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灯りのない守衛室は真っ暗で、まったく何も見えなかった。少し埃っぽく、エルマー達がうろうろとしている気配だけを闇から感じた。カチっと音がすると、エルマーが手にした懐中電灯の光が室内を走った。
「何してんの?」
「待て待て、準備はしっかりしていかないとだろ」
エルマーは頭と肩の間に懐中電灯を挟み、壁の鍵ケースを開き、そこに掛けられた鍵を二つ取った。一つ目の鍵でロッカーを開けた。そこにはライフルが三丁と、一丁の自動小銃が立てかけてあった。トリガーガードに細い鎖が通っている。底には弾倉と、弾丸が詰められたケースが置いてあった。
「もしかして持ってくの?」
「念には念を入れたほうがいいだろ? どうせ帰ったら大目玉食らうんだ。だったら徹底的にやったほうがいい」
「まあ、そうだけど」
「もちろん、鈴も持ってくからな」
エルマーは壁にかけてあった鈴に光りを当てると、懐中電灯を受付用のデスクに置いた。
「兄ちゃん、電気点けないの?」テムが訊いた。
「大丈夫とは思うけど、光が漏れたら結構目立つから、念を入れて懐中電灯で頼む」
「わかった」
暗闇を照らす光りもあって、目はすぐに慣れた。
エルマーが鎖を固定していた錠を解いて、ライフルを一丁手に取り、空の弾倉二つと、梱包された弾丸ケースをデスクへ運んだ。新品の封を切り、玩具の箱でもひっくり返すようにすると、ピカピカの弾丸がバラバラと転がり出した。エルマーはその弾丸を弾倉に込める作業に取り掛かった。
その作業を横で見守っていると、後ろでエミリがロッカーに手を伸ばした。
「エルマーくん、こっちの方がよろしいのではなくって?」
エミリの手が掴んだのは、小ぶりな自動小銃だった。
「いらないっしょそんなの」ココロは言った。
「あなたエルマーくんの話聞いていませんでしたの? やるなら徹底的、ですわ」
「限度ってもんがあるっしょー」
「エルマーくんは使えるでしょう?」
「使えなくないけど、どうせ使うなら慣れてるほうがいいんだけど」
「そんな古臭いのよりこっちの方にしましょうよ。はい、どうぞ」
こっちの服の方が似合いますわ。みたいなノリで差し出された自動小銃を受け取ったエルマーは、少し躊躇い気味だった。恐らくそれが必要になる場面は、相当まずい状況だ。こういうのを持ち出すと、そういう状況を招くような気がして不安になる。そんな顔だった。
「それさ、貴重なんじゃないの? 一つしかないし」ココロは言った。
「戻ってきたら返せばいいんです。それに、色々危ないのが森にいるとわかっているなら、ちょっとでも安心できるように準備しませんと。エルマーくん、それでわたくしを守ってくださいね」
「ああ、まあ」エルマーは弱弱しく応えた。
「ついでにあたしも頼むわ」
ココロが言うと、エルマーは頭を掻いて、そうだなと心を決めた。
「たしかにエミリの言う通りかもな、この際、持っていけるものは持って行こう」
「そうですそうです」エミリは上機嫌に頷いた。
「下にあるケースと弾倉も取ってくれ」
「ライフルはどうすんの?」
「わたくしとココロさんで一個ずつ持ちましょう」
「一丁な」エルマーが訂正した。
「それが数え方ですの?」
「そ」
「ちょっと待ってよ、あたし達銃なんて使えないって」
ココロは無理だと手を振った。
「持ってるだけでいい。何があるかわからないからな。ついでだから弾込め手伝ってくれ」
なんだかきな臭いことになってきたなと不安になりつつも、大げさという訳ではないか、とココロは弾込めを手伝った。「どっちが前? こっち?」と訊きながら、弾倉に弾を込める。自動小銃用の弾丸のケースは新品で、ケースには弾頭のサイズと、弱装弾と印字されたラベルが貼ってあった。
「弱装弾って何?」
「装薬が少ないから威力が低い」
「あー」
「なんで少ないんですの? どうせならガツンと力があるほうがよろしいのではなくって?」
エミリが訊くと、エルマーはなんでだ、と上を見た。
「……そういや聞いたことないな。危ないからじゃないか?」
「兄ちゃん、俺は?」テムが訊いた。
「テムは弾係だな。銃、持ちたいか?」
エルマーがライフルを差し出して、どうする、と目で訊いた。
テムはライフルに伸ばしかけた手を引っ込めると、掌でパンツを擦った。
「我慢する。持ちたいけど、使いたくない。みんなに当たっちゃうかもしれないし」
「撃ちたきゃ守衛になるといい」
「そうする」
「ま、使わないに越したことはないんだけどな」
ライフルは二丁、弾倉は予備を含めて四つ、自動小銃は一丁、弾倉は予備を含めて二つ。
不安を取り除くために始めたはずの準備を終えてみると、かえって不安は大きくなった。
撃たないで済むならそれに越したことはないが、これが必要になる場面もあるかもしれない、という不安が拭えない。
ココロとエミリが一丁ずつライフルを肩に提げ、自動小銃はエルマーが持った。
予備の弾倉を突っ込んだリュックを、テムは体の前に抱えるように持った。鈴は四つ、ベルトにしっかりと結びつけた。エルマーはデスクに広げた地図に懐中電灯の光を当てると、皆を呼んだ。
「森に入る前に計画を伝えとく。夜が深くなってきたらアンティコパも動き始める。なんとかその前にイヴを見つけて、麓まで逃がす」
「ルートは?」
訊くと、エルマーは山の中腹辺りを指で叩いた。
北門と北東門から、山の中腹へ向った先に廃工場がある。
「アンティコパが山へ入ってくる門を考えると、廃工場から西へ、つまり北門側へ戻ってくるルートが一番遭遇する可能性が少ない。けど、こっちから山を登ったり降りたりしたことはないから、地形が読めない。実際、廃工場へすんなり辿り着けるかどうかも怪しい」
「じゃあ、東側に抜けるの?」
「ああ、アンティコパは廃工場を目指すわけじゃないから、仮に東側へ回っても遭遇する可能性は低いと思うんだ。大事なのは俺達が迅速にイヴを麓へ運べるルート。となると、勝手がわかってる東側の方がいい」
「山の奥へ入って大きく回るルートは? 時間がかかっても、見つかる可能性は低くなるし、イヴを連れて歩く時間も稼げる」
「山の奥は危険だってラン兄ちゃんも言ってただろ。斜面がきつくなってたり、切り立った崖があったりするって。昼間ならともかく、夜はそれだけで道がわかりにくくなる。だから、歩けそうな斜面を探して東側の麓へ向う。平野まで出られればひとまず成功、その後のことは考えてないって言うか、わからない」
「そもそもあたし達はそれ以上先の世界を知らないしね」
「行ける所まで行って、あとは戻ってくればいいのですわ」
「じゃ、そういう手はずで」
「わかった」
「じゃあ、準備はいいな」
エルマーが地図を畳んで外へ続く扉を開くと、生暖かい風が吹き込んできた。
今更になって、戻れと言われているような気がした。
星の明かりはなく、雲の薄い層から透けて見えるかすかな月明かりも、森へ入ればたちまち届かなくなるだろう。懐中電灯のスイッチを入れると、あたりの闇はいっそう濃くなって、足元だけがいつもとは違う景色のように映し出された。
緊張感が増して、心臓の鼓動が大きく、早くなった。
暗闇の向こうで、感染者になった両親が手招きしているような気がする。
嫌な夢を思い出して、ココロは一人、皆に気づかれないようにぎゅっと目を瞑った。
「こりゃ、特異体とか熊とか気にしてる余裕、なさそうだな」
さすがのエルマーも、風が唸る山の雰囲気に呑まれたようだった。
「帰ります?」エミリが訊いた。
「冗談でしょ」
ココロは言うと、こんなもんどうってことない、と勇んで前に出た。
そうだ、こんな危険な山の中で、何も知らないで、一人で居るイヴに比べれば、こんな恐怖はどうってことない。




