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「可、可、可、これは要検討、可、可……ロケットランチャーの申請? またリッキーさんですか、こんな物騒なもの不可です、不可」
第0056コロニーの管理人――クリアが判子を押した書類を可、不可、検討に分けたケースへ積み上げていると、不意にドコドコと喧しい音が窓を震わせた。
「凄い音ですね」
椅子を引いて窓際に立ち、音のする方を覗き込んだ。
玄関口の方で姿は見えないが、おそらくアンティコパだ。エンジン音は止まったのに、なぜかまだドコドコとうるさい。クリアは眉を上げ、そっと胸に手を当てた。すると、自分の心臓がバクバクと鳴っていた。
「小さな心臓が破裂しそう」
クリアは引き出しから薬瓶を取り、胃薬の錠剤を口に放り込んで水で流し込んだ。
鏡の前でやっと様になってきたスーツ姿をくるっと回って確認し、手入れ不足の長い髪を手櫛で整えた。襟につけた管理人の証、『箱庭の庭師』の称号を示す金色のバッジがキラリと光った。
よし、とクリアは気を引き締めるようにネクタイを締め、普段使っている丸い眼鏡を外し、出来る女に見えるよう誂えた角の尖ったデザインの眼鏡をかけた。眼鏡屋からは「似合わないからやめた方がいいですよ」と止められたが、チケット五枚を置いて、強引に受け取った。
女には、管理人には負けてはならない時があるのだ。
舐められてはいけない。
とはいえ自分には前管理人のような品や威厳はまだないし、気が弱いことも自覚している。
管理人としても日が浅く、若い。
せめて、せめて形だけでも格好をつけなければと、気を強く持った。
「うん。これならできる女って感じ……薬も飲んだし、大丈夫」
クリアは胸に手を添えて深呼吸し、心臓の鼓動をしっかりと落ち着かせた。しかしその直後、扉をノックする音に驚いて、再び心臓がバクバクと鳴った。慌てて椅子に腰掛け、スーハースーハーと急いで気持ちを落ち着かせた。
喉を鳴らし、デスクに肘を突いて、顔の前で両手を組んだ。
初対面で最も威厳が感じられるポーズとして研究し続けた姿勢だ。
最初が肝心、相手は感染者専門の狩人だ、どんな怖い人がやってくるかわからない。
自分はこのコロニーの顔として、威厳を示さなければならない。
クリアは咳払いすると上ずった声で、「どうぞ」と促した。
扉が開くとクリアは唾を飲み、執務室に入ってきた二人の客人に思わず、うわっ、と声が出そうになった。
死神の来訪とでも言うべきか、二人が部屋へ入ってくると、部屋の空気が一気に冷え、重たくなるのを感じた。まるで黒い霧でも纏っているような、その二人の立つ世界だけが自分達の住む世界と隔絶された場所にあるような、独特のオーラを放っている。
しかし、これはどういうことだろう。
手続きを間違えたか、とクリアは手元にあった依頼書をチラッと見た。
やはり、送られてくるアンティコパは一人とあった。
しかし目の前には二人いる。
二人は流石に、プレッシャーが重い。
せっかく用意した眼鏡にもひびが入りそうだ。
「いま、お茶とお菓子をご用意いたします」
使用人が顔だけを覗かせ、頑張ってくださいと目線だけでエールを送り、扉を閉じた。
ああ待って、もうちょっと一緒に居て、とクリアは胸の中で彼を呼び止めたが、届くはずもなかった。積み上げられた書類がばさっと音を立てて崩れ、床に散乱した。
「おい、書類落ちたぞ」
男に言われたが、クリアはそれどころではなかった。
これは二人も来てくれてラッキーと思うべきなのか、それとも中央が何か深刻な事態を察知して送り込んできたと考えるべきなのか、どっちだ、とキリキリ痛む腹に表情を歪めた。
もらった胃薬、全然効かない。




