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その後、感染個体となったレクサーは『第0056コロニー』にて火葬され、遺骨は共同墓地の片隅にひっそりと埋められた。レクサーの企ては住民に知らされることはなく、ココロが感染した事実は、『第0056コロニー』はじまって以来の悲しい事故として幕を下ろした。
住民達からの非難はジャックに集まり、クリアがそれを庇う形になった。みんな、言うほどジャックを責めては居なかったが、心無い言葉は多くあった。役立たず、無能、疫病神、あいつがゾンビなっちまえばよかったんだ――そんな言葉があちこちで囁かれた。
それでも、ジャックは涼しい顔でそれを聞き流した。
問題の解決は一晩、事後処理に二日を費やした。
その間、感染が進んだココロの処遇についての話し合いも進んだ。
ココロは完全に調子を取り戻したが、残された時間は最長でも二週間、最悪の場合はさらに短く、奇跡が起きれば、或いは永遠だ。
リチャード・ロウ――レクサー・セルンとの関わりが深かったココロは特に、サニーから彼の最後の言葉を聞かされて思う所があったのか、涙を流すことなく、神妙な面持ちで頷いた。
残された時間をどう過ごすかの選択で、ココロは両親が旅立ったコロニーへの旅を希望した。
「リチャードさんが言ってた。お父さんとお母さんは生きてるって、秘密基地で出会ったイヴも、あたしと血の繋がってる妹だって」
それを聞いた時、ジャックも、サニーも、マリオは特に驚いた。
「生きてるのか」
マリオは信じられなかったが、既に信じられない出来事がいくつも起きた後だ。
「おいおい、あんな爺の戯言を信じるってのか?」ジャックはマジかよと顔を顰めた。
「何年、何十年――何百年かかったとしても、きっと帰るって。そんなの聞いたら、嘘だって信じたくなるよ」
「だからってお前」
「それにあたし、世間的にはもう死んじゃってるし。だったら、あたしがあたしで居られるうちに、確かめておきたいって思って。だからお願いお爺ちゃん、行かせて、ちゃんと帰ってくるから」
ココロは事実上、『死体』扱いだ。まだ意思の疎通がしっかりできるせいでそんな風には受け止められないが、ココロをどうするかはマリオに決定権がある。かといって、ココロの要求はマリオ一人の承諾で通るわけではない。あくまで、アンティコパの監視下でのみ可能になる話だ。
「おーい、おじいちゃーん」
ココロは両手をマリオの前で振った。
マリオはそんなココロの様子に腕を組みながら、呆れるような溜息を吐いた。
「……わかった。ただし――」
「――ちゃんと帰ってくるって、お土産持ってさ」
いつもの調子で笑ったココロはしかし、家族のマリオといえど簡単に触れることが出来ない。
近いのに、とても遠い存在となってしまった。
「では、道中私がココロちゃんを監視、警護します」
「ああ、よろしく頼みます」
「安心してくださいマリオさん。ココロちゃんは私がしっかり守りますから!」
そう言って胸をドンと叩いたサニーの笑顔が、かつてジョンとステラを守ると言ってくれた男の笑顔とダブって見えた。あの時とは事情が随分違っているが、マリオはお願いします、とココロを任せた。
「特例中の特例だ。お前達のことは管理人にだけ知らせておくから、そのつもりでいろ」
「お願いします」
サニーがジャガーノートのエンジンを始動すると、ココロはジャックに許可を取り、マリオと強く抱き合った。
「じゃ、行ってくるね」
「ああ、待ってる」
「お願いしたヤツ、ちゃんとリガーさんのところに届けてね」ココロは念を入れた。
「わかってるよ」
「じゃね」
「ああ、行ってらっしゃい」
マリオが手を振ると、ココロはサニーの後ろに飛び乗って、大きく手を振った。
背負った運命も、不幸も、不安になるほど先の見えない未来へ進もうというのに、ココロは吹っ切れたように溌剌とした笑顔で、「行ってきます!」と元気よく拳を空へ突き上げた。
バイクは豪快に土煙を上げて走り出し、風のように遠ざかっていった。
行き先は『第0556コロニー』、両親の消息が途絶えた場所だ。
そしてココロはその場所で、あっさりと両親の痕跡を見つける。
見守っていたサニーから見れば、まるでそれは予定調和のようだった。
歩いたことも、見たこともない感染者だらけのコロニーで、ココロは何処へ行けばいいのかわかっているかのような迷いのない足取りでそれを見つけ出した。
ココロは父の残した写真が収められたケースを開き、それを手土産にして、帰路へと着いた。
あっさりとしたものだ。とサニーは思った。
二週間を過ぎ、三週間、一月と月日は流れ、ココロを乗せたバイクが『第0056コロニー』に着く頃には、既にココロの感染事故について口にする者は、誰もいなくなっていた。




