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ジャックが無線を飛ばす少し前、サニーは地下室を出て、自前の無線機を手に外へ出た。
感染者の監視義務を破るのは重大なルール違反ではあるが、ココロがマリオを感染させるとは思えないし、マリオからわざと感染するようなこともないと思えた。感染がかなりの速度で進んでいたとしても、ココロが自我を失うまで放置するつもりもない。
それよりも、こんな時に自分のような者が傍にいては邪魔になる。
サニーは足元に咲いた白い花畑を歩きながら、ステラやジョンの物と思われる墓石の前に立ち、不意に感じた人の気配に振り返った。見ると、そこには古ぼけたリュックを背負い、ツナギの上からボロボロになった白衣を着たリチャードが杖を突いて立っていた。
「リチャードさん……どうしたんですか? 荷物まで抱えて」
「もう中には居られないからね。あなたもそう思って外へ出たのだろう? いいのかい?」
監視のことだ。とサニーはわかって、自嘲気味に笑った。
「組織のルールには違反しているので、バレたら大目玉です。プロとしては失格ですね」
「そんなことはないさ、人の心と、人の作るルールは別物だ。そうだろ?」
サニーはリチャードの言葉に同調するように頷きつつも、言葉にはしなかった。
「ルールは大事です。それより、どこかへ行くんですか?」
「ああ、また旅に出ようと思ってね」
「……今からですか?」
「こんな時だからね。二人きりにしてあげたい。それに、ココロちゃんにはお別れを言った」
たしかに、今のココニ家に居辛いという気持ちはよくわかるが、今はコロニーから出られない。
「今は外へ出られませんので、よかったら後で宿までお送りしますよ」
「ありがたいが、遠慮しておくよ、遠くへ行きたいんだ」
「気持ちはわかります、すっごく」
「うん。それより、もう一人のお仲間は?」
「ああ、彼も怪我をしてしまったので病院へ、子供達から事情を聞く必要もあるので」
「なるほど、それは大変だったね。君は無傷なようだ」
「お陰さまで」
サニーが愛想よく笑うと、リチャードも口角をあげた。しかし、目は笑っていなかった。
どこか不気味な雰囲気で、サニーは目線を軽く逸らした。すると、無線が鳴った。
「ちょっと失礼します」
サニーはリチャードに背を向けて、応答した。
「はいはーい、こちらサニーです。凄いですね、今ちょうど連絡しようと思ってたところで」
そう言うと、無線機にジャックの声が届いた。酷く焦った様子で、早口な上に声が大きいせいで音が割れ、何を言っているか一瞬わからなかった。リチャードをどうしろとか、誰かを守れと聞こえた。
「……なんです?」
ボリュームを調整してもう一度聞くと、恐ろしい言葉が返ってきた。
『そいつがレクサーだ!』
耳を疑ったが、背後で聞こえた音に振り返ると、リチャードが銃のスライドを引いて銃口をこちらへ向けていた。
「あなたが、レクサー・セルン」
サニーがその名を呼ぶと、表情を閉ざしたリチャードが銃の引き金を絞った。パン、パンパン、と乾いた銃声が響くと同時に、腹や胸に衝撃を受け、踏ん張った足にも弾を撃ち込まれた。「熱っつ」とサニーは膝を突き、胸の傷口を手で押さえた。顔を上げると、リチャードは瞼を閉じ、深く深呼吸していた。
「久しぶりにその名で呼ばれた。残念だが、君達の席は用意していないんだ。君達は人として死ぬがいい。だがこれも彼女への手向けだ。一人で行かせるつもりもない、寂しくないように、友達も皆、一緒に送ってあげよう。そしてこの町は、黄昏に染まる」
「……なぜ、あなたが」
「感染者に帰る場所は無いという。けれどね、それは人の理だ。皆が同じ靴に履き替えれば、同じ土を踏めるんだよ」
レクサーは言うと、銃声に気づいて飛び出してきたマリオの困惑した表情に一瞥をくれると、サニーが乗ってきたトラックへ乗り込み、エンジンを掛け、町へ向けてハンドルを切った。
「サニーさん! おい、大丈夫か!? いったい何があった! リチャードが、彼がやったのか?」
駆け寄って来たマリオの手を借りて立ち上がると、サニーは大丈夫ですと歯を食いしばった。
「私のコートを取って来て下さい」
「どうするつもりだい、そんなことより病院だろう!」
「私は平気です。それよりコートを」
マリオは銃創を抑えるサニーの尋常ではない気配に戸惑いながら、不意に聞こえた鐘の音に頭を上げた。ガロン、ガロンと重たく響くその音は居住区の方から聞こえた。まるで警鐘のように、止まることなく鳴り続ける。
「屋敷の鐘か?」
「厳戒態勢の警鐘です。マリオさん、早くっ」
マリオは町のほうへ視線を固定されたまま、しかしサニーの指示に従って家へ駆け込んだ。
サニーは無線機を拾い、ジャックを呼び出した。




