第34話 白雪
第34話 白雪
「美映子…!」
「シンレイ!」
「言さん、覚えてる? 猪可以飛…豚は飛べるっての」
シンレイは応戦しながら言った。
「…言さんは飛べる、私が豚の言さんを飛ばしてあげる。だから行って…!」
俺は身体を起こして上杉の手を引いた。
「シンレイ…」
「早く! 行って!」
「美映子!」
「私はお金の管理も出来ない、料理も出来ない、お風呂も嫌い、頭も悪い、
私に出来る事はこれだけ、身体を張る事だけ…早く!」
シンレイの肩に銃弾がめり込む。
彼女を置いて行きたくない、でも…。
「おおきに…!」
俺は上杉を連れて走り出した。
俺の手に引かれながら、上杉が後ろを振り向いて涙を流す。
「美映子! 美映子…!」
「上杉…後ろ向いたらあかん、シンレイの気持ちを無駄にしたらあかん…」
ちらほらと退屈そうに舞っていた雪は、密度を増して視界を白く遮るようになっていた。
俺たちは建物伝いに、安全なところを求めて雪の中を走っていた。
それでも時々は通りに出て渡らねばならない。
シンレイがしていたのを真似て安全を確認し、道路に出る。
すると、俺たちの前方に車が滑り込んで進路を塞いだ。
男たちの一部であろう追っ手も追いつき、俺たちは囲まれてしまった。
「その肥えた身体ではそう遠くへは行けまい…商品を返してもらおうか。
お前は何者だ? 淑子と美映子の何だ? 上杉の者か?」
「俺か? 俺は高岡言…声優をしとったただの豚や」
「その豚がなぜ彼女らを助ける?」
逃げられない、俺はそう悟った。
「…豚やからや!」
俺は服の間から素早く拳銃を抜き、発砲した。
上杉も家から持ち出した拳銃を、コートの内側から抜いて発砲する。
「上杉…お前!」
確か武田のじいさんが、上杉はあまり戦えないと言っていたはず…。
「見くびるな、言さん…これでも上杉の人間だ、銃ぐらいは扱える」
「なるほど…」
徒手格闘となると力負けするって事か。
まったく戦えない訳ではないのか…銃撃戦ならば力のない上杉でも戦える。
上杉の射撃は精度が高い、敵の急所を最短で突く。
外すことはない。
これは力のない上杉だからこその戦い方だ。
幸いにも弾薬はシンレイから豊富に受け取っている。
俺が前で乱射のように切れ目無く発砲し、敵の動きを封じた。
そこを後ろから上杉の高精度な射撃でとどめを刺す。
俺たちは敵を圧倒し、あっという間に全員倒してしまった。
「…やるじゃんか。武田がひょっとしたら言さんは、戦えるんじゃないかと言っていたが…」
「喧嘩も殺しも日常茶飯事…そういう育ちや」
「そりゃ確かに上杉も台湾伊家も見初めるはずだ」
倉庫街をぐるぐると走り回っていた俺たちは、いつの間にか近くまで戻って来ていた。
元いたところ、シンレイと別れたあの場所に。
「行くで上杉…」
「美映子…無事だろうか」
俺たちはまた建物を伝ってあの場所へと移動した。
海を背にした倉庫と倉庫の間は、真っ赤に染まっていた。
人の死体が幾重にも折り重なっている。
まだ息のある者があるのか、その山の下からうめき声が聞こえる。
「うう〜ん…」
その声はふにゃふにゃと間抜けており、だらしなかった。
シンレイの声だ…!
「シンレイ!」
「美映子!」
俺と上杉で山をかき分けてシンレイを探し出すと、その足を持って引きずり出した。
風呂に入れる時のように、上杉から引きはがす時のように。
「…勝ちましたあ〜」
シンレイはそう言うが、傷だらけで出血が多かった。
助けは来れない、武田のじいさんもシンレイの仲間も皆戦っている。
黒い革のコートが血に濡れている。
降る白雪もシンレイの身体の上で赤く染まり、積む事なく消えていく。
上杉はシンレイの頭を膝に乗せ、その頬を撫でながら涙をこぼした。
「美映子…ごめん、ごめんね…」
「とし姉ちゃん…」
上杉の隣で俺もシンレイの手を握って泣いた。
こうしてちゃんと握ってみると、その小ささを改めて感じる。
この小さな手が銃を握り、戦い、俺たちを守ったのだ。
「シンレイ、しっかりしい…死んだらあかん」
「言さん…」
「結婚やのうてんええ、俺ら…三人で暮らそな、今度はずうっといつまでも、いつまでも…」
上杉も泣きながら俺の言葉に何度もうなずく。
「美映子、私がごはん係するよ…毎日が『軍神お手製』だよ」
「…ほんとにい? 私、『軍神お手製ちらしずし』食べたい。
『軍神お手製カレー』もでしょ、肉じゃがも旨あ〜、それから、それから…。
時々は言さんの素うどんも…今でもあの旨さ、忘れられないよ」
「…作ったる、作ったるから」
その時赤く濡れた雪ひらが俺と上杉の頬に降って、優しく撫でた。
シンレイの手だった。




