ケツ蹴り飛ばすぞ!」


 ココロは息を整え、ぐっと足に力を入れてエミリの後を追いかけた。

 後ろから散発的に銃声が聞こえる。

 なんだかもう、現実感がない。自分が立っている所すら、どこなのかもわからない。

 いっそ、これが夢であってくれたらと思う。昨日マリオと整備を終えて帰って、ベッドに入って見ている長い夢。そうであれば、もう一度――。そこまで考えて、もう一度やり直せたとしたら、いったい何処からやり直せばいいんだ、と思考が止まった。


 どこまで遡れば、今のこの状況に辿り着かない道を選べるんだろう。

 もし、その道を選んだとしたら、こんな状況にはならなかったかもしれないけれど、今までの嬉しかったことも、苦しかったことも、悲しかったことも、楽しかったことも、全てなくなるのだろうか。エルマーやテムと、エミリとも、今とは違った出会い方をして、違う関わり方をしていたのだろうか。


 ああ、それはイヤだな。


 お父さんもお母さんもいないけど、あたしは今のエルマーやテム、エミリが好きだ。

 そう感じることが出来る自分が、今がいい。


「――あっ!」


 不意に足元から地面がなくなって、バランスを崩した。


「ココロさん!」


 先を行っていたエミリが踵を返した。

 ココロは傾いた体を支えようとして、懐中電灯から手を離した。闇の中を手で探り、指先が木の幹を引っ掻いた。まずい。背中を何かに引っ張られたように、体が一気に傾く。負ぶっていたイヴが、背中から離れた。ココロは反射的に体を反転させ、イヴを抱き寄せて体を丸めた。

 そしてそのまま、ただ祈った。

 暗闇の底へ引きずりこまれていくのがわかる。風を切る音がする。


「ココロちゃん!」


 エミリの声を最後に、全身から怖い音を聞いた。

 肌を切り、骨を打ち、鈍い痛みと衝撃が、音と一緒に全身を駆け巡った。

 ココロは息が詰まるような衝撃を背中に受けるのを最後に、完全に意識を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ