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ココロぞんび  作者: キタビ
第十一話 冷たい雨
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 ココロがマリオとの車輌整備を終えたのは夜も更け、日付が変わる直前だった。

 サニーの二輪車、ジャガーノートの不調の原因が致命的な故障ではなく消耗品の寿命であることが判明し、規格が合うパーツと交換することで一応の解決を見た。重たいカウルを一箇所ずつ装着し、元の状態まで戻した頃には腕はパンパンになった。これ以上の不調が出た場合は、恐らくこのコロニーで解決は出来ない。何にせよ、メカニック爺と孫娘による共同作業は無事に終了し、工場のシャッターと事務所の鍵、戸締りも完了した。

 その帰り道で、マリオが通勤用に使っているモペッドを出した。

 子供用なんじゃないかと思うほど車輪もフレームも小さく、マリオが跨るとまるでサーカスの熊のように見えた。


「よし、久しぶりに家まで競争するか」

「エンジンかけたら近所迷惑だから、漕いでレースね」

「わし不利じゃん」

「じゃあお先にどうぞ」


 ココロが促すと、マリオは両手にツバを吐きつけ、やってやろうじゃねえかとペダルを漕いだ。

 ワシャワシャと忙しなくペダルを漕いでいるが、見た目ほど速度は出ず距離も進まない。ココロは胸の中で十数えた。「三、二、一」とカウントして、ペダルを漕いだ。

 居住区には人影や気配もなく、ココロは世界に自分とお爺ちゃんだけが居るような不思議な感覚に胸を高鳴らせ、マリオも年甲斐なく夜の町を孫と自転車で帰るのを楽しんでいた。


 世界に二人だけ――。


 それを感じた時、ココロはこの町で、今が最も自由な気がした。

 自分も祖父も、親族が感染者になった者として、このコロニーでは珍しい身の上だ。

 今となってはその事情を知る人はそう多くないし、誰もそのことを口にはしないが、町の人たちとすれ違う度に、無意識に自分達の存在そのものに違和感を覚えていたのかもしれない。

 この平和な町で、身内に感染者をもつ不幸を知る自分達は、きっと歪で不自然なのだ。

 だからきっと、人ではない機械の鼓動に包まれる工場や、居住区から離れた家に帰った時は、何よりも心が安らぐのだ。


「ほらほら、抜いちゃうよー!」

「っふん!」


 ココロが後ろから蛇行して煽ると、マリオは居住区を抜けた先でエンジンを始動し、アクセルをいっぱいに開けた。


「あ、ずるい!」ココロもエンジンを始動した。


 パタパタ、タッタンタン、と賑やかな音が曇天の空に響いた。

 家に続く坂道を駆け上がるとき、ココロは体力にモノを言わせてマリオを追い抜き、天高く両腕を伸ばして勝利を叫んだ。息を切らしたマリオが悔しそうに、「くそ、もうちょっとだったのに」と太ももを叩いた。


「あたしに挑戦するの百年遅かったね」

「次は負けんさ」

「何度でもどうぞ」

「レース用のモペッド作って再戦を申し込む。ランセットの所にいい車体があるみたいだしな」

「それずるくない!? あれって二輪車じゃん!」

「ココロも造ればいいだろ」

「……だとしてもずるいわ」


 言いながら、ココロはマリオとモペッドをガレージへ移動させた。


「またやろうな」マリオが歯を見せて笑った。

「負けるとわかっててやるほどバカじゃない」

「お、やる前から白旗か?」

「お爺ちゃんより早いバイク作ってやるもんね」

「そら楽しみだ」


 マリオとココロは家に帰った。


「お爺ちゃんシャワーくらい浴びたら?」

「わしは明日朝シャンするからいいよ。今日は色々あってくたくただ。ココロもはやく寝ろよ」

「ん、おやすみ」


 マリオはシャワーも浴びずに二階へ行き、部屋のベッドへダイブした。


「えんがちょだねえ」


 ココロはシャワーを浴びて汗を流し、清潔な服に着替えてからベッドに入った。

 ブランケットの中に潜り込んできたミートを、抱き枕代わりにして眠った。

 充実した一日だったから、悪い夢を見ることもなく、よく眠ることが出来た。


 翌日、ココロは昼頃に目を覚ました。抱き枕にしていたミートの姿はない。

 エルマー達との約束は、夕方の五時、北門で待ち合わせだ。

 昨日、整備工場へ向う前、エルマーが守衛のシフトを報せに来た。予想どおり、今日の夕刻から一箇所を除いて、守衛が持ち場を離れる。外出制限は既に掛かっていて、守衛が外れるまではコロニーを抜け出せない。聞いた話では、昨晩の段階で既に制限はかかっていたそうだ。

 ココロは洗面所で顔を洗い、歯を磨いた。

 既にマリオの姿はなかった。おそらく、アンティコパに車輌を引き渡しに行ったのだ。それが片付いたら早めに戻ってくるだろう。

 ココロはツナギに着替え、いつものように出発の準備を整えた。

 なるべく身軽な方がいいだろうから、軽い食料と飲料、懐中電灯をリュックに詰めた。使えるかは別として、武器になりそうな物を用意した。スパナやレンチ、ドライバー、それらを纏めて腰に吊っておく為のポーチをベルトに通した。

 カメラは持っていくつもりだったが、天気が悪くなりそうで、また壊れても困ると思い、部屋の机の上に置いた。


「別に、写真に残さなくてもいい日があってもいいよね」


 そうひとりごちると、「ココロちゃん。ちょっといいかね?」と外で声がした。


「どうぞ」


 応えると、リチャードが扉を静かに開けた。


「昨日は遅かったみたいだね」

「昨日、お爺ちゃんに付き合って車輌の修理をしてたんです。それより晩御飯、用意しなくてごめんなさい」

「いやいいんだ。ミート、と言ったかなあの鳥ちゃん、あの子と二人で餌を食ったよ」

「鳥の餌を!? あんなパサパサなものをご飯に!?」

「彼が分けてくれたので、ご馳走になった。なかなか食えるよ」


 そう言ったリチャードの髭を見れば、落ちきっていない鳥の餌のカスがついていた。

 自分も食べたことがあるので人のことは言えないが、あれは食えたもんじゃない。


「冒険者ですね、いろんな意味で」

「……そういうココロちゃんも、行くんだろう?」


 それが重たい決断であることを思わせるような声音に、ココロは手を止めて振り返った。

 リチャードは杖でコンと床を打ち、真剣な表情でこちらを見つめていた。

 なんだか、旅立ちを見送る親のような、家族のような目だな、と思った。


「行きます」

「壁を越えて、夜の冒険か」

「そういう言い方だと、ちょっとワクワクしてきますね」

「冒険は好きかね?」

「冒険小説は好きですよ。字と言葉を覚える為に、よく読みましたから」


 ココロが荷物を詰めたウサギのリュックを背負って立つと、リチャードは目を細めた。


「人は自分に足りないものを求めて旅に出る。或いは、失ったものを取り戻すために」

「なんです、それ」

「小説の一節だよ」


 引用か、とココロは自分もうまい返しをしようと考えたが、ぱっと思い浮かぶ一節はなかった。


「リチャードさんは、何を求めて冒険を続けるんです?」


 そう訊くと、リチャードは杖で右足をコンと叩いて自嘲気味に笑んだ。


「……この足ときたら、思っていたよりも治りが遅くてね。冒険の引き際を告げられているようで、今では若さが羨ましいよ」

「リチャードさん、ここで暮らしたらどうですか?」


 そう提案すると、リチャードは目を丸くした。


「私が? このコロニーにかね?」

「もう歳なんだし、そろそろ落ち着く場所、見つけたほうがいいですよ。どうしても旅を続けたいなら止めませんけど、ここを拠点にっていう手もあるじゃないですか」

「これは驚いた。まさか、そんなお誘いを受けるとは思わなかったよ」

「いいアイデアでしょ?」


 ココロは本気でいいアイデアだと思った。

 リチャードの足もそうだが、引き際を本人が自覚している以上、その歳でこれ以上旅を続けるのは、やはり難しく思う。なら、いっそここに根を下ろすという選択肢もある。きっと彼は、故郷を失って、その時に大切なものを沢山失ってしまった。それを埋めたくて、今までずっと旅を続けてきた。ココロにはその気持ちが、少しわかる。

 自分には帰るべき家はあるが、その家は満たされていない。

 帰る場所がないことが彼を旅へ駆り立てるなら、帰る場所を作れば、旅にも終わりが見える。

 ココロにはそう思えた。

 いい人だから、最後は沢山の人に囲まれて、余生を静かに送ってほしかった。


「どうです?」


 訊くと、リチャードは床に落とした視線を持ち上げて、心底安らいだ表情で尋ねてきた。


「……私が旅から帰ったとき、おかえりって言ってくれるかね?」

「もっと贅沢にいきましょうよ」

「贅沢に?」

「あたしだけじゃなくて、このコロニーの皆が迎えてくれますよ」


 ココロが両腕を広げると、リチャードは嬉しそうに歯を見せて笑い、そして静かに言った。


「無事に帰ってきておくれ。私にも、おかえりと言わせてほしいからね」

「じゃあ、考えといてください。そしたら友達も紹介します。皆きっと、リチャードさんの話を聞きたいと思うから。その後は管理人さんの所に挨拶に行って、そうだ、あたしの行きつけのカメラ屋さんとか、廃品屋さんにも、皆に会いに行きましょう」

「そうだね」


 ココロはリチャードに笑いかけると、ミートの餌だけお願いして家を出た。


「じゃ、行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい」

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