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ココロぞんび  作者: キタビ
第八話 追いかけてくる未来を人は予感というそうだ
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「足元ごちゃごちゃしてるから、気をつけてください」


 ココロはノートと写真、ビデオカメラをマリオの部屋に運び込み、散らばったゴミを足でどかしてスペースを作った。ケースから取り出したビデオカメラをベッドの上に置き、ブラウン管テレビに接続した。

 リチャードは部屋を見回すと、これはまた、と小さく笑った。

 着替えがしまってあるクローゼットは開きっぱなしで、チェストの引き出しも階段のような段差を作り、下着が外へ飛び出していた。床には機械の部品が放り込まれたダンボールや、車やバイク、重機、機械、工具等の新旧様々な雑誌や工具、空いた酒瓶が転がり、壁には車やバイクのポスター、棚には専門書やマニュアル、車やバイクの模型が飾ってあった。

 作業机や、マリオの目線が来る高さの棚には、家族の写真が置いてあった。

 整理整頓されているのは工具と車両のパーツのみで、あの人にこの部屋あり、そう思わせるほどわかりやすい部屋だった。


「すみません、散らかってて」

「いや、あの人の空気を感じられる、いい部屋だよ」


 臭いのかな、とココロは片方の眉を上げながら、テレビとビデオカメラの電源を入れた。


「準備できました」

「灯りを落としていいかい?」

「脇の壁」ココロは指をさした。


 リチャードは壁に手を這わせ、部屋の灯りを落とした。

 ココロが丸椅子をテレビの傍に置くと、リチャードがそこに腰を降ろし、画面を見つめた。

 ココロは膝立ちになって、リチャードの横顔を見つめた。

 イヴの映像が再生される。実験の行程を踏んだ後、ココロやエルマー、テム、エミリがイヴと楽しそうにじゃれあったり、イヴが絵本を捲ったり、道具を使って動作の真似をする姿や、アリソンを強く抱きしめる様子が映し出された。

 一通り見終えると、リチャードは「なるほど興味深いね」と顎を引いた。


「これが、あの写真の子と同じとは思えないね。まるで普通の子にしか見えない」

「問題はこの後で、もう一本、見て欲しいんですけど」


 ココロは一本目のテープを抜き取り、二本目のテープをセットして再生した。

 こっちが本題だ。

 粗く映し出された映像は、ランセットの家で再生されたものと同じだ。大きく揺れ動く映像には、食い散らかされた感染者と、殴り潰されたような熊の死体、エミリが『ビッグフット』と名付けた大きな足跡が映し出された。


「もう少し巻き戻して、もう一度見せてくれるかな」


 ココロはテープを巻き戻し、リチャードの「止めてくれ」や「進めて」という指示に従った。

 リチャードは感染者の死体が映ると、食い入るようにその映像に目を凝らし、殆ど瞬きせず、眉一つ動かさなくなった。熊の死体、大きな足跡、それぞれの映像の奥にある何かを覗き見るように、顔が少し俯いた。

 暗い部屋で映像の光りを浴びたリチャードの顔の輪郭、枯れ木の様に老いて乾いた肌や皺が強調されて揺らいだ。一瞬とても若い頃の、見たことが無いはずの彼の横顔が見えた気がして、ココロは少し驚いた。

瞬けば、そこにはやはり、くたびれた老人の姿があるだけだった。

 テープが止まると、リチャードは息をほおっと吐き出した。


「ありがとう、灯りを頼めるかな」


 ココロは立ち、灯りを点けた。

 部屋全体がじわりと照らされ、目の奥がきしりと痛んだ。

 リチャードは眼鏡をはずして目頭を揉むと、写真を手に取った。

 写真を顔から遠ざけてピントを合わせるように目を眇める。

 一枚一枚の写真をそうしてじっくり観察し、興味深そうに熊の死体や、大きな人の足跡をじっと見つめた。

 ココロはそんなリチャードの表情を気にしながら、少し埃っぽいベッドに腰を降ろした。


「どう見ます?」

「なかなか、きな臭いことになっているようだね。びっくりしたろう」

「そりゃもう、具合悪くなっちゃいましたよ。まるで見ちゃいけないもの見た気がして」

「君達の年頃にこれは強烈だ。悪い夢を見てしまうわけだよ」

「夢の内容はさっぱり覚えてないんですけどね」


 正直、リチャードのような歳を重ねた大人に話せたことはココロにとっても救いだった。

 どれだけ短い時間でも、こんな秘密をずっと抱えて過ごすのは辛いものがある。


「重いだろう」


 リチャードの言葉に、ココロは昨日感じた肩の重さを思い出した。

 荷物を降ろしても拭われなかった感覚はもうないが、無意識に肩を触ってしまう。

 リチャードは熊の死体の写真をココロに差し出した。


「……ココロちゃんは、マンイーターというものを知っているかい?」

「マン、イーター?」ココロは受け取った写真を一瞥した。

「感染者を食った獣の総称だ。熊とか狼とか、猪とかね。基本は肉食、稀に雑食、鳥類やネズミのようなげっ歯類も含まれる。一度でも人を襲って餌にありついた獣は人を恐れなくなり、人間は彼等の食物連鎖の下に組み込まれる。実際に旅をしていても、コロニーの外ではマンイーターの方がよほど恐ろしい。感染者の存在は、それを助長するんだよ」

「そんな話、一度も聞いたことない」

「無理もない。この辺りは自然も豊かで温暖な気候、食糧にも恵まれているから、普通、獣が人を襲うこともないだろうからね。それに、獣がマンイーターになる環境は、感染者が集まりやすい土地かどうかに左右される。君達が感染者を捕まえる為にトラップを仕掛けてやっと遭遇することが出来ることから考えても、ここは感染者が迷い込みにくい土地なんだろう。ところが、その少ない来訪者を襲ったモノが、運悪く現れた」


 それが熊と、食い散らかされた感染者の正体だ。


「感染者が、無抵抗だから」

「お腹を空かせた動物にとって、感染者はこれ以上ない最適な餌だよ。無抵抗な上に血肉は新鮮、おまけに毒も、害もないときてる」

「そのマンイーターから、人に感染することはないんですか?」

「あの病気は人以外には感染しない。無論、そういう進化を遂げる可能性もじゅうぶんあるから扱いには注意が必要だけれど、今までに例はない。本当に、謎の多い病だよ」


 ココロは安心したが、そのマンイーターが殺されていた事実は変わらない。

 それも圧倒的な力で、捕食対象としてではなく、おそらく返り討ちにあったと見るのが妥当だ。

 しかし、素手で凶暴化した熊を殴り殺せる人間がいるはず無い。

 いたとしたらそれは超人か、怪物だ。


「その熊を殺したモノの正体はおそらく、変異体……いや、条件で見れば特異体か」

「へんい……とくいたい?」ココロは眉を顰めた。


 重ねた歳のせいもあるのだろうが、その外見も手伝ってリチャードが賢者に見えた。


「感染者にも種類があるんだよ。君達が知る感染者はこの世界で最も多く、最も危険度が低い個体だ。変異体というのは大昔、旧暦時代にまで遡るが、それ一個でこのコロニーがなくなってしまうほどの威力を持つ爆弾があってだね――」


 リチャードはそう言うとゆっくり立ち上がり、「ロイズさんの写真集を見に行こうか」と提案した。


「あたしの部屋で?」

「ああ、彼女を助ける話はひとまず置いておいて、少しだけ、歴史のお勉強をしよう。興味あるだろう?」


 ココロは頷き、この部屋を使った痕跡を残さないように注意して、ビデオカメラを片付けた。

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