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マリオと鉢合わせるのを避ける為に少し早めに出発し、時間を潰してから北門へ向う。
とはいえ、あまり人目に触れるのもまずい。ココロはレニーベーカリーに寄って、チケットとサンドウィッチを交換した。町は静かだった。人の往来はあるが、外出の制限がかかった為か、いつもより少ない。家の庭先の花壇に水遣りをしていたり、店へ食事をしに行く家族の姿は多かった。居住区の裏路地を進めば、家からは笑い声や、時には悪戯をして怒られた子供の泣く声、叱る母親の声、赤ん坊がぐずって鳴きだす声が微かに聞こえた。この辺りで時間を潰す手もあるが、裏路地は子供が追いかけっこやかくれんぼに使ったり、隠れて煙草を喫う大人がたむろっていたりするので、時間を潰す場所としては適していない。
「ちょっとリガーさんとこ寄ってくかな」
ココロは舵を切り、リガーのカメラ屋へ向った。
客も少なく閑散とした通りにあるので、あまり人目も気にならない。
ココロは店の前にモペッドを駐めると、辺りを見回してから店の扉を開けた。
カラン、と乾いたベルが鳴って来客を知らせたが、リガーの姿はなかった。
バックヤードか二階かな、と視線を移した。ただ、今日は用があって来たわけではないので、そのままリガーを呼ばずにギャラリーへ向った。静かな空間で、ココロは飾られた写真をゆっくりと眺め、両親の写った写真の前で立ち尽くした。
結婚式の時の二人の写真を見つめていると、その顔に、無性に手を伸ばしたくなる。
ココロは掌を見つめると、その手を静かに写真へと伸ばした。指先が触れるか触れないか、という時に、カメラのシャッターを切る音と、モーターの音が聞こえた。
「ちょっと、リガーさん。撮るなら言ってよ」
ココロは振り向き、カメラを下ろしたリガーに非難するような目を向けた。
「シャッターチャンスってのはその瞬間が大事でな、撮っていいかなんて断ってたらいい画は残せない。だろ?」
リガーは悪びれなく言うと、使い古したカメラを掲げて笑った。
「エミリみたくモデル料取るよ?」
「現像した写真で返すよ。それより、ずいぶん荷物が多いな、仕事か?」
「うん。これも見かけほど重くないよ」
「カメラも持ってないじゃないか、珍しい」
「壊すとイヤだから置いてきた。ちょっと早かったから、仕事の前にちょっと寄ってこうと思って、思いつきで」
「思いつきってのは本能だぞ、ココロ」
「本能ね」
「こっちで働く気になったか?」
「まだ。でも、仕事終わったら一区切りつきそうだから、そしたら考えようと思ってる」
ココロが両親の写真に目をやって言うと、リガーは静かに顎を引いた。
「なら、早く仕事を片づけて来いよ」
「うん。そしたらリガーさんにお願いあるんだけど」
「お願い?」
「実はこっそり撮ってた写真が沢山あってさ、それを写真集にしてくれないかなって思って」
「納得のいく写真が撮れたのか?」
「納得も何も、思い出だからさ」
ココロの何かを悟ったような空気にリガーはふっと笑んだ。
「それなら、改まって頼むようなことじゃない」
「改まってお願いするようなことなんだな、これが」
訳有りの写真。
そんなもの普通はないが、リガーはココロの言葉から、その訳を感じた。
「ココロの世界丸見え写真集、その一か」
「伝説の一冊になるかもしれんのよ、これが」
ココロがふざけて大げさに言うと、リガーも楽しみだと、小さく笑った。
「何か飲んでくか?」
「また今度ね。ちゃっちゃと仕事、片づけてくるわ」
ココロはそう言って、軽くリガーの肩を叩き、写真屋を後にした。




