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イヴの体をキレイにすることよりも、直に見ることが、実はとても重要だった。
今までの感染者たちもそうだが、感染者の体には傷がない。
長い間雨風にさらされ、個体によっては素足で外を歩き回っているのだから、生傷が沢山あっても不思議ではないのだが、その肌には傷一つ見当たらない。元軍人であると思われたジョンでさえ、衣服の劣化が酷いわりに肌はとても綺麗で、銃創や裂傷の痕なども見当たらなかった。稀に古傷のある感染者も居るが、おそらく感染前のものなのではないかと推測された。
感染後につく体の傷は、その大小に関わらず綺麗に治ってしまうのではないかと思われる。
治癒力の高さが覗えるのと同時に、謎は深まる。
イヴの身体もその辺りは同じようで、あくまで雨風や砂埃や泥が堆積し、汚れているだけだ。
ココロはスポンジにボディーソープを垂らし、水を加えて泡立て、イヴの身体を丹念に洗った。
泡はあっという間に茶色く汚れ、堆積した汚れがボロボロと崩れていった。
汚れの溜まった車輌を洗車して、ボディがピカピカになっていくような爽快感がある。
その間、エミリはイヴの長い髪を重点的に洗った。
水を吸い込み、毛量も長さもあるイヴの金髪はさらに重くなり、雑巾のように絞ると茶色い泥汚れで水が濁った。
「これは、キューティクルに相当のダメージがありそうですわね」エミリは鋭い目をした。
「キューティクルって」
エミリはイヴの頭皮や頭髪を水で流し、汚れが一切混じらなくなるまで繰り返し洗い流した。
「水、足りますわよね?」
「あたしらが飲む分も使えば足りるでしょ」
ここは川が流れていない分、持ってきた水でなんとかするしかない。
二人は水の量を髪七、体三くらいになるよう調整した。
身体を触られていることに関してイヴは無抵抗だったが、体を覆った泡には興味が湧いたようで、口に入れようとしてみたり、浮かんだシャボン玉を目で追ったりした。両目にシャンプーが入ると、悲鳴は上げずに瞼をぎゅっと閉じ、息を荒くした。
「エミリ、シャンプーが目に沁みてるってさ」
あら、ごめんあそばせ、とエミリは言うと、思い出したように頭を上げた。
「すっかり忘れていましたわ。わたくし、シャンプーハット持ってきたんです」
「まだ持ってんの?」
「わたくしが昔使っていたものですけどね」
「とか言って、今も使ってんじゃないの? エミリお嬢様は」
「昔の話ですっ」
エミリが持ってきた桃色のシャンプーハットは、ココロ達にとっても有用だ。
ゴーグルにマスクをつけているとは言え、顔に跳ねないとは限らない。特にエミリは昨日のモペッドの練習で、ただでさえあちこち傷だらけだ。うっかりで感染なんて想像もしたくない。
「こんなもんかね」
「ですわね」
「エミリ下がってて、あたしが流すから」
ココロは残り少ないボトルの水を頭からかけて泡を落とし、タオルで丹念に水気を拭き取った。
風邪を引くこともないだろうが、体が冷えてはかわいそうだ。
「どんな感じだ?」
エルマーが壁越しに聞いてきた。
「いまマッパだからあっち行ってて」
「はいよー」
エルマーの返事が聞こえた後すぐ、なにかを燃やす匂いがした。
「……エルマー、そっちでなんか燃やしてる?」
「焚火してる。髪乾かしたり、体あっためたりするのにいるだろ」
「さすが気が利きますわ、惚れます」
「直接言ったら?」
「言えたら苦労しませんわ。それより、着替えは?」
「今用意するから、エミリはイヴの身体、拭いてあげてて」
ココロはゴーグルとマスク、手袋を外すと、作業机に置いておいた着古したツナギと長靴を手に取った。子供用の下着も、用意して来たので、ひとまず形にはなるだろう。
「まあ懐かしい」
ココロが用意した緑色のツナギを見て、エミリが目を丸くした。
「でしょ、まだあったんだよね」
「でも女の子にツナギって、センスを疑いますわ。もっと女の子らしい服はなかったのですか?」
「町の中を歩き回るならともかく、この子は森の中歩き回るんだよ? それに、これが済んだらまたどっか歩き回るんだから、丈夫な方がいいよ。緑色も保護色になるでしょ」
「それはそうかもしれませんけれど、なんだか、女の子ですのに」
「あーもう、うるさいな、あんたが選ぶのは生地がやわすぎてすぐ腐っちゃうんだって」
「わたくしの選ぶ服はヤワなのではなく繊細なんです。だいたい、服は腐りません」
「腐るよ。あたし見たもん」
エミリはまた下らない嘘を、とココロを見た。しかし、鼻の下は伸びていなかった。
「……ホントですの?」
「グズグズのキッタナイカスみたいになるんだよ」
「あらまあ」
二人がそうして無駄話をしていると、エルマーがまだかあ、と退屈した声を出した。




