表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猪可以飛  作者: ヨシトミ
36/40

第36話 毘沙門天

第36話 毘沙門天


敵の皮膚の下にある頭蓋骨が割れ、脳漿と血液が飛び出す。

それらを浴びながら、俺はどんどん醒めてしんと研ぎ澄まされて行くのを感じた。

敵はもう死んでいる、それでも俺は攻撃をやめる事はなかった。


「言さん、敵もう死んでるって…!」


上杉が俺の背中にしがみついて、必死に止めようとしていた。

俺はそんな上杉の手を振りほどくと走り出した。

戦いのある方向へ、戦いのある方向へ。


「げっ、高岡くん…?」

「高岡さんだめです、ここはかたぎの来るところじゃないす!」


武田のじいさんや山本さん、上杉の家の者たち、シンレイの仲間たち…。

黒社会のやつらが俺の参戦にぎょっとしていた。


「殺す…」


俺には彼らが見えなかった。

敵の姿しかもう見えなかった。

俺は殺戮の機械になった、人の心は置いて来た。

外す気はしない、俺は立て続けに銃をぶっ放した。

撃ち尽くしてしまうと、銃を捨ててナイフに持ち替える。

…先ほどの上杉のように。

上杉、お前の続きは俺がやってもいいか?


奪った女の彼氏、捨てた女に惚れてる男…。

天狗を続けて来た男だ、喧嘩慣れはしている。

天狗は天狗であり続けるために、それなりの理由がある。

そして日本の極道はその延長にある。

声優だった豚でも十分に戦える。


敵がまとめてかかって来ても、俺は引く事もなかった。

路面に転がる敵の死体が握る日本刀をそっと抜いた。

日本刀など使った事は無い。

でも今なら使える、身体が動いてくれる。

俺は武田のじいさんら、上杉の者が戦う集団から飛び出し、

刀を構えて敵の集団に向かって突進した。

弾と雪がごっちゃになってもう見分けもつかなかった。

…でも当たるかよ。


「…上杉…」


さっきのお前が俺の中でよみがえって来る。

上杉、お前はあの時戦神を見たのか?

俺も見たよ、戦神ってのを…左目しかない隻眼のだらしない女だ。

俺とお前の毘沙門天だ。


敵の群れが俺を愛のように包み込む。

俺は敵中を舞った。

蕾がほころんで雪の中に赤い花が咲く。

花の命は短い、たちどころに散り落ちていった。

俺も力尽きた、雪の路面に倒れ込んだ。


「…お疲れ、言さん」


俺の顔にかかる雪を影が遮った。

上杉が跪いて俺の背中に手を回し、抱き起こして頭を自分の肩に乗せた。


「どや上杉、俺の初陣は…」


俺はにいと笑っておどけてみせた。


「見事だったよ、惚れ惚れするぐらい。でもまだ初陣だ、無茶はするな。

言さんには先がある…心はもう決めたのか?」

「決めたで…近々シンレイのおかんに会いに行く」


上杉は白い夜空を見上げ、目を閉じた。


「…そうか」


雪ひらが入ったのか、涙なのか、その目は濡れているように見えた。



それから俺と上杉は武田のじいさんらと合流し、

その夜は上杉の家で傷の手当てを受けた。

武田のじいさんは居間のこたつで「甲陽軍鑑」を開き、この戦いの事を記していた。


シンレイの亡骸は台湾伊家の者らが回収し、日本で荼毘に付された。

葬儀は台湾で行うとの事で、シンレイのおかんが遺骨を引き取りに来日した。

俺は彼女の泊まるホテルを訪ねた。

今日はシンレイの婚約者としてではなく。


「高岡さまから訪ねてくださるとは嬉しい事…」


シンレイのおかんの部下に案内されて会った彼女は、にこやかに迎えてくれた。

俺はシンレイの死について聞かれるまま話し、その上で土下座をして詫びた。

彼女はおやめくださいと、すぐに俺の身体を抱き起こした。


「…シンレイは任務を遂行したまでです、私がそう命令したのですから」


スイートルームのゆったりとしたソファに再び身を沈め、シンレイのおかんは冷たく言った。


「ご存知の通り、あの子は一般の娘ではありません。

台湾黒社会の、台湾伊家の構成員にございます。

あの子自身も、寿命を全う出来るとは毛頭考えてはおりません」

「でも伊さん…」


可愛がっていた娘が亡くなったと言うのに、なんと冷たい母親なのだろう。

これが台湾伊家の角頭か…。


「話は変わります。高岡さま、あれからお心は決まりましたか?」

「えっ…」

「シンレイは亡くなりましたが、私どもと一緒に台湾伊家で働いてみませんか?

武田より、初陣とは思えぬ戦いぶりだったと報告を受けております。 

今日は是非ともそのお答えをいただきたい。

高岡さまもそのおつもりで、私を訪ねてくださったのではございませぬか?」


シンレイのおかんはいたずらっぽい視線を俺に流した。

…やはり彼女もそのつもりだったか。


「はい、さすがわかったはる…なら話は早い」


俺はコートのポケットを探った、その答えを提示するために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ