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「それじゃあイヴ、また来るからここで大人しくしててね」
イヴを個室に連れ込み、入口の隙間を埋めると、ココロ達は急いで山を降りた。
既に時間は四時近くなり、日も傾き始め、山のなかは一気に暗くなった。
帰りの遅い四人を心配したタイザが、時計を気にしながら門の前で立っていた。
四人が姿を見せると、その汚れっぷりに失笑した。
「おいおい、いい歳してずいぶんはしゃいだんじゃないか? どんな映画撮ってんだよ」
「アクションたっぷりの、ミステリーホラー映画、かな」
「そりゃ完成が楽しみだ。けど、ほどほどにしてくれよ。遅いから心配したよ」
「ごめんね、超大作だからさ」
そう言って、四人は鈴を返し、帳簿にサインをしてモペッドに跨った。
ランセットの店まで、急いで向った。
店に到着すると、ちょうどランセットが店の灯りを落とし、扉に鍵をするところだった。
「ラン兄ちゃん!」
四人はモペッドで乗り付け、ランセットを呼び止めた。
慌てた四人の様子に目を丸くしたランセットは、「とりあえず何か飲む?」と訊いた。
「そんなことより見て欲しいものがあるんだ。戻って」
「ちょ、ちょっと」
「ほら、早く早く」
エルマーとエミリがランセットを店に押し込み、テムが続き、ココロが扉を閉めた。
押し込み強盗のように急かされて椅子に座らされたランセットは、「ちょっと、みんなどうしたの?」と戸惑いながら、ココロに渡されたフィルム写真の束に目を通した。
テムがビデオカメラを取り出し、テレビに接続した。
今日録画した動画を再生すると、ランセットは目を見張った。
「……これは?」
「けっこうやばい映像」
「やばい映像?」
「ラン兄ちゃん、今日の晩飯何?」
「今日は多分フライドチキンだと思うよ。僕の家、鶏肉ばっかりだから」
「食えなくなったらごめん」
「それどういう意味?」
ランセットは耳を疑った後、再生された映像を見て思わず立ち上がった。
映像はぶれていて画質も粗いが、それがより映し出されたものの不気味さを強調した。
テムが録った映像には、人の腕やミンチになった体、引きちぎられたパーツ、血溜まりが映った。その後、テムがエルマーと山中を歩く映像が流れ、ココロの声に応えて走り出すエルマーを追いかける映像が入った。映像は激しく揺れ、ようやく落ち着いて映し出されたのは、熊の死体だ。
ランセットはテレビの縁に手を添えて、画面を覗き込むように目を凝らした。
「……これは、なに、皆でやったの?」
「冗談!」
感染者のバラバラ死体の後には、殺された熊の映像と、大きすぎる人の足跡が映し出された。
その後、テープが停まる。
ランセットは椅子に座り、ココロの撮った写真を一枚ずつ確認し、溜息を吐いた。
「ひどくショッキングな映像と写真だ。映画のフィルムもけっこう見てきたけど、こんな酷いのは見たことない」
「だと思う。俺達も最初は、信じられなかったから」
「場所は、ノースマウンテン?」
「廃工場から戻る途中で見つけたんだ」
「行く時と同じ道を?」
「テムが腕を蹴飛ばしたのが、いつも使ってる道で、そこからは血痕を辿ったんだ」
「秘密基地の近く、か」
「あの足跡、どう思う?」
「このコロニーにあんな足の大きな人はいない。居たら覚えてる」
「感染者だと思う?」
「わからない。でも感染者だとして、それがあの熊を殺したって思ってるのかい?」
「それがわかんないからここに来たんだ。最初は守衛に見せる為に映像と写真を撮ったんだけど、イヴが居るから、ラン兄ちゃんに相談しようって」
「この、イヴっていう子はどうしたの?」
「連れ帰るわけにもいかないし。こんな山のなかに放り出すわけにもいかないから、廃工場の部屋に隠してバリケードを作った」
「なるほど」ランセットは納得するように頷いた。
「どうすればいいかな。どのみち、皆に知らせた方がいいとは思うんだけど」
エルマーが訊くと、ランセットは席を立って、もう一度四人に飲み物は何がいいか訊いた。
テムがジュースと答え、エルマー達も頷いた。ランセットはリンゴジュースを四人分と、自分用のコーヒーを用意して戻ってきた。氷入りのジュースを四人が飲み干すと、ランセットはコーヒーを飲み、考えをまとめるようにうろついた。鏡の前で立ち止まると、傍にあった商品を並べた机に腰掛け、実はね、と切り出した。
「……アンティコパが来るそうなんだ」
「な、なんですの? そのアンチコパンというのは」エミリは耳を疑った。
「アンコパチン?」
「アンパン?」
「もう何がなんだかわかんねえよ」
聞き覚えの無い言葉に四人が一様に顔を顰めると、ランセットは眼鏡を軽く持ち上げた。
「アンティコパ――簡単に言うと、感染者を狩るハンターだよ。まさかここに来るとは思いもしなかったけどね」
「ハンター?」エルマーが口端を上げた。
「クリアさんが呼んだんだ。実はだいぶ前から、コロニー近辺の調査の依頼は出していたみたいなんだけど、つい最近、やっと来てくれることになったらしくて。だから、彼等が到着したら、外出は難しくなる」
ガンツ達が言っていた感染者の目撃が増えているという件の、その対策だ。
「でも感染者を狩るって、じゃあ」
「僕も会った事はないから、彼等がどんな人たちなのかはわからないけど、噂じゃかなり怖い人たちらしい」
「怖い?」
「感染者は問答無用で狩る。焼き殺したり、心臓を抉り出すって話しだよ。冷酷で、残忍だ。ただあくまで噂だから、実際どんな人たちなのかは知らない。けど彼等は感染者の対策でやってくる。何もないってことはないよ。コロニーを安全に運用管理する上では、必要な組織だしね」
「それって、イヴも対象になる?」
「彼等がなにをしに来るかを考えればね。とにかく、彼等が到着したら何か動きがあると思う。そうなると、門からは出られなくなる。だから」
「じゃあ、誰かが襲われる心配はないんだな」
「でも待って、そしたらイヴはどうなんの? そのアンティコパって、感染者を狩りに来るんでしょ?」
「うん、だからね」
ランセットはその先の言葉を飲み込んだ。
ココロ達が何のために一生懸命になっているのか、それを思うと言えなかった。
「……諦めろってこと?」
ココロが訊くと、ランセットは首筋を撫でた。
「本格的にアンティコパが動くような事態は僕も経験がないし、このコロニーはじまって以来かもしれない。君達の気持ちもわかるけど、諦めるしかない、と思う。それに、得体の知れない足跡の正体が感染者だとしたら、君達に何ができる?」
「……そのアンティコパはいつ来るの?」ココロは訊いた。
「話を聞いたのは今日だよ。お客さんに屋敷で働いている人がいてね。でもあの様子だと、僕以外にも知っている人は多分いる。察するに、近々到着するとは思う」
「わかった。ありがとうラン兄ちゃん、カメラ、もう少し借りててもいい?」
ココロは足元に置いてあったビデオカメラのケースを担いだ。
「もちろん、それは構わないけど。一応、さっきの写真、何枚かこっちでも預かっていいかな」
「何に使うの?」
「足跡と熊、感染者の損壊した体、これは管理人さんに伝えておいた方がいい。もちろん、彼女のことは伏せる。君達が山遊びをしている時に、たまたま見つけたって、うまく言っておくよ。そしたら、アンティコパが動く前に制限がかかるかもしれないけど」
「わかった」
ランセットは必要な写真を抜いて、他をココロに差し出した。
ココロが写真を掴んだが、ランセットは手を離さなかった。ココロが見ると、ランセットは真っ直ぐとココロを見た後、エルマー達にも目を配った。
「くれぐれも、妙なことは考えないで。イヴっていう子の事ももちろん心配だし、君達の気持ちもわかってるつもりだけど、僕にとっては君たちの方が大事なんだ。忘れないで、感染者は生きているように見えるかもしれないけど、一度は死んだ人たちだっていうこと」
そう言ってランセットが手を離すと、ココロは受け取った写真を一瞥した。
バリケードを完成させた後、自分がカメラマンになり撮った写真だ。
「わかってる。ありがとう」
そう答えたココロに、ランセットは注意深い目を向けながら、無言で頷いた。




