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ココロぞんび  作者: キタビ
第十話 見えない景色の向こう側
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 工場内にバイクが移動されると、その排気音でシャッターも薄い天井もバリバリと震え、あちこちに置かれた工具やエンジンを吊り上げるチェーンもカタカタと音を立てた。ありえないが、工場も古いので壊れるんじゃないかと心配になった。サニーがバイクのエンジンを止めると、一気にしんと静まり返った。


「ったく、喧しいバイクだな」


 トラックから降りたジャックが耳をほじり、煙草を咥えてライターを構えた。


「爺さん、ここは禁煙か?」

「その辺に灰皿代わりにしてるペール缶あるだろ」


 ジャックは灰皿の浮いたペール缶を見つけると、傍にあった椅子を動かし、腰を降ろした。

 マリオは先にトラックから手をつけてしまおうと新しいオイルと廃油受け、バインダー、ペンを用意して手袋を嵌めた。一番馴染みがあるし、勝手もわかっている。乗り手も自分でメンテナンスをしているようなので、実際に不具合という不具合もない。


「俺のから始めるのか」ジャックが訊いた。

「ああ、あんたのヤツの方が状態いいからな。汚れちゃいるが、時間はかからんだろう」

「どれくらいかかる?」

「仕事に使うか?」

「ああ、明日の夜までに仕上げてくれりゃいいんだが、俺達の仕事、言ったっけか」

「アンティコパだろう。聞いてるよ」


 マリオがリストにペンを走らせて言うと、ジャックは煙草の煙を吐き出し、軽く眉を掻いた。

 その仕草に、好意的ではないことを感じ取られたか、とマリオは横目に笑顔を投げた。


「ま、二三時間ってところだな」

「あの、私のは?」


 サニーが訊くと、マリオはバイクを一瞥し、難しい表情で喉を鳴らした。


「そっちはまずそのぶ厚いカウルを外さなけりゃいかん。あんたみたいに風邪引いちゃいそうな格好なら楽だったんだがな」


 言うと、サニーはおへそを隠し、ジャックは喉を鳴らして笑った。


「それって、脱がすの大変ってことですか?」

「脱がすのはいいが問題はその後だ、機嫌を損ねてる原因もわからないとなると、アタリをつけながら一箇所ずつ潰していくしかない。普段のメンテが行き届いてないなら、それだけやってみて問題が解消するってこともある。夫婦喧嘩の解決方法と似てるだろ」

「ええ、いえ、つまり」

「こればっかりは見てみないとなんとも言えないが、急ぎはする。ただ、ここでどうしようもなければ、まあ止まらないように祈って乗るしかないだろう。しかしま、あんたみたいなべっぴんさんがこんなごついバイク転がしてるなんて、嬉しくなるよ」

「私の先生からの贈り物でして」

「先生? だとしたら相当マッチョだろ、男か?」

「女性ですよ」


 それは驚いたな、とマリオは目を丸くした。

 目の前にこれを転がしてる女性がいるのに、前オーナーがどんな女性か、まったく想像できなかった。そもそも、このデカブツを軽々と転がせるサニーは、随分とほっそりしている。バイクは力で操る乗り物じゃないとはいえ、どこにそんなパワーがあるのか、不思議だった。


「……あー、この相棒は名前とかあるのかい」

「TCVシックス、ジャガーノート、三千二百ですね」


 V型六気筒エンジンの三千二百ccと、これもまたかなり特殊な規格の乗り物だ。


「TCってのは?」

「タクティカルチャリオットです」

「チャリオットっていうと戦車か、なるほど、ごついわけだ」


 戦うことが前提として作られたとわかると、途端にその異質さにも納得がいった。

 この分厚く剛性の高そうなボディなら、感染者を引いてもビクともしない。


「元はこれにサイドカーが付いていたんですけど、今は私しか使わないので外しました」

「うちの孫もモペッドって小さいバイク乗ってるんだが、これを見たらなんて言うかな」


 乗りたいと、これに乗って遠くへ行きたいと言うだろうか、とマリオは目を眇めた。


「ココロちゃんもメカニックなんですよね。クリアさんに聞きました」

「ああ、女の子ってのは普通こういうのあまり好きじゃないだろ、オイル臭くなるしな。けどあの子は違う。つくづく血の繋がりを感じられて嬉しくなるよ。わかってくれるような気がしてな。わしにとっては、絆みたいなもんだ」


 そう伝えると、サニーは素敵ですねと微笑んだ。

 マリオはそうだろと笑み、トラックの整備に取り掛かった。

 脚立を持ってきて、高い位置にあるボンネットを開き、オイル類の位置を確認し、交換作業を始めた。エンジンオイルやクーラントオイル、ミッションオイルを交換し、タイヤを外して、ブレーキパッドの交換と一緒にブレーキフルードの交換に取り掛かった。


「手際いいですねえ」サニーが驚嘆した。

「わしはコロニー一の整備士だからな。まあ自慢じゃないが、若いもんにはまだ負けんよ、ふふ」


 マリオは機嫌を良くしつつ、彼等との心の距離はしっかりと保とうと意識した。

 しかし、そうしている時ほど距離を詰められるものなのか、煙草の吸殻をペール缶に投げ込んだジャックが声をかけてきた。


「なあ爺さん、孫娘はたしか、ココロって言ったな」

「なんだ。今日はモテモテだな、ココロは」

「映画を撮る趣味があるって聞いた」

「誰かと間違えてるんじゃないか? ココロの趣味はカメラで、映画なんて聞いた事ないぞ」


 そう言うと、ジャックは懐に入れていた写真を差し出してきた。

 マリオは作業の手を止めて、右手の手袋を外し、写真を受け取った。


「昨日、森に入ったお宅の孫娘が、映画の撮影中お友達とこんなものを見つけたそうなんだが、なにか聞いてないか? 家族なら、相談されただろ」


 マリオは写真を確認したが、何のことだかさっぱりわからなかった。

 不穏な写真であるのは見てわかるが、ココロが撮ったと言われてもピンと来ないし、あまり直視したくないものだった。

 マリオは目を眇め、写真を返した。


「……いや、知らないな。それに昨日は、あの子も仕事をしていたよ。何かの間違いだろ」


 そう言うと、ジャックはそれ以上追及せずに写真をしまった。


「間違いついでにもう一つ、リチャード・ロウって爺さんを世話してるって聞いた。こっちは本当だろ」

「ああ、たしかに彼なら家で面倒見てるよ。それがどうした」

「どんなヤツだ」


 威圧的で、まるで尋問されているようで、マリオは気分が悪くなった。

 マリオは乱暴に工具を置くと、手袋を外してツールキャビネットに置いたボトルの水を飲んで口を拭った。


「どんなヤツって。一緒に酒を飲んで、歌って踊った仲だ。彼がなんだ」


 マリオも語気を強めた。舐めんなよ。仕事の一環だとしても、理由も聞かされずにあれこれ詮索されるのは気分のいいものじゃない。ジャックもその空気を感じてそれ以上は詮索せず、「悪かった。仕事のことで、少し神経質になっててな」と態度を改めた。


「ホントですよ。ジャックさんちょっと失礼すぎませんか」

「お前に言われたかねえよ」

「すみませんマリオさん、アンティコパが皆、こんなだと思わないでくださいね」


 サニーが平謝りすると、マリオも大人なので、気にしなくていいと手を振って作業に戻った。


「しかしあんたら、わしの知ってるアンティコパとは随分違うな」

「マリオさん、私達以外のアンティコパをご存知で?」

「ああ、もう十年以上前の話だがな」

「興味ある話しだな」ジャックは顎を上げた。

「ジャックさん」

「無礼ついでだ」

「えー、そんなついで聞いたことないですよ」

「で、どんなヤツだったんだ?」


 ジャックが訊くと、マリオは溜息を飲み込み、作業を進めながら口を開いた。


「少なくとも、見た目も態度も普通だ。あんたら見た後だと、ちょっと頼りないくらいにな」

「知ってる人かもしれませんね、お名前は?」

「たしか、ガドと言ったかな」


 今の今まで忘れたような口ぶりで言ったが、マリオはその名前を忘れたことはなかった。


「ジャックさん知ってます? ちなみに私は知りませんでした」

「そいつならとっくに死んでる」

「え、死んで、え」


 まさか死亡報告がされるとは思わず、軽いノリで聞いていたサニーは言葉を失くした。

 珍しい話じゃない。そもそも、アンティコパが互いのことをあまり知らないのは、その人員の少なさのせいで滅多に顔を合わさない上に、感染者になったり、亡くなったりしているからだ。

 アンティコパの全員が短命というわけではないが、この世界では最も危うい職種で、そういうことは間々ある。

 ジャックは煙草に火を点けて、ゆっくりと煙を喫い込んだ。


「別に驚くような話じゃないだろ。俺達は一つの仕事を請ける度に分岐点に立つ、人としてくたばるか、感染者になって彷徨うか、仕事を終えて支部へ戻るかだ」

「そりゃ、そうかもしれませんけど、えー。もしかしてジャックさん、なんで亡くなったのか知ってるんですか?」

「とあるコロニーの住民に死化デッドアウトしたコロニーの生き残りがいて、その人物の心のケアの為に、死化デッドアウトした故郷への旅に同行して、その先でくたばった。護衛対象だった夫婦も発見されず、感染者になったと処理された」

「詳しい、ですね」

「定期的にどこで誰が逝ったか頭に入れて、仕事で近くを通るようなことがあれば警戒するようにしてんだよ。明日は我が身だろ」


 ぶっきらぼうに言ったジャックの言い分は最もだが、サニーは顔が引きつった。


「でもその話……とあるコロニーってここ、ですよね」


 ジャックが濁した情報をサニーが口にすると、マリオは静かに溜息を吐き、外したタイヤに腰掛け、二人に体を向けた。


「この際だからはっきり言っておくが、その死化デッドアウトしたコロニーの生き残りは、わしの息子の妻だ。わしの義娘でもある」


 そう言うと、ジャックは知っていた風な顔を持ち上げ、サニーは表情を強張らせた。


「じゃあ、マリオさんの息子さんや義娘さんって」

「行方不明だよ。感染者になったという報せを最後にな。ココロは幼かったから、二人がなぜ旅に出たのかまでは知らない。わしもまだ、ちゃんと話していない。だからもし、あの子に会っても、変なことを吹き込まないで欲しい」

「吹き込むもなにも、俺達は部外者で、あんたは孫にそのこと話してないんだろ?」

「あんたら、アンティコパだろう。あの子は外の世界に興味があるんだ。外から来た人間、感染者にゆかりある者ならなおのこと。今でこそ、世界を旅して、カメラにその景色を収めたいなんて言ってはいるが、腹の底じゃ、この世界を彷徨ってるかもしれない両親に会いたいと望んどるに決まっとる。あんたらの素性を知ったら、何を言い出すかわからん」

「十五って言ったらもう聞き分けられる歳だろ。また随分引っ張ったな」

「両親が感染者になったことくらい、あの子だってとっくに気づいてるさ。ただな、タイミングが掴み辛いんだ、あの子の場合は特に」

「デ、デリケートなお話、ですものね」


 サニーがフォローすると、マリオは頷いた。


「ああ、あっという間に大きくなっちまって……ともかく、頼むよ」


 万が一、ココロが二人の素性を知り、興味を持ち、自分の目の届かない所で見えない歯車が動き出してしまったら、マリオはそれを止める言葉を持たない。まだ両親が旅立った理由すら伝えていない。そんな状態で、段階をすっ飛ばしてコトが動き出すことだけは阻止したかった。だから、会って間もない二人に頼んだ。


「それはお約束します。ね、ジャックさんも、ね!」

「壁を感じるわけだな。無能な先輩のせいで、家族を失ってるんだ、無理もねえ」


 ぶっきらぼうなジャックの言葉に、マリオは小さく笑んだ。

 いかにも恨みやすい、殴りつけやすい懐を開けられた気分だった。


「あの……長居するつもりはありませんので」サニーが言った。

「いや、わしの方こそ初対面の相手に無礼を働いた。あんた達が悪いなんて、これっぽちも思っちゃいないんだが、許してくれ」

「いえいえそんな、私たちを知っている人なら、思い出したくないことを思い出してしまう方がむしろ多いというか、配慮が足りませんでした」


 サニーが言うと、マリオは「いいや」と小さく首を振り、作業を再開した。

 そして、ずっと疑問だったことを投げかけた。


「ところで、あんたらみたいな若いのが、なぜアンティコパに? 誰でもなれるのかい?」


 そう訊くと、サニーはちらっとジャックを見た。

 ジャックは答える気はないようで、紫煙をくゆらせた。

 サニーは仕方なく、言葉を選ぶように考えながら口を開いた。


「ご存知ないとは思いますが、アンティコパは誰でもなれるというわけではないんです」

「そうなのか」

「はい。アンティコパになれるのは、身内に、感染者になった者が居るか、故郷が死化デッドアウトした者だけです」


 つまり、義娘のステラにも、そして自分にも、ココロにもその資格がある、ということだ。

 それを知って、ますますマリオは二人にココロを会わせたくなくなった。

 自分はともかく、ココロがそのことを知ったら、アンティコパになりたいと言いかねない。


「じゃあ、君達も」

「アンティコパはみんなそうです。ただ、安心してください。アンティコパになる為には、身の上の条件もそうですが、そもそも推薦がなければなれません。ココロちゃんはアンティコパになる条件は満たしていますが、アンティコパの推薦者が現れなければ、まずなれません」

「サニーさんの言っていた先生、というのがそうかい?」

「そうです。なんであれば、お約束します。私もジャックさんも、仮にココロちゃんがアンティコパになりたいと言い出しても、推薦者にはなりません。ね!」


 サニーに腕を引かれると、ジャックはその手を払い、煙草を落とした。


「俺はできない約束はしない」

「ちょっとジャックさん!」


 ジャックは煙草を拾い上げ、吸い口に息を吹きかけた。


「他人の決める道に俺達が口を出すのは違うだろ。そもそも俺達も、推薦者が同じ境遇だったから理解を得られた。周りの反対なんてあって当たり前、推薦者にだって最初は突っぱねられる。それでも食い下がって、ここにいる。俺が爺さんの孫娘に説得されて、うっかりほろっときちまって、頷いちゃう可能性も否定できない」

「こういう時は嘘でも「はい」って言うもんでしょうが!」

「悪いな、俺は優しい嘘ってのは苦手なんだよ」


 サニーは文句を言いたげに両手を振り上げてワナワナとして、ジャックは吸殻をペール缶に放り込んだ。

 マリオは、サニーの言葉にも、ジャックの言葉にも納得が出来た。

 ただ、こうして若いアンティコパを目の前にすると、マリオは複雑だった。


「わしが言うのもなんだが、他に道はなかったのかい? あんた達くらい若ければ、嫁さんなり旦那さんなりもらうことだってできただろうに」

「まあ、割と美人な自覚はあります。ね!」


 サニーは腰に手を当て、ジャックを見た。


「ま、そういう道もあっただろうな」ジャックも同意した。

「なら、普通に生きて、幸せになることもじゅうぶんできたんじゃないか? なんでまたアンティコパなんだ? もしかして、復讐か?」


 それ以外に、マリオには理由が思いつかなかった。

 若い身空で、仮に帰るべき故郷がなくなったとしても、やり直しはできたはずだ。

 そう考える機会も、一度や二度じゃなかったはずだ。

 それでも、死と隣り合わせの道を選ぶのは復讐くらいしか思いつかない。少なくともマリオは、自分がアンティコパになったとしても、誰かの為に立つことはないと思った。


「よく誤解されてしまうのですが、私達は自分達の命を軽んじているわけではありません。実際、私たちを復讐者リベンジャーと呼ぶ人もいます。それも、ある意味では正しいです。復讐心が微塵もないのかと聞かれれば、みんな何かしらはあるでしょうし」

復讐者リベンジャー

「家族や故郷を彼等ゾンビに奪われ、その恨みを晴らそうとアンティコパになる、というわかりやすい理屈です。同時に、なぜアンティコパになったのか、という質問に対して、もっとも納得される動機です。面倒くさがってそう答える人も居るでしょうね」


 サニーの話にジャックが静かに笑った。

 おそらくジャックがそのタイプだということがわかった。


「なるほど」

「もちろん、そうしてアンティコパになる人も居るでしょう。けれどそれはあくまできっかけに過ぎません。私たちでなければできないことがあります。例えば、コロニーの管理者である『管理人』にのみ与えられる設備、資材や人員を手配する権限がある様に、私たちにも特別な権限、与えられる装備、情報等があります。これは中央と私達組織の間で決められた、あなたたちのような陽の当たる世界で生きる人々を、危険に晒さずに守る為の最善策なんです」

「わしらが陽の当たる世界の住人なら、あんた達は影とでも言うのかい? そういう考え方は、高潔なようだが身勝手な言い分に聞こえて、悪いが好きじゃない。君達もわしらと同じ、陽の当たる世界の住人だろう」

「私個人は、アンティコパは皆を照らす太陽だと考えています。私たちは、沢山の人たちの失われてはならない未来が危険に脅かされている時に呼ばれます。残念ながら、現状のコロニーの管理体制では、その窮地に立たされ、危険が間近に迫った人々に、それを自力で打開する力は与えられていません。その分、私達の役割は大きく、窮地に立たされた人々にとっては希望そのものと言えるでしょう」


 だから、とサニーは力強く言った。


「誰かの未来を守る手助けが出来た時、心の底からアンティコパであったことを誇りに思えるんです。ただ、それだけです」


 立場が違えど、守りたいという想いの強さは同じだと、サニーは言った。

 ただその在り方、関わり方が違うだけだ。

 それでもマリオは、サニーがアンティコパを太陽に例えた時、どこか寂しさを感じた。

 太陽の輝きや、あたたかさなくして人は生きてはいけない。

 太陽が昇ることを疑わないから、どれだけ空が暗い雲に覆われても、明日を信じて生きることが出来る。けれど、当たり前のようにある太陽はいつも世界を照らしてくれているが、手の届かない遠い世界に一人ぼっちだ。

 不意に、ステラとジョンの護衛を請け負ってくれたアンティコパの顔を思い出した。

 サニーやジャックのようには若くはなかったが、ココロと二人で出発を見送った時、「安心してお父さん、俺が二人をしっかり守りますから」と、安心させるように、それこそ太陽のように笑った。あの笑顔に隠された想いに、ようやく触れることが出来た気がして、マリオは不意に目頭が熱くなった。

 彼は、ステラや自分をアンティコパへ誘うことだってできる立場だったが、そんなこと一言も口にしなかった。それを知ってしまったら、自分やステラがアンティコパになろうとする可能性を考えたのだろう。その人生を復讐の為に費やすことのないように。知らずにいれば、元の生活に戻ることが出来るから。そうやって守られて、今の暮らしがある。


「どうでしょう、私のアンティコパ論、わかっていただけましたか?」

「ありがとう、お陰で胸につかえていたものが消えたよ」


 そう言うと、ジャックが腰を起こし、サニーの肩をぽんと叩いた。


「おい、宿を探しに行くぞ」

「宿? 今ですか?」

「爺さん、こいつは明日取りに来るよ」

「ああ、噛み付いて悪かったな」

「それと、荷台に積んであるものにはあんまり触らないでくれ。火傷するからな」

「ああ」

「おら、行くぞガスマスク」


 ジャックは言うと、サニーの腕を引いて強引に連れ去った。

 マリオはそんな二人を見送ると、置いた工具を手に取り、本当に自分はこれしかして来なかったんだなと、改めて思った。少しだけだが、彼等のような大人と、ココロが出会ったら、どんなことを考えて、どんな未来を思い描くのか、それを知りたいとも、思ってしまった。


「しかし映画ってのは、何の話だ」

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