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ココロは家に帰ると、ゴミ袋を焼却炉へ運び、火を放った。
蓋を閉じて、両親の部屋へまっすぐ戻り、荷物と杖を置いて、ビデオカメラを取り出した。
親に隠れてこっそりとプレゼントを開ける様な感覚に胸が躍る。
エルマーもテムも、エミリも見ていない。ひと目を気にせず存分にいじくりまわすことが出来る。貴重な機械を一人で触っていると、何かやる気が漲ってくる。一度は試し撮りしたとは言え、やはり映像が残せるというのは魅力的だ。
「ミート、ちょっとそこ立って」
録画はしないが、ミートを使ってピントを合わせ、フレーム内に納める練習をした。
そうして遊んでいると、部屋の扉をノックする音がして、ココロはびくっと肩を縮めた。
「ココロちゃん、ちょっといいかな?」
リチャードの声に、ココロはほっと胸を撫で下ろした。
「どうぞ」
言うと、静かに扉が開いた。ココロが椅子を持ってくると、リチャードは足を軽く引きずりながら、その椅子に腰を降ろした。そして、ココロが床に置いたビデオカメラに眉を上げた。
「おや、ココロちゃん。いいものを持っているね」
「ビデオカメラです。借り物なんですけど」
「彼女の記録に?」
「そのつもりです」
「本格的だね。今日も会ってきたんだろう? どうだったね?」
「もしかして、その話を聞きに来たんですか?」
「それもあるが、今さっきご主人が戻ってね、そろそろ晩御飯だから、ココロちゃんに伝えてくれと」
「珍しい、お爺ちゃんがご飯の用意してくれるなんて」
「なんか大きな鳥のお肉をもらってきたそうだよ。今焼いているところだ」
「七面ダック!」
ココロはやった、と目を輝かせた。対照的に、ミートの羽が逆立ち、露骨にショックを受けた。
あれは一度食べるべきだ、とココロはリチャードに熱く語り続け、ミートはその間ベッドにもぐり、耳を塞ぎ続けた。
「そうだ。リチャードさんに、お土産あるんですよ」
「お土産? 私にかい?」
ココロは杖を手に取り、リチャードへ差し出した。
リチャードはそれを受け取ると、手で見るように杖に手を這わせながら、目を凝らした。
「これは、とても丈夫そうだ。随分使い込まれているようだけど、いい感触だね」
「あたしたちに感染者のこと教えてくれたお兄さんの、お爺さんのもので」
「そんな大事なものを?」
「それを必要とする人がいるなら、その人に使ってもらったほうがいいって。それに、ラン兄ちゃんのお爺さんは旅人に憧れていたから。旅人のリチャードさんに使ってもらったら嬉しいだろうって」
「私にはもったいない心遣いだ」
「足の具合は?」
「だいぶよくなってるんだが、歳のせいか、もう少しかかりそうだ。これはありがたく使わせてもらうよ。足が治ったら、返しておいてもらえるかな?」
「ご自分でどうぞ。リチャードさんの旅の話、聞きたいって言ってましたから」
「なら、その時はココロちゃんがお店に連れて行ってくれ」
コンコン、とリチャードは杖で床を軽く叩いて感触を確かめた。
よく似合っている。髭や髪に結んだリボンも気に入っているようで、ずっと付けたままだ。
「そういえば、リチャードさんって中央に行ったことあります?」
「……中央というと、中央コロニーのことかな?」
「そう」
「あるよ。こことは違って、先進的だ。興味があるのかい?」
「このビデオカメラを借してくれた人、あたし達の研究を知っていて、イヴのことを話したら、中央の話が出たんですよ」
「イヴ?」
「あの子の名前です」
ココロは新しく撮ってきた写真とノートを見せた。
リチャードは興味深そうに写真を眺めると、うっすらと目を細めた。
「いい名前を考えてもらったね。それで、中央にでも引き渡す話にでもなったのかい?」
「あたし達はそんなつもりなくて、実際、中央の実験って怖そうで」
ココロが言うと、リチャードは顎を引いた。
「賢明だ。本物の科学者、研究員というのは、大義名分さえあればどんな残酷なことだってできてしまう。世にマッドサイエンティストといわれる者達だ」
まるで見てきたように語るリチャードの言葉に、ココロは息を呑んだ。
「中央に、そんな人いるんですか?」
「驚かせてしまったかな。まあ中央にはいないと思うよ。どちらにしても、彼女の記録をとるのはいいとしても、なるべく人には見せないことだ」
「そのつもりです」
「映像記録は、撮れたら私にも見せてくれるのかな?」
「リチャードさんはただの居候だから、見ても誰にも言いふらさないでしょ」
「もちろん」
「一緒に来ます?」
「魅力的な提案だが遠慮しておくよ、足手まといにしかならないし、それに明日から、少し町に繰り出すつもりだ。この杖にも慣れたいし、リハビリもしたい」
「チケットあります?」
「今朝、マリオさんから何枚か頂いた。本当に、よくしてくれる」
「持て余しますからね。勤労チケットがあれば、たいてい何でも手に入りますから」
たしかに、たいていのものは手に入る、とリチャードは微笑んだ。
けれどその笑顔には、手に入らない何かを求めているような寂しさを感じた。
そうしていると、階下からとても香ばしい肉の匂いがしてきた。
ココロとリチャードの腹の虫が鳴ると、ベッドに潜っていたミートがびくっと震えた。
「ミート、ご飯にしよう」
そう言ってブランケットを剥ぐと、ミートは涎を垂らしたココロの顔を見上げ、悟りを開いた人のように、すっと瞼を閉じた。




