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ビデオカメラは付属のカセットテープに映像を記録するもので、レンズも大型で、形もがっちりとしている。重量は二キロほどで、録画した動画はテレビに配線を接続して見ることも出来る。
「録画用のテープは百二十分のテープが三本だ。六時間まで可能だね」
「それだけあればじゅうぶん」
「録画は赤いボタンを押せば始まるよ、停止ボタンはこっちの四角いマーク。これで録画を停めるんだ。簡単でしょ?」
ココロとテムは頷いた。
ピントの合わせ方や、ズームインやズームアウトも簡単だ。レンズの周りを握って軽く捻るだけ。練習をする時は、一度使ったカセットを巻き戻して、もう一度録画をすれば上書きされる。カメラと違って、大きさと重量があるので、顔の前に構えて使うというより、胸に抱えるように持って、顕微鏡を覗き込むように下を向いてファインダーを覗き込む。
「練習してみようか」
ランセットの指導の下で試し撮りをした。
ファインダーは延長と上下の可動式だ。
ココロは胸の前にビデオカメラを抱え、角度をつけたファインダーを覗き込んだ。
「そうそう、そんな感じ、それでこのボタンを押す」
録画ボタンを押すと赤いランプがついた。「今が録画中ね」言いながら、ランセットは回収してきたテレビをコンセントに繋いだ。ココロがカメラを向けると、テムは嬉しそうに笑って自己紹介をした。エルマーはぎょっとすると、照れくさそうに目線を逸らし、後ろを向いた。「エルマーなんか言ってよ」と促しても、俺はいい、と頑なに拒否した。
「なに照れてんの?」
「うっさいな、なんか苦手なんだよ」エルマーは少し怒った。
「ココロさん、こっちにモデルがおりましてよ。完璧なプロポーションの!」
「じゃあほら、早く脱いで」ココロはカメラを向けた。
「脱ぐんですの?!」エミリはぎょっとした。
「本気にしなくていいって、はい練習終わり」
エミリの表情と化けの皮が剥げたところで、ココロは録画を停めた。
試し撮りしたカメラをテレビに繋いで再生すると、ココロが撮った映像が映し出された。
若干画質は粗いが必要じゅうぶんだ。ピントを合わせたり、あまり鮮明ではないが声も入っている。テムが挨拶し、エルマーがそっぽを向いて文句を言う、エミリの表情が変わってからの迅速な録画終了までの流れで、ココロやエルマーは愉快に笑った。
「もう、もっとちゃんと撮って下さいよ!」
「テストくらいでムキになんないでよ。明日はちゃんと撮るって」
「てやんでい、ですわ」
「出た、エミリのてやんでい」
そうしていると、ランセットが思い出したように手をぽんと打って、バックヤードからビデオカメラのケースと、付属品を運んできた。ケースは革製で、内側には衝撃を吸収する緩衝材と、ビデオテープや電池を入れるポケット、それと三脚が入っていた。
「これも持って行って」
「凄い、かっこいいね!」
テムが三脚を取りだした。
「ラン兄ちゃんも一緒に来る? たまにはさ」
「魅力的な提案だけど、僕は店を離れるわけにはいかないから、楽しみに待ってるよ」
「ちょっとくらい休んだって平気でしょ」
「君達の時間を邪魔したくないんだよ」
ランセットが困り顔で笑うと、ココロは変なの、と唇を尖らせた。
「そうだ。回収した『ゾンビホイホイ』なんだけど、ここで引き取ってもらえる?」
「もちろん、あれはあれで残しておく価値がある。ま、誰も欲しがらないとは思うけどね」
「じゃあ、今度持ってくるよ」
「わかった。カメラ以外にも欲しいものがあれば言ってね」
ランセットが言うと、ココロは思い出したように顔を上げ、バイクに立てかけておいた杖を手に取った。
「ラン兄ちゃん、この杖、もらってもいい?」
「もちろんいいけど、マリオさん腰でも痛めたの?」
「違うんだけど、ちょっとプレゼントしたい人がいて」
「ああ、あの爺さんか」エルマーが言った。
「爺さん?」
「ココロのとこに転がり込んでる爺さんで、森で罠に嵌って足怪我させちゃったんだよ」
エルマーが言うと、ランセットはぎょっとした。
「コロニーの人じゃないの? それ大丈夫?」
「まあ、一応大丈夫」
「どんな人なの?」
「……リチャードっていう人で、世界中を旅してて、ちょっと疲れてる感じの人」
「旅に疲れた人か。うちに遊びに来てくれないかな」
「今度紹介する。それで、チケット何枚?」
「いいよ、持って行って。それは僕の祖父のものだから」
そう言われると、ココロは途端に杖をもらうのに抵抗が生まれた。
ランセットの祖父のものとなると、それは形見も同然だ。両親が居ないココロからすれば、そういったものの大切さはよくわかる。
「ほ、他に杖ない?」
ココロが訊くと、ランセットは笑った。
「遠慮しなくていいよ。それはいつか僕の父か、僕が使うかもしれないと思ってとっておいたんだけど、当分先の話になるだろうから、誰かが見つけるかもしれないと思ってお店に置いておいたんだ。それを今必要とする人がいるなら、その方がいいからね」
「でも」
「いいんだ。僕の祖父も、きっとその旅人さんに使ってもらったほうが喜ぶ。お爺ちゃんも旅には憧れていたから。それに、必要なくなるようなら返しに来てくれればいい。その時は、是非そのリチャードさんが届けてくれると嬉しい。僕も旅の話が聞きたいから」
「ありがとう。リチャードさんに伝えておくね」
「よろしく」
「さあ皆、そろそろ日も暮れるから、急いで帰ったほうがいいよ。夕飯もまだだろ?」
そう言われると、ココロ達のお腹が思い出したようにグゥっと鳴った。
ほら、と言わんばかりにランセットが愉快そうに笑った。
「じゃ、ビデオカメラ借りてくね」
そうして店を出た頃には、すっかり日も傾いていた。
夕陽の西日が空を茜色に染めている。
カメラはココロが持ち帰ることになり、重たい鞄をモペッドの荷台に括りつけた。
「じゃあ明日、十時にいつもの場所に集合でいいか?」
「わかった」
ココロはモペッドのエンジンを始動すると、エミリにぴっと指を向けた。
「エミリ、パパに怒られても、あたしは知らないからね」
「ご心配なく、お父様を説き伏せるくらい造作もありませんわ」
だといいけどね、とココロは笑むと、エルマー達とも別れを告げ、帰路に着いた。
賑やかだった通りからは人影が減り、町は次第に静かになっていく。
代わりに、夕日の光りを集めて留めたように、家の明りがぽつぽつとあたたかく灯った。
通りを行くとき、追いかけっこをしながら家に帰っていく子供達とすれ違った。
ばいばーい、また明日ね、ただいま、おかえり、と声が聞こえる。
寂しさと同時にあたたかい風と、音があちこちの家から聞こえてくる。
絵に描いた様に平和で穏やかな一日の終わりを、夕日に染まる町のなか、ココロは感じた。




