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ココロぞんび  作者: キタビ
第九話 箱庭の主と楽園の守護者
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 死化デッドアウトをネタに脅迫メッセージなんて、悪い冗談だ。


「ここを死化デッドアウトさせるって、そんなこといったい誰が、何の為に?」

「知ってたら教えてくれ」

「悪い冗談です。とても信じられません。いったいどんなコロニーで育てばそんな悪いこと考える大人になるんですか」

「そんなの知らねえよ。実行犯にとっちゃ冗談じゃないんだろ。事実、この脅迫メッセージが届いたのは初めてじゃないからな」

「……既に何者かの手によって死化したコロニーがあるということですか?」

「ある。しかも標的にされたコロニーは確実に死化デッドアウトしてる」

「脅迫メッセージが届いたのに、阻止できなかったんですか?」

「それを阻止する為に送られたアンティコパもやられたのさ」


 ジャックは宙に消えていく煙をぼんやり眺めた。


「そんな話、今まで一度も」

「公にされちゃいない話だ。俺もこのコロニーへ向うよう言われた時、初めて聞かされたくらいだからな」

「でも不思議ですね。なぜその脅迫が中央や標的にしたコロニーへ直接ではなく、私達に?」


 サニーが訊くと、クリアもなぜですか、とジャックを見た。

 ジャックは煙を吐くと、親指で顎を触った。


「そんなの決まってる。犯人の目的が、コロニーを死化デッドアウトさせることじゃなく、俺達アンティコパを狙ったものだからだ。犯人にとっちゃ、コロニーはついでなんだろう」

「具体的に、被害にあったコロニーはいったい、どれくらいになるんです」クリアが訊いた。

「ここ十六年で三つ。あんたのところにも、事故の注意喚起として連絡は来ているだろ」


 クリアは記憶を探り、たしかに過去の死化デッドアウトしたコロニーについての事故報告書の記録があったことを思い出した。しかしそれはあくまで事故として処理され、人為的なトラブルがあったなんて記載は一切なかった。


「中央はどうしてそんな重大な事実を隠すんですか」

「混乱しか生まないからだ」

「混乱ってそんな、皆の暮らしがかかっているのに」


 今すぐにでも他のコロニーへ伝えるべきだと考えたのが読まれたのか、鋭い眼光でジャックがそれに釘をさした。


「くれぐれも言っておくが、中央への直談判なら止めておけよ。中央はこの件に関して、『公にせず事件の解決を』と言ってる。考えてもみろ、コロニーで暮らしている善良な住民の中に、コロニーを死化デッドアウトさせようとしている奴が居る、或いは紛れ込んだとして、そいつがどこに居るか、性別も、年齢も、確かなことは一つもわからない。犯人探しと魔女狩りで無用な犠牲と混乱が生じれば、首が絞まるのは管理人のお前達だ。おまけに敵にとって都合がいい状況を作りやすくする。最小限の人数で問題の解決を計る以外、最前策がないんだよ」

「なら、私も聞きたくなかったです」クリアは本心からそう告げた。

「同情はするが、これも管理人の責務だ。人員不足に悩まされてる俺達が唯一協力を仰げるのは、該当するコロニーの管理人だけなんだよ」

「管理人、だけ」

「その立場なら、うまく事実を伏せて住民に協力を呼びかけ、注意喚起も出来る」

「協力は惜しみませんが、私に何が」

「安心しろ、今回は俺とあんたと、こいつもいる」


 ジャックはサニーを顎で指した。


「あの、私そんな話、聞いたことないんですけど」


 サニーが眉間に皺を寄せると、ジャックは首を傾けた。


「この件は組織の支部長連中と中央の一部、それと事件解決に向わされるアンティコパにのみ情報が共有されてる。言ったろ、俺もついこの間知ったんだよ」

「あの、さっきここ十六年で三つと仰いましたけど、それは脅迫が届いて被害にあった数ですよね。私の記憶では、それ以上遡れば死化デッドアウトしたコロニーの数はもっと多いんですが」

「詳細な事故報告がされていない件に関しては全部この件が絡んでると考えていいだろうな。なにせ、この犯人像が最近になってようやく浮かんできて、その人物が犯人だと仮定すると、三十年近く前から被害が出てるって話になるからな」

「三十年も、前から」

「大小含めて、被害にあったコロニーの数は十を下らない」

「その犯人像って」


 クリアが怪訝な面持ちで訊くと、ジャックは煙草を灰皿に押し付けて火を消し、折り畳まれた紙を懐から取り出して、クリアのデスクに放った。

 クリアは四つ折にされた紙を開き、目を通した。

 どうやら、犯人に関する情報のようだ。


「元中央研究員、レクサー・セルン博士。一応顔写真はついてるが、それは中央に居た当時のもので、今生きてるとすりゃ足腰立たないジジイだろうよ」


 経歴書にある顔写真は、眼鏡をかけた賢そうな顔立ちの男性だった。


「この方が犯人だという根拠は?」

「元々、その男はとある工業コロニーの出身で、管理人の推薦で二十歳はたちの時に中央の試験を受けて、研究員になった。たいした秀才だ。専門は治療薬開発。抗ウィルス薬や抗生物質、コロニーへ配給される医療薬品アンプル類の開発に携わり、三十の頃には中央のガキ共や研究員、管理人候補者にも教鞭を振るった」

「立派な方じゃないですか」

「まったくだ。研究員を辞める前には、既に中央でも研究がストップしている感染者の体から検出される『FP細胞』に効く特効薬の開発をしたいと志願したほどだからな。だが当時すでに『FP細胞』に関する研究室はあっても、具体的な活動はなかった。そんな折、こいつの暮らしていたコロニーが死化デッドアウトした。レクサーはその事件後、特効薬の研究をするべきだと直談判した。ところが、中央はこれを拒否、その後暫くは大人しくしていたそうだが、このあたりから妙な動きをし始める」


「妙な動き?」

「アンティコパを護衛につけて、死化デッドアウトしたコロニーの実地調査を何度となく繰り返したんだ。中央は、それでレクサーの気が済むならと放任した。博士とうちの組織の人間が親しくなり始めた頃、事件は起きた。レクサーが旅先で行方不明になり、同伴していたアンティコパとの連絡も途絶えた。捜索隊が発見したのは、感染者となったアンティコパ一人。当時レクサーも四十過ぎ、体力的に見ても、感染者になったと誰もが思っていた」


「でも、違った」

「やつは立場上、バングズマンの支部や各コロニーの詳細な位置や住民の数、セキュリティの状態を把握することができる人物で、支部のコンピューターへメッセージを送るアドレスも知ってる」

「支部のアドレスって、ずっと変わってないんですか?」サニーが訊いた。

「変える必要は無いし、変えたらメッセージが届かなくなっちまうだろ」

「計画的に、動いていたということですか」

「それはわからねえよ、なにせ行方不明になって暫くは脅迫メッセージなんて届かなかったし、最初のメッセージが届いた当時も、中央はレクサーの存在なんて疑っちゃいなかった。現役の研究員やバングズマンの人間が真っ先に疑われた」


「じゃあ、この方が犯人だといきついた決定的な理由はなんなんですか?」

「レクサーには、自分の声を無視した中央に対する恨みも、死化デッドアウトしたコロニーの感染者を処理した俺達アンティコパへの恨みもある。そして、標的になったコロニーへ向かったアンティコパの持ち物から、俺達しか持ち得ない薬品が全て奪われていた。その薬品の存在は、今の中央にいる研究員のなかでも一部の人間しか知らない。おまけに、やつはアンティコパと長期間行動を共にしたことで、俺達の動きをよく知ってる」

「だとしても、彼が犯人だという確証はないんですね?」

「一番可能性がありそうなシナリオがそれだったってだけだ。たしかなことなんてひとつもない。こいつが行方不明になった当時なんざ、俺だってまだ生まれてなかったからな、とんだ仕事を振られたもんだぜ。先人が勝手に残した遺恨の尻拭いをさせられてる気分だ」


 ジャックはコーヒーで喉を潤すと、煙草を咥えて火を点けた。

 クリアはコーヒーに手をつけず、レクサーの情報が記された紙を丁寧に折り畳んだ。


「お話はわかりました。ただ、さっきジャックさん犯人はわからないと言っていましたよね」

「言ったな」

「そのレクサーさんのとこがそこまでわかっているのなら、情報を流して探した方が速いのではないですか?」

「言ったろ。レクサーが犯人ってのは一番ありえそうなシナリオだってな。それに、こっちが警戒すれば、それを逆手に取られる可能性もある。何より俺達は数が少ない。疑心暗鬼になったコロニーの住人がオヤジ狩りなんて始めてみろ、目も当てられないだろ」


 それにしたって何かしらやりようはある様に思えたが、クリアには思いつかなかった。


「私達は、具体的になにをすれば」

「簡単だ。外に人を出すな。そして入れるな。徹底するのはこの二つだけでいい。調査は明日の夜から始める。北東側のゲートにだけ、俺達の出入りの為の番を置いといてくれればいい」

「もう門の位置を把握しているんですか?」

「コロニーの地図は支部から送られてたからな。調査が必要な場所もさっきの兄ちゃんのお陰で見当はついた」

「わかりました。早急に、守衛の方達へ連絡しておきます。他にもあれば仰って下さい、助力は惜しみませんので」


 クリアが言うと、ジャックはいい返事だと頷きつつ、レクサーの経歴書を折り畳んで懐にしまった。

 部屋の空気が重くなり、暫くの間沈黙が続いた。

 とんでもない事件に巻き込まれている事を知ったクリアは、コーヒーを啜りながら頭の中を整理し、ジャックは煙草でプカプカとわっかを作った。サニーはマスクを着けたまま、手に持っていたコーヒーカップをデスクに置いて、「ちょっと失礼」とレクサーの顔写真が付いた紙を開いて眺めた。フスー、フスーと、マスクから呼吸音が漏れてくる。


「あ、そうでした」


 クリアは思い出したようにデスクの引き出しを引き、縦に並べられたファイルに指を走らせた。

 手に取ったファイルをデスクで広げ、来客者用に作られた大まかな施設や設備のある位置が示されたガイドマップを取り出した。

 それを、サニーに向けて差し出した。

 サニーはコーヒーカップをデスクに置くと、受け取ったマップを広げた。

 コロニー全体のなかでも、来客者が主に使う施設の位置や情報が記載されていて、マップの右端にはコロニー内で来客者が使えるチケットが十枚ほど添えられていて、切り離して使えるようになっていた。


「おお、食事処のオススメまで載ってる。整備工場、宿の場所も、公園も。チケットも付いているなんて、なんだかワクワクしますね」

「滞在中はそのガイドマップとチケットをご利用ください。そのマップを提示すれば、お店の方々も気を利かせてくださいます」

「整備工場も結構近い、助かるー」

「俺も飯食ったら、トラック見てもらうかな」

「整備工場には私からお二人が顔を出すことを伝えておきますよ。その方がスムーズでしょうし」

「凄い助かります」

「それで思い出しましたが、そういえば最近このコロニーに来客者がありました」

「来客者?」ジャックは露骨に嫌な顔をした。

「高齢の旅の方です」

「おいおい、レクサーじゃねえだろうな」

「いいえ。名前は、たしかリチャード……リチャード・ロウさん、だったかと」

「リチャード・ロウ……歩いてきたのか?」

「私は会っていませんので詳しい事はわかりませんが、途中までは車で来ていたそうです。故障してしまって、それからは歩きと聞いています。足を怪我して、その整備工場の工場長のお孫さん、ココロちゃんが、部屋を貸してあげるという流れになったそうです」

「あの子、ココロちゃんって言うんですか。なんだか胸があたたかくなる名前ですね」


 サニーが言うと、クリアも懐かしくなって微笑んだ。


「ですね。会えたんですか?」

「ここへ着いてすぐ、屋敷の場所を教えてもらったんです。そういえば傍にお爺さんが居ましたね、杖を突いた、ピンク色の可愛いツナギ服を着たお爺さん」

「あら、マリオさん怪我したんですかね」

「……ん? そいつがリチャードじゃねえのか?」ジャックは眉を顰めた。

「あの、言っておきますけど、この写真の方とは全然似てませんでしたよ?」


 サニーが言うと、ジャックは鼻を鳴らした。


「歳が歳だ。似てるとかじゃなくて雰囲気とかよ、目の色とか、髪の色とかあるだろ」

「目は白くて、白髪もお髭もボーボーでした。だいたい写真のレクサーさんは黒髪じゃないですか。白髪になる前の色なんてわかりませんよ」

「マリオさんは、ボーボーだったかしら」


 クリアはサニーが会ったという老人がマリオなのかリチャードなのかわからず首を捻った。


「お前らの話聞いてると、イライラしてくるな」

「あれ? もしあの人がマリオさんだったら、バイク直してもらえない?」

「マリオさんはこのコロニーでも超一流のメカニックですので、サニーさんの力になってくれると思いますよ。私の古い車が現役で走れるのはマリオさんに定期的なメンテナンスをしていただいているからですし、たしかココロちゃんも整備士として働いていると聞いています。それに、メカニックは一人じゃありませんから、安心してください」

「それは心強い」

「私も管理人になって戻ってきてから、一度も顔を会わせていませんでした。一緒に花冠を作っていた頃が懐かしいです。もしまた会うことがありましたら、クリアがよろしくと伝えてください」

「それはもちろん――あーこのミートラバー美味しそう」

「おい、真面目にやれよお前」

「腹ごしらえは大事ですよ、クリアさんもご一緒にどうですか?」

「是非ご一緒したいのですが、私はこれから方々へ連絡をしないといけませんので」

「それじゃあ、仕事が一段落したら」

「はい、私からお誘いします」

「じゃあジャックさん、行きましょう。ご飯ですよご飯!」

「馴れ馴れしくするんじゃねえよ」


 ジャックは言いながら煙草を消して、弾んだ足取りで執務室を後にするサニーの後に続いた。

 扉が閉じると、クリアは深く息を吐いて、眼鏡を外し、天井を仰ぎ見て瞼を閉じた。


「……太陽サニー夕日サンセット、か」


 口にすると、つい黄昏てしまいそうな名だとクリアは思った。

 クリアは背中をぐっと伸ばすと、床に散らばった書類を拾い、デスクに置いた。

 壁掛け電話の受話器を取り、コロニーの守衛事務所へ連絡を入れた。

 アンティコパが入ったので、今日明日中に入出制限をかけるように伝えた。

 以降は、彼等の指示があるまでは門を閉ざす。


「よろしくお願いします」


 クリアは受話器をフックに引っ掛け、腕を組み、眉を掻いた。

 コロニーが人為的に死化デッドアウトされたなんて、頭の痛くなる話だ。

 いつ、いったい、どういった経緯でそうなったのかはわからないが、ここがそうならないように全力を尽くすしかない。

 故意でなくても、事故で死化デッドアウトするコロニーはある。

 だとしても、近年のコロニーの死化の頻度は無視できないレベルに達していたのは、管理人になることが決まっていた時から感じていた。定期的にそういった事故が起きるにしても、一度に出る被害者の数を考えても、人類の損失は大きい。何処のコロニーで起きた事故であれ、それはそのまま他のコロニーの生活へ影響を及ぼす。


 人の損失は、そのまま未来の損失とも言えるのだ。

 中央ゼロで受けていた座学でも、半ば諦めと落胆の入り混じる声で、講師の研究員が口にしていた言葉をよく覚えている。


「コロニーのゾンビ化、死化デッドアウトは農作物を襲う水害や病害に似ていて、手塩にかけて育て上げてきたものがあっという間にダメになってしまうのです。細心の注意を払っていても、一度そうなってしまえば成す術がなく、私たちに出来るのはせいぜい、最善を尽くし、予防に徹するというのが現状です」


 実に無力だと、当時のクリアは感じた。

 その畑の肥料や水に、人が毒を混ぜるようになった。

 毒が混ざれば、取り除く術はない。


「あー、胃がきりきりする」


 ジャックの言葉も相まって不安も募ったが、座学で学んだように自分に出来るのは「最善を尽くし、予防に徹すること」だけだ。

 防げない。気づかなかったでは済まされない。

 そうさせないために自分がいることを、改めて胸に刻んだ。

 クリアは家族の写真を横目に『箱庭の庭師』としての気持ちを引き締めた。

 もう、気が弱いとか、胃が痛いとか言ってる場合じゃない。

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