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ココロぞんび  作者: キタビ
第九話 箱庭の主と楽園の守護者
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 クリアがそうであるように、現地入りしたジャックも静かに気を引き締めていた。

 いつものことながら、足を運ぶコロニーはどこも程度の差はあれ穏やかで平和だが、そこに暮らす人々の暮らしを脅かすモノが近くまで迫っていることを思うと、空模様と同じように気持ちも曇った。

 まるで自分達が災厄を運んできているような気さえしてくる。

 昔、アンティコパは『楽園の守護者』と呼ばれていたらしいが、自分がアンティコパになる頃には、そう呼ばれていた時代は過去になっていた。コロニーが次々と死化デッドアウトさせられ、その度ただでさえ少ない同業が減っていくのを知ると、それも仕方ないと思えるが、それ以上に怒りを覚える。

 ジャックは屋敷の玄関先で曇った空を見上げ、気だるげに溜息を吐いた。


「ったく、嫌な感じだ」

「イライラするのはお腹が減っているからですよ」


 のんきに言ったサニーは地図を片手にバイクへ跨ると、「ミートラバーに行きましょう」と提案してエンジンを始動した。

 喧しいな、とジャックは眉を顰めながら、ボンネットからエンジンのヘッド部分が露出したピックアップトラックの運転席に昇り、煙草を咥えてライターで火を点けた。一吸いして、開いたウィンドウから頭を出して「先導しろ」と声を張った。

 応える様にサニーがアクセルを煽り、その場でアクセルターンをかまして門から飛び出した。

 サニーがバイクで作ったタイヤ痕にジャックは「庭を労われ」とひとりごち、エンジンを始動して後を追った。


 まずは飯を食い、それから車輌を整備に出し、休息をとって明日の夜には調査を開始する。

 サニーを追走していたジャックは、サニーの駆るバイクの調子の悪さが見てわかり、気になった。時折咳き込み、ガス欠なんじゃないかと思うほど走りがギクシャクする瞬間がある。


「それにしても目立つな」


 道行く人々の視線を独り占めだ。

 なるべくであれば目立ちたくはないが、これもまた仕方がない。

 サニーのバイクが減速し、通りに面した『ミートラバー』の前で停車した。

 ジャックも後ろにトラックをつけ、エンジンを止めた。

 キーを抜き、車を降りた。辺りから視線を感じる。アンティコパと言うのは、どこへ行っても珍しがられる。たいていは好奇の目、稀に尊敬、場所によっては親の仇でも見るような目を向けられる。この『第0056コロニー』においては、殆どが好奇の眼差しだ。

 主にその視線はサニーに向けられているようだが、あの格好ではイヤでも目立つ。


「やれやれ」


 ジャックは集まる視線を鬱陶しがるように帽子を目深に被り、店の戸を開けた。


「お一人様ですか?」メイド服を着た若い給仕の女性に訊かれた。

「一人」

「二人です」後からやってきたサニーが指を二本立てた。

「……二人だ」ジャックは顎を引いた。


 案内され、隅の席へ座った。向かい側にサニーが座る。

 手渡されたメニューから適当に五つ、ホットドックを頼んだ。


「灰皿」

「そちらにございますよ」給仕の子が手で指した。

「ございましたか」


 ジャックは言いながら帽子をぽんとテーブルに放り、灰皿を寄こせとサニーに催促した。

 サニーが押し出した灰皿を手元に引き寄せ、煙草に火を点けた。


「適当にホットドッグ五つと、ビール」

「かしこまりました」給仕の子が下がった。


 紫煙をくゆらせ、あたりの声に耳を澄ませれば、「誰あれ」とか、「ちょっとワイルドじゃない? 私好みかも」という、気恥ずかしくなる声が聞こえてくる。


「ジャックさんってモテるんですね」


 茶化すように言って、サニーはサングラスを外し、メニューを立てた。

 夕日のような赤い瞳が、忙しなくメニューを追っている。背後から、「ねえ何あのマスクの人、すごい怪しくない?」「でも凄い綺麗っぽくない?」「あの人の彼女?」「えー」と、いかにも若い会話が聞こえ、なんだかジャックは恥ずかしくなった。


「おい、マスクぐらい外せよ。その暑苦しいコートも脱げ」

「初対面で、けっこうグイグイ来ますね。ジャックさんは私のお母さんですか?」

「お母さんに教えてもらわなかったのか? テーブルマナー」


 ジャックは煙草の煙を荒っぽく吐き出しだ。

 すぐに大きなホットドックが五つと揚げた鶏が盛り付けられた大皿と、ビールが運ばれてきた。

 ジャックは煙草の火を消し、無造作にホットドックを手にとって齧りついた。弾けた肉汁がテーブルに跳ねた。熱々で、ほんのり甘味のある肉汁が口の中に広がる。それを喉越しのいい冷えたビールで一気に流し込んだ。


「あー生き返るぜ」


 ようやく落ち着いたと、ジャックは軽くゲップをした。

 向かいの席で、サニーがツバを飲む音が聞こえた。

 見ていると、サニーがホットドックに手を伸ばしてきた。

 ジャックはその手をはたいた。


「なんで意地悪するんですか」サニーは引っ込めた手を擦った。

「行儀が悪い女だ、自分で頼め」

「え、それ私の分も入ってたんじゃないんですか!?」

「何で俺がお前の分まで頼むんだよ」

「ホットドック五つと牛乳ジョッキで!」サニーは抗議する様に手を上げて注文した。

「そういやお前、休暇中だってな。普段はなにしてる」

「普段はまあ、ジャックさんと大差ないと思いますよ?」

「大差ないか。暦は?」

「まあ数年」

「ざっくりしてんな」


 なんだよその答え、とジャックはから揚げにレモンをかけた。


「そういうジャックさんは?」

「さあ、忘れたね」ジャックはから揚げを口に放り込んだ。

「それで、段取りはどうするんです?」

「ここじゃあまり話せないが、事前調査は済ませてある」

「事前調査?」

「ここへ来る前に外周をぐるっと回ってきたんだよ。ま、あの管理人が言うほどのもんじゃないが、たしかに気配は感じた。まあ何にしても夜を待つ」


 給仕がホットドッグと牛乳の注がれたジョッキを運んでくると、サニーはガスマスクを外してコートを脱いだ。ホットドッグを両手に持って、幸せそうな笑顔を浮かべた。


「んー、おいしそう」

「お前所属、北第三っつったか?」

「ええ、まあ」

「ずっとか?」

「そうですね、ジャックさんは?」

「俺は最近そっちへ移った」

「え、じゃあ一緒?」

「古巣で揉めて、殺し合いになる前に移された」

「殺し合いってそれ、相手はアンティコパですか?」

「ま、元々俺達は組織のあり方からして特殊だ。入る数は少ない、出て行く数は多い。生き残る奴らは変人ばっかだ。揉める時はとことん揉める」

「ダメですよ、仲良くしないと」

「だから今こうして、お前と飯食ってんだろう」


 ジャックは懐から一枚の写真を取り出し、テーブルに放った。

 ホットドッグに齧りついていたサニーは、それを見て眉を上げた。


「これがなんだかわかったみたいだな」

「これ……特異体ですか」


 サニーの声色が変わると、ジャックは顎を引いた。


「逆光きつくて馬鹿でかい影にしか見えないだろうが、こっちを見てるのがわかるだろ。これを撮ったのは俺達の大先輩でとっくに死んじまってるが、奇跡的に回収されたフィルムの現像に成功して、そいつを写したもんだ」


 サニーは右手に持ったホットドックを口の中に押し込むと、写真を手に取った。

 たしかに一見したら何の写真かはわからない。

 それは、その写真に写った影が、生き物であると普通は認識できないからだ。

 倒れた状態で下から見上げるように撮影したからか、周りの景色は殆どわからず、ガラクタか何かが積み重なったような影にしか見えないが、見る人間が見れば、大きな腕を生やした巨大な体の人間だとわかる。視線を感じるのは、眼球が写っているからじゃない。写真から伝わってくる気配からだ。


「もしかして」

「そうだ。あの管理人には言わなかったが、俺はレクサーが人間なら、特異体と組んでるか、変異体をうまく利用してアンティコパを殺したんじゃないかと考えてる。一番最悪なパターンは、レクサー自身が特異体である可能性だ。犯人像としてレクサーが一番怪しいってのは、さっきも言った通りシナオリ的にって話で、現実問題、くたばりかけてる爺相手に、俺達が遅れを取るなんてありえねえからな」

「その、奪われた薬品って」

「ELだ」

「爆発的な回復力と膂力を得られる代わりに、ほぼ数時間で完全な感染者になるあれですか」

「俺達にとっちゃ、それを使うって段階は既に尋常じゃない。肌身離さず持ってるはずのそれだけが奪われることなんてまずないしな、感染者になったアンティコパの装備を調べなければわからなかっただろ」

「それが事実だとしたら、相当に根が深い感じですね」

「人が人のコロニーを死化デッドアウトさせるなんて前代未聞だからな」

「表には、出せませんね」


 サニーは写真を置いた。

 ジャックは懐からレクサーの経歴書を取り出し、折り畳まれたそれを広げ、今一度、その暗躍者と思しき男の人相や情報に目を通した。

 今生きていれば八十に手は届くかなりの高齢者だ。

 中央の推理は当たっているとは思うが、そんな歳になってまで果たしたい、満たしたい感情は想像しがたかった。後悔も、悲しみも、苦しみすらも、時間が経てば経つ程に癒えるものだ。いったい何が、その人物を突き動かしているのか想像もできない。


「特異体なら楽なんだがな、人だとすると相当厄介だ。難なくコロニーの中に入り込める上に、感染を広げることに躊躇いがないなら、どんな手でも使える」

死化デッドアウトはついでと考えるのは、そのせいですか」

「まあな。コロニーの住人まるごと人質に使えるんだ。ギリギリまで切り札は使わないだろ」

「どの推理が当たっていても、私達にはかなり不利ですね」

「守らなきゃならないもんがある時点で不利だ。だが今回は運がいい。向こうにとっての想定外がある」

「想定外、ふん」

「お前だ」

「私?」

「向こうもアンティコパの人材不足はご存知だろうしな、こっちが一人だと思ってるはずだ。二人なら、隙を突ける。それに、あの兄ちゃんが持ってきた写真のお陰で、特異体が絡んでる可能性が濃厚になったしな」

「そう簡単、でもないと思いますけど」

「お前も、今までどんな仕事してきたか知らないが、その辺の住人には気を配っておけよ。俺達――アンティコパを呼んだやつは、必ず近くに居るはずだ」

「私達が来ることを見越して、見張っているはず、ですものね」


 そういうことだ。とジャックはホットドックをビールで流し込み、煙草を咥え、観察するような目でホットドックにがっついているサニーを見た。一つ二つはとっくに消え、三つ四つと両手に持ち、食べては飲み、食べては飲みを繰り返す。


「しかしお前、綺麗な肌してんな。そんなんで大丈夫か」


 ジャックが言うと、口の周りにソースをつけたサニーはにこっと笑った。


「いやん、ジャックさんのエッチ。触らせませんよ? 初対面の男性に許すほど安い女じゃないんですからね?」

「馬鹿言え、不安なんだよ。生傷一つないなんて、この仕事してたらありえねえだろ普通」

「お肌のケアは女性のたしなみです」

「ろくな仕事してこなかったな、その様子じゃ」

「女は秘密が多いものですよ」

「……秘密か」


 面白いな、とジャックは笑んだ。


「美味しい。これは、スパイスがきいてるんですかね。お袋の味、隠し味」

「整備工場に行くぞ。ここの払いはお前な」

「ブラックチケット私が使うんですか」

「出し渋るようなもんじゃねえだろ。俺はこいつで煙草やら酒やら買わなくちゃいけないんでな、イヤならガイドマップのチケットでも使え」


 ジャックは言うと、煙草の箱と灰皿をポケットに戻し、帽子を頭に乗せて席を立った。


「ったくもう」サニーはホットドックを口へ捻じ込んだ。

「お姉ちゃん、ごちそうさんだ」


 ジャックは指を鳴らし、席を指した。

 すぐに給仕の女の子がキッチンから出てきて、テーブルへ向った。


「お代は、観光チケットで?」

「ああいえ、ブラックチケットで」


 サニーはガイドマップのチケットではなく、どこのコロニーでも共通して使えるブラックチケットを出した。黒字のチケットには金色の装飾と、『BANGSMANバングズマン』の名が刻まれている。材質からして違う光沢のあるチケットを手にした給仕の子は、物珍しそうにそれを眺め、目をキラキラさせた。


「わあ、これが噂のブラックチケットなんですね」


 支払いとは別に一枚切り、サニーは給仕の子にチケットをプレゼントした。


「よかったら、記念に一枚どうぞ」

「嬉しい。ありがとうございます!」


 純真無垢な給仕の子の明るい笑顔に、サニーも嬉しそうに微笑んだ。

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