第21話 友人の裸体
第21話 友人の裸体
「もし安全ならそっちでよろしく頼む。こっちは危ない」
武田のじいさんはそれだけ言って、通話を終了した。
もう一件電話を、シンレイに。
「あ、そのキモい声は…言さん! どうしたのさあ、今こっちはママと車で移動中だよ」
「お前のとし姉ちゃんが帰って来たで、うちで保護するけどええか?」
「マジ? 私も早く帰れるようにするう! 言さん、うんとうーんととし姉ちゃんをおもてなししてね。
私が帰るまで絶対帰しちゃだめだよ?」
「わかった、それとおかんに代われるか?」
俺はシンレイのおかんと電話を代わってもらい、帰国を延ばさせて悪かった事、
上杉の発見と保護したい旨、それから上杉の自宅が襲撃されている事、
上杉が負傷して発熱しているので、医師をよこすか病院に運んで欲しい事を話した。
シンレイのおかんはありがとうと、医師と応援をよこす事を言って通話を終了した。
電話の後、俺は風呂を洗って湯を張った。
上杉の家では準備万端だったのに、まさか何の用意もないうちで保護する事になろうとは。
「上杉、起きれるか?」
俺は寝ている上杉の頬を軽く叩いた。
上杉はそっと目を開いて、「うーん」と唸った。
「お前はうちで保護すんで、家は危ないて武田のじいさんが言うとった。
シンレイもなるべく早く帰るようする言うてた、狭いけど我慢してほし」
俺は上杉を抱き起こすと、レンジでぬるめに沸かした麦茶のカップを口に近づけた。
上杉はこくこくと静かに麦茶を飲んだ。
「言さん…」
ようやくまともに口を聞いてくれた、それだけの事がこの上なく嬉しかった。
上杉はそんな俺をふふと笑った。
「どうした、まるで恋人と喧嘩した男みたいな顔してる…情けない」
「アホ言いなや…俺もシンレイもお前の事めっちゃ心配しとんねんで。
シンレイなんか俺が止めてん、前ん出るう、前ん出るう、言うて聞きやせんかったんやで」
「美映子が…? 美映子らしいな、一緒にいた時もいつか絶対仕返ししてやるって、
ぷんぷか怒って鼻息をふがふがさせていたよ」
台所と風呂場についた給湯器が、「お風呂がわきました」と高らかに宣言する。
「風呂沸いたで、入れるか?」
「…手伝ってくれるなら。ちょっと身体がきつい、でもこのままの状態ではいたくない」
「わかった」
着替えはなかったので、俺の服とシンレイの下着を引っぱり出して来、
上杉の身体を支えて風呂場の椅子に座らせた。
汚れた髪を洗ってやり、傷にしみないようそっと身体を流してやる。
「言さん慣れてるな」
「シンレイでとっくに慣れてしもた。あいつは俺が入れたらんと、ろくに風呂も入りよらん」
「あ、やっぱり? 俺も美映子のお風呂係だったから」
そう笑う上杉の胸は男と同じように、手術で平らにしてあった。
でも骨格まではそう変えられないし、上杉の場合は性転換もまだ途中だった。
背はあっても身体のパーツの小ささや細さは、生粋の男とは全然違う。
当然だが外性器も露出する事はない。
「…珍しいか、おなべの裸は」
「あ…ごめん、つい」
「いいよ、見ても…でもね、恥ずかしいから女の美映子には見られたくないんだ。
男に見られる方が慣れてる。女の裸は男に見せるためにあるし、俺は女だったから…」
この友達の裸体もまた商品だった。
上杉は女である事を捨てて男になった今でも、商品だった過去は拭いきれていない。
「…犯られたんか?」
「それも日常茶飯事、こんな中途半端な身体でもあるべき物はあるのさ…」
そう言って、上杉は脚を開いてうつむいた。
「見て欲しい…これが俺の正体だって知って欲しい。
俺はお前みたいに外に出っ張って、興奮に股を膨らかす事は出来ない。
あるのは内へと凹んで、男を受け入れ、子を宿すための器官しかない」
ここで目をそらすのは失礼だろう。
俺は上杉悠一という男の脚の間を見た。
そこは普通の女と何ら変わりはなかった。
でもこれが上杉の悲しい歴史なのだ、おやじさんが彼を男にした理由がよくわかる。
今まで一体何人の男に犯されて来たの、一体どんな事をされて来たの、
そのたびに一体どれだけ傷ついて来たの…。
「言さん、俺とするか?」
上杉は不意にとんでもない事を言い出した。
俺は彼の膝に手を置いて、首を横に振った。
「おやじさんがおるやろが」
「ばれなきゃわからないさ、それに…おやじさんも美映子も許しそうな気がする」
「誰が許してん、俺ん心が許さへん。そやから俺はせえへん…!」
そんな悲しい事言うなよ。
上杉、お前は商品なんかじゃない。
涙がこぼれて上杉の濡れた膝にぱたりと落ち、シャワーの湯と一体化して消えて行った。
「今、お前の弱みにつけこんで、欲望のまますんのは簡単や。
でもそれじゃあかんねや、俺自身そんな男やったからわかんねや。
するてどういう事かシンレイが教せてくれた、でもお前はそういうのんとはちゃうねん」
「どう違う? 目の前で裸の女が誘ってる、同じだろ」
「ちゃうねん上杉、ちゃうねや…!」
俺は泣きながらかぶりを振った。
「お前とは愛とか身体の関係とか、そんな簡単な事で片付けたくないねや。
いつか歳取ってお前が先死んだら、俺が骨を拾いたいねん。
俺が先死んだら、お前に俺の骨の一番大事なとこを拾うてもらいたいねん。
お前にとっての俺が、最初にして唯一の友達言うんなら、
俺はお前に一生の人でおって欲しいねん…」
「一生の人…」
恋でも愛でもなく、でもそれ以上に強く深く。
「…最初で最後、一生にひとりだけの人や。
そこに男も女もあらへん、お前はもう売りもんやなんかない。
俺の一生の人、俺がそんな風に思う人はお前しかおらへん
誰を何人恋してん愛してん、上杉、お前はお前しかおらへん」
シンレイは俺に恋の神髄を、愛の何たるかを教えてくれた。
でも上杉、お前は…。




