第7話 黒いクレジットカード
第7話 黒いクレジットカード
「娘が高岡さまのところでお世話になっていると聞きました。
もうお気づきと思いますが、娘は人よりはるかにたくさん食べます」
「あー…確かに」
シンレイの母はくすりと笑った。
身体の内部は女かも知れないが、見た目は完全に男だ。
しかも現役時代の俺より、明らかにいい男だ…。
「どうかこのカードをお役立てくださいまし、娘が高岡さまの許でお世話になると言うならば、
母として相応の事はさせてくださいまし。
シンレイはお金に無頓着なので、高岡さまに持っていていただきたいのです」
「…わかりました、このカードはシンレイのために使わしてもらいます」
「まだしばらくは東京におりますが、私もいずれ本国に戻らねばなりません。
ふつつかな娘ですが、どうか娘をよろしくお願いいたします」
シンレイの母は深々と頭を下げた。
…これがシンレイの母か、なんと見事な人なのだろう。
マンションまでの帰り道にシンレイの母は、シンレイが養女である事、
社会的には男性なので夫とは事実婚である事、
その夫が大層太っている事、だからシンレイは太った人が好きなのだという事、
シンレイを養女に迎えたのは、夫婦で決めた事など、
家庭の事情をあれこれ話してくれた。
だが、シンレイが夫婦の前に現れるまでの経緯は聞けなかった。
家に帰ると、シンレイが俺のふとんで大の字になっていびきをかいていた。
眠っているというのに、そのお腹がぎゅうぎゅう言っている。
「シンレイ、お前のおかんに会うたど」
持って帰って来た焼肉弁当を出してやる時、俺はシンレイの母の事を話した。
「ほんと? うちのママいいでしょ? 私の自慢のママなんだよ」
「確かにな…いろいろとすごい人やったな、お前のおかんは」
「それでママは何て言ってた?」
「お前の事をよろしくされてしもたわ、それにお前の生活費も預かっとる」
シンレイは頬を焼肉弁当でぱんぱんにしながら、目を見開いた。
「それってさあ…私、ここにいてもいいって事だよね? ふおお!」
「お前の面倒は当面の俺の仕事やて思うことにしといたる」
「むひょ」
俺の出っ張った腹肉をむぎゅうとつまみながら、シンレイは嬉しそうに目を細めた。
…だめだ、愛らし過ぎる。
「やめんか」
「やだ。言さんもっと太ってよ、うちのパパみたいにさあ。
うちのパパなんか超デブでさ、触るとあったかくて気持ちいんだよ…デブ最高」
「嫌や、そんなん」
腹肉をつまんでいたシンレイの手が伸びて来て、俺の首筋にそっと絡み付く。
「…ずっとここに置いてよ、言さん」
「何で俺が…」
「私をどこにもやらないで、ずっと離さないで…」
驚いたね、シンレイにこんな甘い台詞が言えるなんて。
そういう気持ちになってしまうだろが、いいのかよ。
「お前が俺の女になる言うんならな…どや、なってみんか?」
「えっ…それは断る」
シンレイは俺の提案を真顔で断った。
「断るんかい…なんでやの、ずっとそばにおるってそういう事やろが」
「それはもちろんずっとここにいるために、理由はそれだけ。
だから言さんの女にはなりません〜ふふ、何だこれは…」
俺の脚の間の出っ張りを、シンレイは膝で突いた。
「無様な格好だな、言さんは面白いよ」
「何が面白いねや」
シンレイは膝を立てて、脚の指で同じところをつかむようにして踏む。
彼女の足先は女によくあるように、ちっとも冷たくはなく、
ズボンの生地を通して熱さが伝わって来るほどだった。
…息が乱れて来る。
視線の先で色褪せたイケメン声優が微笑んでいる。
見るなよ、こんなところなんか。
こんなしわくちゃで、ヒゲも伸び放題で、汚くなった男なんか。
おでこも後退し、だらしない生活で太って、方言も丸出しの、醜くなった男なんか。
女の足に下着を汚しながら、息を乱して、せつなく呻く姿なんか。
情けない…情けなくて涙が出そうだ。
誰よりもイケメンだとずっと思ってきたのに。
女なら全員、俺の思い通りになると信じて疑わなかったのに。
俺が誘わなくても、女の方からしがみついて泣き声をあげてくれるはずだったのに。
それが今は女から足蹴にされて、そこに興奮して、脂肪だらけの身体をよじって、
ぶひょぶひょと豚のような醜い鳴き声をあげている。
「わ、言さん汚ーい! ぬるぬるするう!」
シンレイの楽しそうな声に、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
これがカレンダーの中のイケメン声優の末路か。
かつて女たちを虜にして来た渋めのイケメンボイスではなく、
嗚咽が喉から漏れ出し、俺は声をあげて泣いた。
「言さん、なんで泣いてんのさ、言さん」
大の大人が突然泣き出したのだ、シンレイは不思議そうな顔をしていた。
大きな目をくりくりさせ、それから彼女は目を閉じた。
「泣くなよ、言さん」
シンレイの白い手が伸びて来て、涙に濡れた頬にそうっと触れる。
「だって、こんなかっこの悪い…!」
俺はそこまでやっと言うと、また声をあげて泣いた。
するとシンレイの腕が背中で交差した。
「言さん…私は言さん好きだよ」




