第四話 憧れを追って
ラルドとロイの努力が実を結び、とうとうフィレンへ行けることが決まった。
当日の朝、二人は夜明け前に家を出て、フィレンに向かう乗合馬車に乗り込む。
大公夫妻を一目見ようというヒトが多いのだろう。まだ早朝だというのに、馬車の中はすでに多くの乗客で賑わっていた。
「ねっみぃ……」
目を擦りながらロイが呟く。
前日は早めに寝ようと約束していたのだが、どうやら興奮して眠れなかったようだ。
「近くなったら起こすから、少しでも寝たら?」
隣に座るラルドがそう言うと、ロイは「おう……」と応え、すぐに眠りに落ちた。
野を進み森を抜けると、遠くの方に大きな街が見えてきた。アズレイン王国との交易の中心地、フィレンだ。
街の輪郭がはっきりとしてきたところで、ラルドはロイの肩を揺する。
「ロイ、もうすぐだよ」
二時間近く眠れたからか、目を覚ましたロイの顔つきはすっきりして見える。
「ありがとなー。おかげで復活したぜ」
そう言いながらも、大きなあくびを漏らす。
「パパ、ママ! おっきなお城だよ!」
その時、向かいの席に座っている幼い少年が、窓の外を見ながら興奮したように両親に話しかける。
「ハハッ! 確かに、あんなに立派な建物はお城に見えるね。だけどね……」
「あれはね、お城じゃなくて『蒼海宮ホテル・ルミエラージュ』よ。エルフィディアだけじゃなくマーメイディアも宿泊できるように、海の中にもお部屋があるんですって」
親子の会話を聞き、ラルドとロイも窓の外を見る。
群青の海を前に建つその白い建物は、朝の光を受けてまるで本物の宮殿のように輝いて見えた。
「大公ご夫妻も、今日はあのホテルに宿泊されるみたいだよ。そして明日の朝、マーメイディアが迎えに来て、アズレインに向かうらしい」
それを聞いた少年は、不思議そうに首を傾げる。
「でも、大公様も大公妃様もエルフィディアだから、海の中で息できないよ?」
「マーメイディアには不思議な力があって、一緒にいるとエルフィディアでもノーディアスでも、海の中で息ができるようになるんですって」
「いいなぁ!」
羨ましそうに声を弾ませる少年を、両親は微笑ましそうに見つめる。
そうしているうちに馬車は次第に速度を落とし、街の手前でゆっくりと止まった。
ラルドとロイは馬車を降り、それぞれの両親から貰ったお小遣いの一部を御者に渡す。
「楽しんできな」
二人は御者にお礼を言い、期待に胸を膨らませながら街へと入っていった。
街には純白の建物が立ち並び、道も白い石で美しく舗装されている。その傍らを流れる水路では、マーメイディアたちが行き交っている。
今日は大公夫妻を迎えるためか、通りには色とりどりの旗や花飾りが掲げられ、いつも以上に多くの露店が並んでいる。水路の上にも飾りが渡され、街全体が祭りのような賑わいを見せていた。
「見ろよラルド! あそこで何か売ってる!」
ロイが指差した先では、マーメイディアが水路に露店を出し、色鮮やかな装飾品を並べている。
すぐ隣の町であるセスタとは何もかもが違っていて、ラルドは感嘆の声を漏らした。
そんなラルド以上に、ロイはあちこちへ目を奪われている。
「ほら、あっちも見てみようぜ!」
「ロイ、先に君の叔母さんのところ行かないと……」
浮き足立つロイをなんとか促しながら、二人は目的地へと向かった。
大公夫妻が宿泊する『蒼海宮ホテル・ルミエラージュ』へと続く中央大通は、多くのヒトで溢れかえっていた。
二人ははぐれないよう互いに気を配りながら人混みを進み、やがて一軒のブティックにたどり着いた。
「ラリナおばさーん」
店の扉を開け、ロイが声を掛けると「奥にいるよー!」と溌剌とした声が聞こえる。
「お、お邪魔します」
ラルドが小さな声で挨拶をしながら、作業スペースであろう奥の部屋へと入る。
「ロイ、久しぶりね……えっと、君はお友達の——」
「は、はじめまして! ラルドです!」
「そうそう、ラルド君! 初めまして、ロイの叔母のラリナです! 君のことはロイからの手紙で聞いてるわよ」
そう言われ恥ずかしそうに俯くラルドに、ロイは笑いながら背中を叩いた。
「大公ご夫妻はまだ到着されないから、ご飯でも食べに行きましょうか。でも、その前に……」
ラリナの瞳が輝いた気がする。
隣を見ると、ロイは引き攣った笑みを浮かべていた。
「せっかく遠路はるばる大公ご夫妻が来て下さるんですもの! あなた達も、きちんとした服装でお迎えするわよ!」
そう言うと、どこからか服を取り出して二人を試着室に連れていく。
「着替え終わったらさっきの部屋に来てちょうだいね」
ラリナが笑顔で扉を閉める。
ラルドは何が何だか分からない様子でロイをじっと見つめた。
「おばさん、普段は貴族の女性相手にドレスを作ってるから、たまに俺や兄妹に服を作るのが楽しくて仕方ないんだ。悪いけど付き合ってやってよ」
そう言って、ロイは慣れた様子で着替え始める。
ラルドは渡された服を広げる。見慣れないデザインに、ふとエメリアの顔が浮かんだ。
(エメリアが好きそうだな)
袖を通してみると、いつもの服とはまるで肌触りが違う。服に詳しくないラルドにも、上等なものなのだとすぐに分かった。
「おっ! ラルドすげぇ似合ってんじゃん!」
「ありがとう。ロイも似合ってるけど……本当に変わったデザインだね」
着替え終わった二人が先程の部屋に戻ると、ラリナが作業台の上に生地を広げていた。
色味や刺繍の柄からして、ラルドが着ている服と同じ生地のようだ。
ラリナが二人に気付いた瞬間、視界の端でロイが耳を塞ぐのが見える。
「かっ……」
俯き肩を震わせるラリナに、どうしたのかと声をかけようとしたその時——
「かっわいぃぃぃぃぃぃ! お揃いにして正解! まるで双子みたいじゃない! 私、天才かも!」
こんな大通りに店を構えるのだから、天才であることは間違いない。
何かメモを取りながら二人を観察するラリナに、ラルドは気恥ずかしそうに俯いた。
「おばさん、ハラへったー」
甥のそんな言葉を聞いたラリナはハッとして、素早く自分の準備を済ませる。
通用口から外に出て建物の裏手を進むと、大通りほどではないが広い通りに出た。
ここにもたくさんのエルフィディアやマーメイディアたちが行き交っている。
ラリナは少し歩いた先にある、店内の一部に水路が引き込まれたレストランに二人を案内した。
「ここのお店は、マーメイディアのシェフが作る本格的なアズレイン料理のレストランよ!」
予約客しか入れない店内は、外ほどではないものの、楽しげな話し声や食器の触れ合う音でほどよく賑わっていた。
席に案内された三人は、メニュー表を見る。
「何でも好きなものを頼んでね。どんなものか分からなかったら聞いてちょうだい。私、この店のメニュー全制覇したから」
ラリナは得意げにそう言う。
ロイは何度かラリナとこの店に来たことがあり、ラルドも以前サラの家でアズレイン料理を食べたことがある。そのため、メニューの中にはどんな料理なのか想像できるものもいくつかあった。
「俺いつものー」
「えっと……じゃあ、ボクはこれで」
「ロイー、アンタたまには違うものも食べてみなさいよ。まぁ、頼んじゃうわね」
ラリナがテーブルにあるベルを鳴らすと、スタッフがすぐに注文を取りに来る。
「碧鱗魚の潮柑ムニエルと、海獣の香草焼き、潮灯貝の白ワイン蒸しをひとつずつと……白花ミルクと月雫のムースを三つ、お願いします」
「かしこまりました。お料理が出来上がるまで、少々お待ちくださいませ」
スタッフは丁寧に一礼すると、注文を書き留めた紙を手にその場を離れていった。
「ラルド君って、確か双子のお姉ちゃんがいるのよね?」
「あ、はい……エメリアっていいます」
「やっぱり、ラルド君と同じくらいの背丈なのかしら?」
「えっと……たぶん、その……ほとんど同じくらい、です」
突然話を振られ、ラルドは少し視線を落としながら答える。
「エメリアならラルドよりちょっと細いぜ。肩も少し狭いし、腕もこいつより細かったと思う。おばさんが前に作った、貴族のガキ用のドレスがちょうどいいくらいかな」
横からさらりと答えたロイに、ラルドは驚いて顔を向けた。
「……よく覚えてるね」
「そうか? 見りゃ分かるだろ」
「ふぅん……」
ラリナは興味深そうにロイを見つめる。
「な、なんだよ」
「別に?」
そう言いながら、どこか満足そうに笑った。
少し間を置いて、ラリナは再びラルドへと視線を向ける。
「そういえば、二人とも騎士を目指してるのよね?」
「はい……」
「ロイは『かっこいいから』の一点張りなんだけど、ラルド君も同じ?」
「おばさん、それ言う必要ある?」
ロイが不満そうに口を尖らせると、ラリナはくすくすと笑う。
「ボクは……白竜アルシェドに憧れていて」
「アルシェドに?」
「はい。たった一人で邪竜を倒せるくらい強くて……たくさんのヒトを守れるような、そんなヒトになりたいんです」
口にするうちに恥ずかしくなったのか、ラルドは少し俯く。
「マイゼルト様も、ボクにとってはアルシェドみたいに強くてかっこいいヒトだから……いつか、あんな騎士になれたらって」
「へぇ……素敵ね」
ラリナが微笑むと、隣でロイが楽しそうに口を挟む。
「こいつ、昔からマイゼルト様のこと大好きなんだぜ」
「ロ、ロイ!」
「なんだよ、本当のことじゃん」
「そうだけど……!」
耳まで赤くして俯くラルドを見て、二人は楽しそうに笑った。
そこへ、注文した品を手にスタッフがやって来る。
それぞれの前に料理が置かれると、三人揃って「いただきます」と言って手を合わせる。
「うわぁ……すごく綺麗……!」
目の前に並べられた料理の数々に、ラルドは思わず感嘆の声を漏らす。
こんがりと焼き色のついた『碧鱗魚の潮柑ムニエル』からは、バターと爽やかな柑橘の香りがふわりと漂っている。その隣には、香草とにんにくの香りが食欲をそそる『海獣の香草焼き』と、輝く殻にスープをたっぷりと湛えた『潮灯貝の白ワイン蒸し』が美しく盛り付けられていた。
「どう? 美味しそうでしょ」
「はい! こんなに綺麗なお魚料理、初めて見ました」
「ふふ、遠慮しないで温かいうちに食べなさいね」
ラリナに勧められ、ラルドは早速ムニエルにナイフを入れる。
こんがり焼けた皮の下から、ふっくらとした白い身が現れた。一口食べると、バターのまろやかな味のあとから潮柑の爽やかな酸味が広がる。
「美味しい……! 身がすっごく柔らかくて、このソースもよく合います」
「だろ? ここの香草焼きも最高なんだぜ! 俺はやっぱりコレ一択だな!」
ロイは他の料理には目もくれず、自分の「いつもの」である海獣肉を器用に切り分け、次々と口へ運んでいる。その幸せそうな顔を見れば、よほど気に入っていることが伝わってくる。
「たまには他のも食べてみたらいいのに。まあ、相変わらず美味しそうに食べるわね」
呆れたように言いながらも、ラリナはどこか楽しそうだ。
「ラルド君、潮灯貝も食べてみて。アズレインの浅瀬でしか採れない貝なのよ。白ワインのアルコールもしっかり飛ばしてあるから、あなた達でも大丈夫」
勧められるまま、ラルドはスプーンで貝の身とスープを一緒に掬う。
柔らかな貝の旨味と白ワインの香りがふわりと広がる。
「これも美味しい……」
「でしょ?」
セスタではなかなか味わえない料理に、二人の手はなかなか止まらなかった。
やがてすっかり皿が空になると、スタッフが食器を下げ、代わりに食後のデザートを運んでくる。
淡い青と白が重なった『白花ミルクと月雫のムース』だ。上には青白く透き通った小さな月雫が添えられ、光を受けて宝石のように輝いている。
「うわぁ、これも綺麗……!」
ラルドとロイは目を輝かせながらスプーンを伸ばす。
ラルドが一口食べてみると、白花ミルクの優しい甘さとほのかな花の香りが広がり、ふわりと舌の上で溶けていく。そこへ月雫の爽やかな甘みが加わり、ラルドはすぐにもう一口掬った。
「甘くて、冷たくて……すごく美味しいです」
「よかった。月雫はね、満月の前後に採れたものが一番甘いの。今日のはちょうど食べ頃みたいね」
ラリナは二人が夢中で食べる様子を、満足そうに眺めている。
最後の一口まで綺麗に平らげると、三人は揃って手を合わせた。
「ごちそうさまでした!」
その後、三人は席を立ち、ラリナが支払いを済ませると、店を後にした。




