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丘へ続く坂を登りきると、白い花畑と墓石、桜の木と、ココロの家が出迎えた。
花の香りで満たされた庭で、マリオが空に向かって煙草の煙を吐き出し、消えていく紫煙を見つめていた。
「マリオさん、連れてきましたよ」
「ああ、ご苦労さん」
マリオはエルマー達を見ると意味深な笑みを浮かべ、「よく来たな」と歓迎した。
両腕を広げたマリオと、エルマー達は順に抱擁を交わした。
正直、そうすることすら辛かった。
「マリオさん、あの――」
エミリが口を開くと、マリオはふっと微笑んだ。
「エミリちゃん、今日はめかし込んでこなかったのか」
エミリは自分の姿を一瞥すると、俯いて、指を絡めた。
今日は久しぶりの外出だったが、あれからお洒落をする気になんてまったくなれず、今日はあの日とほぼ同じタートルネックにオーバーオール姿だ。
「……そんな気には、なれなくて」
「最初に写真を撮るって伝えておいたほうがよかったな」
「私が連絡した時点で察してくれると思ったんだけどな」
リガーが荷物を置いてカメラを取り出すと、「そりゃ配慮が足りないだろ」とマリオは顔を顰めた。
自分達の気なんてまるで知らない。そんな風に見えた二人のやり取りに、居心地の悪さを感じた。用があるならさっさと済ませて欲しかった。ここには来るつもりでいたが、まだ心の準備はできていなかった。
この場所には思い出も多いが、それだけにココロの姿を探してしまう。
自分達の輪の中に、ココロが欠けてしまったことをただ自覚するだけだ。
「じゃ、向こうの桜の木の下に並んで立ってくれるか?」
「どうして」
「記念撮影だよ」
当然だろうとマリオが眉を上げると、エルマーは拳を固く握った。
「記念って、マリオさんふざけてんのかよ! 俺達は――」
ココロを守れなかった。そう声を震わせたエルマーに目を丸くしたマリオは、眉を掻いて嬉しそうに小さく笑った。
「……大真面目だ。お前達はあの子の大切な宝物で、あの子の青春そのものだ。今日呼んだのは、あの子の希望だからだよ」
「ココロちゃんの?」エミリが訊いた。
「あの子に頼まれてな、リガーと一緒に写真集を作る為に、あのノートと無数にあった写真のなかから、これっていう写真を選んでいたんだ。七人目の感染者に関しちゃ驚いたよ。ココロの話じゃ、あの子はわしの孫で、ココロの妹らしいからな」
「……イヴが?」
どういうことだ、とエルマー達は顔を見合わせた。
「信じられないだろうが、そういうことらしい。そしてそのリストに新たな八人目、ココロと、九人目の感染者、リチャードが加わった。本名は、レクサーというらしいがね。わしとしては複雑だ。ココロをあんなふうにした男の写真なんて燃やしてしまいたいくらいだからな。けど、ココロは自分が見てきた景色を、全て残したいと言ってな」
「あのノートが、写真集になるの?」テムが訊いた。
「そうだ。リガーに頼んで、製本してもらう。その締めくくりに、君達の写真が欲しいんだ」
製本するのはたった一冊。
それは折を見て、コロニーの図書館に寄贈される。
ココロが今まで撮りためた写真も、写真館のギャラリーに飾られる。
「あの子は君達と過ごした時間が素晴らしいものだったと、ギャラリーを訪れる全ての人に伝えたいんだ」
エミリはそれを聞いて空を仰ぎ、両手で口元を覆って目に涙を溜めた。
鼻を啜ったエルマーは、袖でごしごしと目を擦るテムの手を引いた。
三人が桜の木の下に並んで立つと、「もっと笑え」とリガーが仏頂面で言った。
「笑えるか」
エルマーがそう言って、カメラのレンズを睨んだ。
マリオがリガーの後ろで、してやったりと愉快そうな笑みを浮かべた時、「なあに暗い顔してんだよ!」と声がして、同時にエミリが悲鳴を上げた。
見れば、口元をマスクで隠したココロがエミリの胸を後ろから鷲掴みにして揉み上げていた。
「……ココロ?」
「え!? ココロちゃん!?」
エミリは脇の下から顔を覗かせたココロの姿に破顔して、湧き出す泉のように涙をボロボロ流しながらわんわんと泣いた。腰が砕けて地べたに尻をつき、あんあんと子供のように泣きじゃくって、傍に立つココロの腰にしがみついた。
もう離さない。何処にも行かせない。
そんな力強さに、さすがのココロも「いたい、たたた!」と表情を歪ませた。
「ココロお前」
「ココロだ! 兄ちゃん! 幽霊じゃないよ!」
エルマーもテムも、ココロの存在を確かめようとするように抱きつこうとしたが、「ダメだって!」と頭を鷲掴みにされ、阻止された。ココロのタガが外れたアイアンクローに、二人は顔を歪めながらも、それでも嬉しくて笑顔がこぼれた。
「ココロお前、なんで」
「へへーん、あたし、特異体? ってヤツっぽい。数億万分の一の確立を引き当てて、正気を保っておりますわ」
「ヤツっぽいって」
「実はさ、普通なら自我なくして彷徨っちゃうらしいんだけど、どうにもそうなる気配がまったくなくて。で、クリアさんに連絡して、お爺ちゃんとリガーさんに頼んでね。ま、そうは言ってもあたしもゾンビだから、入れるのはここまで。おさわりも禁止です。あたしから触るのは有りだけどね」
ココロはそう言ってエルマーとテムを突き飛ばし、マスクを下ろして小さく息を吐いた。
「ま、怪物の仲間入りってやつだ」
「やっぱり、ココロちゃんが居るうううっ――!」
何度もその姿を確かめては足元で叫ぶエミリに眉尻を下げたココロは、撮っちゃって、と両手でピースサインを作った。
リガーはシャッターを切り、マリオも豪快に笑った。
「じゃあ、また一緒に暮らせるのか?」
「それが、ちょっと無理なんだよね。今はまだ」
「今は?」
「あたし、アンティコパのサニーさんについていく。今日も連れてきてもらって、今は特別、席を外してもらってるわけ。なんかラン兄ちゃんに用があるって言ってた」
「へ、へえ」
「ま、それで、お父さんとお母さんを見つけて。そんで、特効薬も見つけてくる。必ず元に戻るから、そしたらまたここで暮らすよ。むしろ今は儲けたなって思ってる。世界中を旅する大義名分を得た、みたいな」
軽く言ったココロに、「バカ言ってんな」とエルマーは笑った。
アンティコパになるとか、世界を旅するとか、聞きたいことはたくさんあったが、今はココロに会えた。ただそれだけでよかった。
「なんにしても、あたしは元気だよ。ほらエミリ! 元気出せよこのデカパイ!」
「ああああ! やだああ離れたくない!」
「ね、記念写真撮ろ、ちゃんと並んでさ」
「必要ないだろ。もうじゅうぶん、いい写真が撮れた」リガーは言った。
「リガーさん、それタイマーついてるでしょ、皆で撮ろうよ――ミートもおいで!」
そう呼ぶと、閉じ込められていたミートが二階の窓から飛び出して、羽ばたきながらココロの胸に飛び込んだ。
リガーは墓石の上にカメラを乗せると、タイマーをセットして列に加わった。
全員で体を寄せ合うようにして、顔いっぱいに皺を作って笑った。
にっと笑ったまま固まっていると、「写真のタイトルは?」とリガーが訊いた。
「この中に一人、ゾンビがいます」
「そんなブラックジョークみたいなタイトルがあるか」
マリオが突っ込むと、面々ははじけるように笑った。
シャッターが切られ、フラッシュが光った。
その写真は後にギャラリーの壁の隅に、中央には、引き伸ばされた一枚の写真が飾られた。
ココロが笑い、エミリが不細工な顔で泣きじゃくり、テムやエルマーがすっころんだ陽気な一枚だった。ギャラリーを訪れた人たちは、ココロがどうなったのか、わからなくなった。
「感染したって聞いたけど、あれはデマだったのか?」
と不思議そうにしながら、ギャラリーを訪れた人達が去っていく。
ただ、その写真のタイトルのプレートには、リガーが未来の偉大な写真家への敬意と、その始まりの意を込めて、『ココロゾンビ』と、彼女が思わず笑ってしまうであろう名を付けた。
おわり
これでココロぞんびは終わりです。続きもありましたが、キリがいいのでここで完結です。
以降、web漫画に転向していくと思われますので、機会があればよろしくお願いします。




