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ココロぞんび  作者: キタビ
第十一話 冷たい雨
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 灯りのない守衛室は真っ暗で、まったく何も見えなかった。少し埃っぽく、エルマー達がうろうろとしている気配だけを闇から感じた。カチっと音がすると、エルマーが手にした懐中電灯の光が室内を走った。


「何してんの?」

「待て待て、準備はしっかりしていかないとだろ」


 エルマーは頭と肩の間に懐中電灯を挟み、壁の鍵ケースを開き、そこに掛けられた鍵を二つ取った。一つ目の鍵でロッカーを開けた。そこにはライフルが三丁と、一丁の自動小銃が立てかけてあった。トリガーガードに細い鎖が通っている。底には弾倉マガジンと、弾丸が詰められたケースが置いてあった。


「もしかして持ってくの?」

「念には念を入れたほうがいいだろ? どうせ帰ったら大目玉食らうんだ。だったら徹底的にやったほうがいい」

「まあ、そうだけど」

「もちろん、鈴も持ってくからな」


 エルマーは壁にかけてあった鈴に光りを当てると、懐中電灯を受付用のデスクに置いた。


「兄ちゃん、電気点けないの?」テムが訊いた。

「大丈夫とは思うけど、光が漏れたら結構目立つから、念を入れて懐中電灯で頼む」

「わかった」


 暗闇を照らす光りもあって、目はすぐに慣れた。

 エルマーが鎖を固定していた錠を解いて、ライフルを一丁手に取り、空の弾倉マガジン二つと、梱包された弾丸ケースをデスクへ運んだ。新品の封を切り、玩具の箱でもひっくり返すようにすると、ピカピカの弾丸がバラバラと転がり出した。エルマーはその弾丸を弾倉に込める作業に取り掛かった。

 その作業を横で見守っていると、後ろでエミリがロッカーに手を伸ばした。


「エルマーくん、こっちの方がよろしいのではなくって?」


 エミリの手が掴んだのは、小ぶりな自動小銃だった。


「いらないっしょそんなの」ココロは言った。

「あなたエルマーくんの話聞いていませんでしたの? やるなら徹底的、ですわ」

「限度ってもんがあるっしょー」

「エルマーくんは使えるでしょう?」

「使えなくないけど、どうせ使うなら慣れてるほうがいいんだけど」

「そんな古臭いのよりこっちの方にしましょうよ。はい、どうぞ」


 こっちの服の方が似合いますわ。みたいなノリで差し出された自動小銃を受け取ったエルマーは、少し躊躇い気味だった。恐らくそれが必要になる場面は、相当まずい状況だ。こういうのを持ち出すと、そういう状況を招くような気がして不安になる。そんな顔だった。


「それさ、貴重なんじゃないの? 一つしかないし」ココロは言った。

「戻ってきたら返せばいいんです。それに、色々危ないのが森にいるとわかっているなら、ちょっとでも安心できるように準備ぶそうしませんと。エルマーくん、それでわたくしを守ってくださいね」

「ああ、まあ」エルマーは弱弱しく応えた。

「ついでにあたしも頼むわ」


 ココロが言うと、エルマーは頭を掻いて、そうだなと心を決めた。


「たしかにエミリの言う通りかもな、この際、持っていけるものは持って行こう」

「そうですそうです」エミリは上機嫌に頷いた。

「下にあるケースと弾倉も取ってくれ」

「ライフルはどうすんの?」

「わたくしとココロさんで一個ずつ持ちましょう」

「一丁な」エルマーが訂正した。

「それが数え方ですの?」

「そ」

「ちょっと待ってよ、あたし達銃なんて使えないって」


 ココロは無理だと手を振った。


「持ってるだけでいい。何があるかわからないからな。ついでだから弾込め手伝ってくれ」


 なんだかきな臭いことになってきたなと不安になりつつも、大げさという訳ではないか、とココロは弾込めを手伝った。「どっちが前? こっち?」と訊きながら、弾倉に弾を込める。自動小銃用の弾丸のケースは新品で、ケースには弾頭のサイズと、弱装弾と印字されたラベルが貼ってあった。


「弱装弾って何?」

「装薬が少ないから威力が低い」

「あー」

「なんで少ないんですの? どうせならガツンと力があるほうがよろしいのではなくって?」


 エミリが訊くと、エルマーはなんでだ、と上を見た。


「……そういや聞いたことないな。危ないからじゃないか?」

「兄ちゃん、俺は?」テムが訊いた。

「テムは弾係だな。銃、持ちたいか?」


 エルマーがライフルを差し出して、どうする、と目で訊いた。

 テムはライフルに伸ばしかけた手を引っ込めると、掌でパンツを擦った。


「我慢する。持ちたいけど、使いたくない。みんなに当たっちゃうかもしれないし」

「撃ちたきゃ守衛になるといい」

「そうする」

「ま、使わないに越したことはないんだけどな」


 ライフルは二丁、弾倉は予備を含めて四つ、自動小銃は一丁、弾倉は予備を含めて二つ。

 不安を取り除くために始めたはずの準備を終えてみると、かえって不安は大きくなった。

 撃たないで済むならそれに越したことはないが、これが必要になる場面もあるかもしれない、という不安が拭えない。

 ココロとエミリが一丁ずつライフルを肩に提げ、自動小銃はエルマーが持った。

 予備の弾倉を突っ込んだリュックを、テムは体の前に抱えるように持った。鈴は四つ、ベルトにしっかりと結びつけた。エルマーはデスクに広げた地図に懐中電灯の光を当てると、皆を呼んだ。


「森に入る前に計画を伝えとく。夜が深くなってきたらアンティコパも動き始める。なんとかその前にイヴを見つけて、麓まで逃がす」

「ルートは?」


 訊くと、エルマーは山の中腹辺りを指で叩いた。

 北門と北東門から、山の中腹へ向った先に廃工場がある。


「アンティコパが山へ入ってくるゲートを考えると、廃工場から西へ、つまり北門側へ戻ってくるルートが一番遭遇する可能性が少ない。けど、こっちから山を登ったり降りたりしたことはないから、地形が読めない。実際、廃工場へすんなり辿り着けるかどうかも怪しい」

「じゃあ、東側に抜けるの?」

「ああ、アンティコパは廃工場を目指すわけじゃないから、仮に東側へ回っても遭遇する可能性は低いと思うんだ。大事なのは俺達が迅速にイヴを麓へ運べるルート。となると、勝手がわかってる東側の方がいい」

「山の奥へ入って大きく回るルートは? 時間がかかっても、見つかる可能性は低くなるし、イヴを連れて歩く時間も稼げる」

「山の奥は危険だってラン兄ちゃんも言ってただろ。斜面がきつくなってたり、切り立った崖があったりするって。昼間ならともかく、夜はそれだけで道がわかりにくくなる。だから、歩けそうな斜面を探して東側の麓へ向う。平野まで出られればひとまず成功、その後のことは考えてないって言うか、わからない」

「そもそもあたし達はそれ以上先の世界を知らないしね」

「行ける所まで行って、あとは戻ってくればいいのですわ」

「じゃ、そういう手はずで」

「わかった」

「じゃあ、準備はいいな」


 エルマーが地図を畳んで外へ続く扉を開くと、生暖かい風が吹き込んできた。

 今更になって、戻れと言われているような気がした。

 星の明かりはなく、雲の薄い層から透けて見えるかすかな月明かりも、森へ入ればたちまち届かなくなるだろう。懐中電灯のスイッチを入れると、あたりの闇はいっそう濃くなって、足元だけがいつもとは違う景色のように映し出された。

 緊張感が増して、心臓の鼓動が大きく、早くなった。

 暗闇の向こうで、感染者になった両親が手招きしているような気がする。

 嫌な夢を思い出して、ココロは一人、皆に気づかれないようにぎゅっと目を瞑った。


「こりゃ、特異体とか熊とか気にしてる余裕、なさそうだな」


 さすがのエルマーも、風が唸る山の雰囲気に呑まれたようだった。


「帰ります?」エミリが訊いた。

「冗談でしょ」


 ココロは言うと、こんなもんどうってことない、と勇んで前に出た。

 そうだ、こんな危険な山の中で、何も知らないで、一人で居るイヴに比べれば、こんな恐怖はどうってことない。

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