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ココロが旅立ち、一月余りの時間が過ぎた。
あの夜以来、未だにココロがどうなったかを知らされないままでいるエルマー達は、マリオからの報せを待つ日々が続いた。ココロがゾンビになってしまったあの日から、外へ出れば哀れみや好奇の目に晒されると、家から出ることも禁止された。
親の話では、自分達を『人殺し』と非難する声もあるそうで、それを知ってもショックを受けるどころか、むしろ当然と落ち込むしかなかった。そう言われても仕方のないことを、自分達はした。その上で生き残ったのだから、背負うしかなかった。
それに、これくらいで済んでいるのはジャックのお陰だ。
ココロが感染者となった経緯や責任の全てを、彼が自らのミスだと吹聴し、最終的には「ガキ共の自業自得だ」とわざとらしく責任逃れするようなセリフで煽り、非難の声を集めた。
エルマー達が自業自得であったことは事実であるのに、余所者に言われるのはよほど心外だったのか、住民達はジャックに『人でなし』のレッテルを貼って、さっさと居なくなれと邪険に扱った。
そんな彼が居なければ、今頃エルマー達はもっと酷い言葉を浴びせられたかもしれないし、家族すら巻き込まれて、コロニーに居られなくなっていたかもしれない。
「二度と来るか、こんなクソコロニー」
ジャックは出て行く時、見送りというより追い出しに来た住民達にそう言って中指を立てたそうだ。自分達の行動が彼をそんな風に扱わせたことも含めて、後悔や自責の念、無力感、悲嘆にくれる日々が続いた。
そんなある晴れた日、三人は『56写真館』の店主であるリガーに呼び出された。
エミリのアパートの前で集合したエルマー達は、お通夜の様な空気を引きずったまま、口数も少なく出発した。あの日以来、まともに口を利いていないのだ。モペッドも禁止されたわけではなかったが、使う気にはなれなかった。
エルマーとテムは帽子を目深に被り、エミリはその後ろを俯いてとぼとぼと着いて歩いた。
三人はあちこちから感じる視線や、ちょっとした笑い声にも敏感になり、居心地の悪さから逃げ出したくて早く歩いた。
「……エミリ、ごめんな」
道中、沈黙に耐え切れなくなったエルマーが口を開いた。
エミリは顔を上げ、眉を顰めた。
「なんでエルマーくんが謝るんですの?」
「あの時、エミリの気持ちも考えずに俺、ひどいこと言ったからさ。ずっと気になってて」
先を歩くエルマーの小さな背中を見つめながら、エミリは微笑んだ。
「エルマーくんが気に病むことはありませんわ。どうか気にしないでくださいまし」
「……元気にしてたのか?」
「お父様に、はじめて叩かれました。外出も禁止で、外に出るのも久しぶりなんです」
「よく許してくれたな」
「リガーさんから直接連絡を頂いたそうで、特別に。それより、エルマーくん達はあの後」
「俺もテムも、親父と母ちゃんに顔の形が変わるまで殴られたよ。俺は親父のグーパンチ、テムは母ちゃんの往復ビンタで、暫くホッペが蜂に刺されたみたいに腫れあがってたよ」
エルマーが笑うと、「言わないでよ」とテムが頬を膨らませた。
「まあしこたま殴られたお陰で、ちっとは楽になったけど」
『56写真館』に到着すると、少し尻込みしてから、扉を開けた。
ベルがカランと音を立て、カウンターでカメラを磨いていたリガーが目を向けた。相変わらず気難しい顔をしているが、自分達のことを怒っている様にも見えて、足が竦んだ。
「……突っ立ってないで、入れよ」
抑揚のないリガーの声音に緊張して胸が苦しくなったが、言われた通りにした。
リガーは手入れをしていたカメラをカウンターに置くと、肘を突いて長椅子に座るように促した。エルマーは断り、「リガーさん、俺達に用って」と率直に訊いた。
リガーは三人の沈んだ表情を観察するように覗き見てから、口を開いた。
「随分やつれたな」
「ま、色々あって」
「巷の連中が言うことなら気にするな。当事者でない者ほど、まるで自分がやられたみたいに声高に騒ぐもんだ」
「……おじさん、それってどういう意味?」テムが訊いた。
「ココロや、お前達を知っている者ほど、お前達を責めたりしないってことだよ、テム」
テムは頷いたが、ちゃんと理解するのは難しかった。
それでも、リガーが言わんとしていることはなんとなくわかり、少し気が楽になった。
「リガーさん、それを言う為にわざわざ俺達を呼んだの?」
「いいや。ちょっと写真を撮りに行くんで、手伝ってもらおうと思ってな」
「写真?」
「お前達にも写ってもらう必要があるんだ。管理人のクリアさんから、どうしてもと頼まれていてな。今回の一件の締めくくり、その記録ってヤツだ。届け物もあるし」
それを聞いて、エルマーは用事を察して肩を落とした。
気は乗らないが、断れる立場じゃない。『56写真館』のリガーの仕事には、コロニーで起きた事件に関する記録用資料の写真撮影も含まれる。ココロが感染してしまった事件について、それに関わった人物の写真も必要なのだ。
「で、何処へ行くんです? 廃工場とか、俺達が悪さしてた東の森とか?」
「現場の撮影なら、アンティコパが居る間に済ませてある。今から行くのは、マリオさんの所だ」
「……整備工場、ですか?」エミリが訊いた。
「いや、自宅の方だよ」
リガーは席を立ち、脱いだエプロンを畳んで椅子に置くと、カメラを手に取った。
「ココロの家?」
「ああ、とにかく、話は向こうに着いてからだ。行くぞ」
リガーは言うと、鞄に届け物とカメラを詰め、上着を羽織り、ハンチング帽を被った。
看板を『CLOSE』に返して鍵を閉め、徒歩でココロの自宅まで向った。
リガーの歩く速度は早く、エルマー達も早歩きでついて行った。
徒歩だとなかなかの距離だが、いつも走り抜けていた景色にも歩きだと目が向いた。
居住区を抜けると、橋を渡った先の道の端に、爆発した車輌の焼け跡がくっきりと残っていた。
「ここで何か、あったんですか?」
「ああ、ちょっとした火事だ。詳しいことは知らない」




