第8話 初めてのキスはうどんの味がする
第8話 初めてのキスはうどんの味がする
シンレイが俺を抱きしめてくれる、俺を好きだと言う。
俺はびっくりして、泣くのを忘れてしまった。
「シンレイ?」
「言さんはすごーくカッコ悪くて、情けなくて、ヒゲでデブだから好き。
初めて会った時の言さんはカッコつけてるし、すごーくやなやつだから嫌い。
再会してからの言さんは面白いし優しいから断然好き、すごーく好き」
…そういう意味ですか、ちょっと期待してしまったじゃないか。
「うどんとか、カップ焼きそばとか、コンビニのお弁当とか、菓子パンとか、
美味しいもの食べさせてくれるから、言さんはすごーくすごーく好きだよ…」
「アホお、そんなもんで満足すんなや…」
俺はようやく笑った、それと同時に申し訳ない気持ちになった。
あんな物で満足して、こんなに喜んでくれているなんて…。
もっとちゃんとした物を食べさせてあげたい、そう思った。
「まずう」
みそ汁に口をつけたシンレイは、顔を梅干しのようにくしゃあとしかめた。
「ごめんな…俺、外食ばっかしとったから、料理はあんまりな…」
「あのうどんはあんなに激しく旨かったのに…なぜだ言さん」
「ああ…あれはなあ、粉んうどんだしっちゅうもんがあんねや。
そこにうどん玉放り込んだだけや、料理んうちん入らん」
シンレイにメシを作ってみたが、逆に自分の生活能力の低さが露呈しただけだった。
ごはんは半分お粥と化し、魚は炭化し、みそ汁はしょっぱいだけで味に深みがなかった。
シンレイは「まずう」、「まずう」と顔をしかめながらも、俺の作ったメシを完食した。
「そんな、まずいんやったら残したらええのにい…」
「えー、だって言さんが作ってくれたメシだよ? 超無理してでも完食したいじゃんか。
言さん全然料理しないのに作ってくれた、その気持ちが嬉しいじゃんかよ」
料理のまずさにまだ微妙な顔をしている彼女に、胸がきゅうとなった。
…可愛い、なんと可愛いのだろう。
こんなに可愛い女など、今まで見た事がない。
今までに付き合ってきた女、抱いた女とは比べ物にならない。
俺はこの可愛い人を殴ってしまったのだ。
拳を固めて、何度も何度も…。
あの日の思い上がりが今となってはただただ恥ずかしい。
夜はたいていバイトで、シンレイも俺のふとんを独り占め出来るが、
休みで夜も家にいる時はさすがに困った。
「太〜い! 太〜い! デブのお腹最高、あったかくてふかふかして気持ちいい〜」
シンレイはすっかり太くなった俺の腰を抱き、その腹を撫でながら隣に寝たがる。
そうやってそのまま寝込んでしまうから、俺はいよいよ困ってしまう。
「あかんやろ、そんな気持ちになってしまうやろが」
「そんな事どうでもいいね、私は…。
言さんが隣にいてくれる、言さんの体温を感じられる、それだけで私は安心して眠れる」
「…俺はしたいんやけど?」
安心して眠れるのは
俺はふとんの中で腹の上を遊ぶシンレイの手を取って、もっと下へと導いた。
「わ、言さんキモ! ぶりょぶりょ動いてる! キモお!」
シンレイは「キモお」、「キモお」と笑って言いながら、手でおもちゃにするだけだった。
「続きはしてくれへんのか、処女じゃあるまいし…」
こいつひょっとして男とした事ないんだろうか、いやそんな訳ないだろ。
シンレイほどの美しさならまず、男が放っておくはずがない。
「私はね、いっぱいしたからもうお腹いっぱいなんですう」
「あ…そ、そうなんや」
そうだよな、初めてな訳ないもんな…ちょっとがっかりしている俺がいる。
「あ、言さんがっかりしてる! …ねえ、したげよっか?
私の初めて、ちゃんと大事にとってあるよ…」
「何をや、そんな安うして欲しないわ」
「えー」
「するってもっとこう、なんちゅうか…」
この俺がそんな事にこだわるなんて、この俺が。
シンレイ曰く俺は「カッコつけてるやなやつ」らしいからな、性も実に自分本位だった。
自分が一時の快楽を得られさえすれば、もうそれだけでよかった。
相手の女の都合などどうでもいい、妊娠させても知らん振りを決め込んだ。
最悪逃げ切れなくても堕ろさせればそれで良し、それで死んでも一切関係ない。
女は性の奴隷、それ以上でもそれ以下でもなかった。
そんな俺が今は…。
「…大好きや、愛しとる、大事に思もとる…。
それを身体でせいいっぱい表現するためにするんやないか…」
そこまで言うと、俺の口は突然柔らかな物に塞がれた。
シンレイが俺の上に身を乗り出して、キスをしてくれていた。
「私、初めて自分から男の人にキスするよ…ずっとずっと大事に取ってあった。
いつか大好きな人と自分の意思で、自分からするために」
「シンレイ…!」
「初めて出会った時の声優だった言さんはすっごいやなやつで、ううんと嫌いだったよ。
でも再会した前科者の言さんは痛みを知った、優しくなった。
うんとうんと大好きになった…」
シンレイは甘く微笑み、それからもう一度自分の唇で俺の唇を塞いだ。
俺も目を閉じた、腕を彼女の腰に回して。
「…言さんのキスはさっき食べたうどんの味がするう」
「うどんとか…ムードぶち壊しやん」
「ううん、美味しい…うどんのキス、旨あ…」
俺のキスをシンレイは貪るように味わっていた。
キスを一旦止めて、俺は彼女に聞いた。
「シンレイ、うどんの味がする前科もんのデブは好きか?」
「大好きだよ、うーんと好きだよ…」
「ならもっとデブん脂肪を味わってみいへんか、デブん肉に包まれてみたないか」
「ほんと? いいの?」
「かまへんよ…」
「うどんの味がする前科もんのデブ」なんて、そんな口説き方あるかよ。
女を口説く時は、もっと都会的でスマートなやり方をしていたはずだったのに。
今度は俺が上になった。
身も心もシンレイに落として、揺れながら深く深く沈んでいった。
うどんがつゆの底で色を染めて、ふやけた身体に味を吸い込むように。
俺はシンレイの中で一本のうどんになった。




