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ココロぞんび  作者: キタビ
第十四話 八人目と九人目の
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 病院で手当を受けたジャックは、胸と右腕のギプスに窮屈さを感じながら、エルマー達が集められた病室へ向った。病室にはベッドが四つと、中央のテーブルにはビデオカメラが接続された古いブラウン管テレビが置いてあり、パイプ椅子に腰掛けたクリアが組んでいた足を下ろした。


「ジャックさんに、見てもらいたいものがあります」

「こんな時にホラー映画か?」

「映画ならよかったんですけど」


 ジャックがテレビの脇に立つと、クリアはビデオを巻き戻し、最初から再生した。

 ビデオはココロ達が帰らないと知ったマリオが自宅で見つけたもので、手がかりになるのではと提供された。ビデオカメラの出所と、今までの経緯を知らないはずはないランセットも、四人が外で何をしていたのかの説明と、廃工場の場所の情報を提供してきた。

 ジャックはテレビに映し出された、映画なんかよりもずっと衝撃的な映像に溜息を漏らした。

 正直、度を越した悪戯をする子供は何人も見てきたが、このコロニーの四人はレベルが違う。

 同席したクリアも、ココロ達が感染者の研究をしていた事実を知って言葉がなかった。

 何度もテープを巻き戻して見るのは、現実である実感がなかなか湧かなかったからだ。


 ただし、『サンセット事件』をきっかけに始動したこの研究がこの事態を招いたことは、納得せざるを得なかった。馬鹿げていても、エルマー達の感染者に対する好奇心や疑問はしごく真っ当で、動機自体も人として立派なものだ。周りの大人達の価値観や環境が違えば、そのエネルギーも正しい方向へと導かれただろう。しかし、無駄に回るおつむと行動力、感染者の脅威に関して疎いコロニー環境が最悪の噛み合わせになり、今回の事態へ発展させる土台となったのは言うまでもない。


 イヴと呼ばれる感染者の少女が映し出される間、エルマー達は視線を逸らした。

 微かに入っているココロや自分達の暢気な笑い声すら聞きたくないはずだ。

 この感染者とエルマー達の距離感が危ういのは見てわかる。そこには友情のようなものすら感じられるが、ジャックには一方通行のまやかしにしか思えなかった。

 ビデオが止まると、クリアは椅子の向きを変え、ジャックもエルマー達に目線を送った。

 ベッドに座るエミリは抱えた膝に顔を伏せ、テムは目線を泳がせながら爪を噛み、エルマーは貧乏揺すりをしながら、床を睨みつけていた。


「それで、あの娘はなんで感染した。何処で噛まれた」


 問題は、ココロが感染者になった経緯だ。

 そう訊くと、一部始終を知っているエミリがぽつぽつと、消え入りそうな声で答えた。

 要約すると、ココロの滑落後、心肺蘇生を繰り返していたエミリが放心状態だったのは、ココロが感染することを意図的に防がなかったことにあるようだった。

 出血多量に重症、普通ならただ何も出来ずに手を拱いているような状況で、エミリはココロを感染者にすることを決断した。イヴと呼称する研究対象だった感染者、今回の事件を引き起こすきっかけとなったその個体が、意識を失ったココロに興味を示して近づいた。それを危険だと判断したエルマーの予感を、エミリは逆の意味に捉えた。

 その事実を知ったエルマーは立ち上がり、膝を抱えたエミリを睨みつけた。


「……エミリお前、ココロをわざと感染させたのか」


 エミリは耳を塞ぐように頭を抱え、目を見開いたまま涙を流した。


「だってココロちゃん、どんなに頑張っても、どんなに繰り返しても目を覚ましてくれなくて、手の中でココロちゃんが居なくなっていくのがわかった。消えちゃうんだよ、あの子が、私そんなのイヤで」

「だからって、それで解決するのかよ! あいつが感染者になったら――」

「――だって、私はココロちゃんにもう一度目を覚まして欲しかったんだもの! もっと話したいことも、一緒に行きたいところだって。そしたら、イヴがココロちゃんを見てたの。私、エルマーくんの気持ちだってわかってたんだよ。ココロちゃんが目を覚まさなかったら、一番悲しむのはあなただって知ってたもの、だから私は」

「俺の気持ちって」

「感染すれば、きっとココロちゃんは目を覚ましてくれる。それで、特異体になったら、全部が元通りにならなくたって、また一緒に居られるって思ったの、それ以外に、何も浮かばなかったの!」


 エミリは堰を切ったようにわんわんと泣き出した。

 壊れてしまうんじゃないかと思えるほど大きな声で、溢れる涙を掌で拭い続けても涙は止まらない。クリアも心情をダブらせ、両目を手で覆った。そんな風に、エミリやテム、クリアが声を枯らして涙を流すなか、エルマーは瞼を閉じずに、何度も唾を飲み込みながら、歪む景色を見つめ続けていた。


 どうにもならない。どうにもできない。

 自分達で踏み込んだ世界と、その大きすぎる代償に、後悔するしかなかった。

 しかし、泳いだエルマーの目は、静観していたジャックに留まった。


「――そうだよ。ぜんぶ、ぜんぶあんたらアンティコパが悪いんだ」

「エルマーくん、何を言うんですか。やめさない」


 クリアは涙を拭って、興奮して息を荒げるエルマーの肩を掴んだ。


「やめるもんか、これだけは言わなきゃ気が済まない。ココロがイヴを助けようって言い出したのは、あんたらアンティコパが来るって知ったからだ! あんたらが来なけりゃこんなことにはならなかった。俺達はもう実験を切り上げるつもりでいたのに、あんたらが来たからっ――!」


 激情に駆られたエルマーを、クリアは平手で叩いた。

 なぜ自分が叩かれたのかわからない、そんな表情でクリアを見たエルマーは、途端に惨めで情けない気持ちになった。


「馬鹿なこと言わないで、お願いだからやめて、これじゃあなたたちが傷つくだけ――」


 傷つけたいんだ。とエルマーは胸の内で叫んだ。

 自分が悪いことなんてわかってる。わかっているから、自分が許せない。

 畜生。という気持ちに胸を満たされて、エルマーは嗚咽を漏らしながら涙を流した。

 クリアはエルマーを抱きしめることしか出来なかった。

 そんな光景はジャックにとってはありふれていて、エルマーの言い分にすら納得も出来た。

 自分達が来なければ、たしかにこんな大事にはならなかっただろう。

 だがそれは、『死化デッドアウト』の標的にされていなければの話だ。なんにしても、自分達がどう言われようとも、ジャックには聞き捨てならない言葉が一つだけあった。


 ――特異体になったら。


 そんな知識、いったい誰に吹き込まれた。

 それがなければ、この四人はこんな馬鹿げたことも考えなかったかもしれない。


「おい娘、お前なんで特異体なんて知ってる」


 ジャックは焦燥感を覚え、不細工な泣き顔を見せたエミリの肩を乱暴に掴み、もう一度聞いた。


「答えろ! 何でお前ら、特異体なんて言葉を知ってるんだ、どこで聞いた」

「……ココロちゃんが」怯えた表情でエミリは答えた。

「あの娘が?」

「違う。ココロがリチャードって爺さんから、教えてもらったんだ。特異体のことも、変異体のことも、マンイーターのことも。あんたたちアンティコパのことも――」


 エルマーが涙を拭いながら、エミリの代わりに答えた。

 ジャックはエミリの肩から手を離すと、窓の外へ目をやり、何か引っかかると眉間に深い皺を作った。


 気持ちが悪い、この違和感はなんだ。


 リチャード・ロウという名前に覚えがある。


 何処だ、とジャックは記憶を探った。

 会ったことがあるのか、見たことがあるのか。

 脳裏を巡る記憶の中で、そのどちらでもない、ある人物が口にしていた言葉を思い出した。

 まだジャックが独り立ちする前、推薦者であり、師である男が、名もない死体に向けて言った。


「あー、リチャードさんだな」

「リチャードさん?」


 ジャックが冗談めかして知り合いなのかと訊くと、違う違う、と男は笑った。


「大昔の名残で、リチャード・ロウってな。身元のわからない遺体に付けられてた名前なんだ。ジェンドゥとか、ジョンドゥってのもある。名前がないってのは、色々不便だからな」


 ジャックははっきり思い出し、このコロニーへやってきたリチャード・ロウが、偽名である可能性を強く感じ、最悪のシナリオが頭に浮かんだ。


「おい管理人、無線機はどこだ」

「私のなら車に」

「リチャードって男はあの娘の家に居るって言ったな、家は東だな?」

「はい。居住区を抜ければ、丘に家があるのですぐわかると思いますけど」

「お前は今すぐ住民に外出禁止令を出せ! 家から一歩も出すな! それと車の鍵、銃も出せ!」


 ジャックは痛む肋骨に顔を顰めると、クリアが慌てて出した鍵と銃を奪うように取って階下へ急いだ。その慌てぶりに何かを察したクリアも病室を飛び出し、病院の電話を使って屋敷へ繋いだ。

 マンイーターや変異体に関しての知識くらいは常人でも調べれば辿り着くが、特異体に関しては一部の人間しか知りえない。詳細な資料も、中央やバングズマンの資料室に残っている程度で、一介の旅人が持つ情報じゃない。何より、エルマー達にアンティコパについての知識を授けたとして、それが自分達の行動パターンについてならなおのこと。


 リチャード・ロウなんて人物は、そもそも存在しない。


 今まで大人しくしていたのは、アンティコパが二人現れたのに気づいて様子を覗っていたのかも知れない。潜伏先がココロの家なら、今の状況もサニーを通して筒抜けになってる可能性がある。外で遭遇した特異体が自分達を潰すのに失敗したと知れたら、最悪次に狙われるのは住民だ。

 そうでなくとも、無警戒、無防備な態勢のサニーは間違いなく狙われる。

 ジャックは病院を飛び出すと、クリアの車のドアを乱暴に開き、助手席に置かれた無線機を掴んで呼び出し続けた。


 出ろ、出ろ、早くしろこのノロマ。


 念じると、間抜けなサニーの声が返ってきた。


『はいはーい、こちらサニーです。凄いですね、今ちょうど連絡しようと思ってたところで』

「おいガスマスク! 今すぐリチャードって男を捕えろ! いや、そこの住人を守れ!」

『……なんです?』

「そいつがレクサーだ!」


 そう無線機に叫ぶと、返答がなくなった。「おい、聞こえてんのか!」と叫ぶと、サニーの声の代わりに音の割れた炸裂音が返ってきた。銃声と気づいて、もう一度無線で呼びかけたが応答がなかった。


「あいつ」


 ジャックは車に乗り込むと、エンジンを始動し、アクセルを踏み込んだ。

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