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北門に到着すると、既に待っていたエルマーとテム、エミリがこちらを見た。
守衛は既に離れた後のようだ。ココロはモペッドを押して歩き、合流した。
「お待たせ」
「遅いですわよ、遅刻です」
咎めるようにエミリが言った。今日のコーディネートは、黒を基調にしたオーバーオールで、動き安く頑丈なロングブーツ、タートルネックの長袖に、荷物を詰めた鞄を肩から提げていた。
「暗くなったほうがいいんだから、いいじゃん」
「またあなたって人は、ああ言えばこう言う」エミリは呆れた顔をした。
「それより、皆早かったじゃん。家抜け出すのに苦労すると思ってたけど」
そう言うと、腕を組んだエルマーが肩を竦めた。
「俺とテムは早いとこ夕飯食って、部屋に鍵して、窓から外に出た。外出したのがバレると面倒だから、モペッドは置いてきた。まあどのみち山んなかじゃ使えないしな」
「エルマーの家って二階でしょ?」
「両手両足突っ張ると、隣のアパートの壁使って降りられるんだよ。あの高さなら、最悪落ちてもたいした怪我もしないしな」
「エミリは?」
「わたくしはお父様と喧嘩しました」エミリは自慢げに鼻を持ち上げた。
「喧嘩?」
「モペッドのことでまたお説教されたんです」
「まだ解決してなかったんだ」ココロは呆れた。
「だからわざと大泣きして部屋に引きこもりました。わたくしが泣いてこもっている時は、基本的にお母様も放っておいてくれますし、お父様も一日は近寄ってきません。いい口実ができましたわ。そこからは簡単、わたくしこう見えて運動神経グンバツですから、エルマーくんのように二階から飛び降りました」
「飛び降りたのか!?」
「ええ、着地した時に前に転がれば、衝撃を吸収できますから」
だからって飛ぶか、とエルマーは顔を顰めた。
「なんにしても、うまくやったもんだね」
「女の涙は武器ですもの、ココロさんも見習いなさい」
「あたしはあんたと違って嘘泣き下手なんだよ、演技派じゃないし」
「何か悪口を言われた気がしましたけど、気のせいですわよね?」
「気のせいでしょ」ココロは鼻の下を手で隠した。
「ココロは大丈夫そうか?」
「今更心配しても始まらないでしょ」
「いや、あのリチャードって爺さん、知ってんだろ? 今日のこと」
「あの人は黙っててくれるよ。仮にばらしちゃっても、あたし達が文句言える立場じゃない」
「たしかに」
「モペッドどうしようか。どっか隠した方がいい?」
「ここに置いていこう。俺達の足跡を完全に消すってのも、あれだしな」
ココロは頷くと、守衛室の扉の傍にモペッドを立てかけた。
「それで、鍵は?」
「作ってきた」
エルマーはポケットから木製の鍵を取り出して見せた。
エルマーが作った鍵は、ココロの目から見ても精巧だった。シンプルな形状で細い為、変な力を入れると簡単に折れてしまいそうだが、漆を塗ってあるので鍵として使えるレベルに補強されている。木工は加工しやすいが、製作には特に辛抱強さが要求され、完成を焦ると作業中に失敗したり、脆い作りになることが多い。
「これ、エルマーが造ったの? 木製じゃん」
「知らないのか? 大昔の鍵はみんな木で作られてたんだぞ?」
「そうなの?」
「ま、俺も鍵屋で教えてもらった雑学だけどな。コロニーの門に使われてる鍵は全部同じで、一つの鍵で全部開くようになってる。これも、いざという時の為の工夫だな」
「いざって?」
「守衛になると教わるんだけど、どんなコロニーにも死化した時のマニュアルってのがあって、住民の誘導の仕方とか、避難場所とか経路とか。で、そういうのでモタつかないように、こういう場所の鍵は共通のものが使われてるんだよ」
「もしかして、それ作る為に鍵屋で働いてたの?」
「盗むわけにはいかないからな、守衛の時に型をとって、技術を磨いた」
「鍵作る機材とかは?」
「機材なんて必要ない。型があれば、後は加工しやすくて手に入りやすい木で十分だ。何回も使うわけじゃないから、一回で折れても問題ないしな」
「まあ、何回も使ったら折れるわな、こんなん」
「こんなんとか言うなよ、扉が開けばこっちのもんだろ」
エルマーは言うと、守衛室入口の扉の鍵穴に鍵をさした。鍵は合っているはずだが、乱暴にすればさすがに折れる。慎重に回すと、開錠される音が聞こえた。
「開いた?」
「開いた」
「さすがエルマーくんですわ、なんだか泥棒してるみたいでワクワクしますわね」
エミリはパチパチと胸の前で手を叩き、興奮を抑えたせいか、語尾が弾んだ。
「エミリってこういうの好きなの?」
「お嬢様だからな、悪さするとドキドキするんだろ。すっげえわかるけど」
古く錆びた扉が軋む音も、辺りに人が居ないことがわかっていても気になる。
エルマーが慎重に扉を開けて守衛室へ忍び込むと、テムとエミリが忍び足で後に続いた。
ココロは肩越しに振り返り、風に撫でられた草の音に包まれ、唸るような突風に瞼をぎゅっと閉じた。追い風のよう吹いた風はどこか不気味で、明りの少ない居住区の影が、城の様なシルエットをぼんやりと浮かび上がらせていた。
「ちょっとココロさん何してるんです、早く来なさい」
声を抑えたエミリに引っ張り込まれると、ココロは扉を固く閉じた。




