第三話 少年たちの憧れ
「なぁ、知ってるか?」
放課後、お調子者のロイが帰り支度をしているラルドに話しかける。
「何が?」
「五日後、大公殿下と大公妃殿下が隣町に来るんだってよ!」
興奮気味に机を叩きながら話すロイに、ラルドは思わず苦笑する。
「隣町って……リパ?」
「いや、フィレンの方。アズレインで次期女王のお披露目パーティがあるんだってさ。それに参加するために、フィレンで一泊するらしいぞ」
「へー……」と言いながらカバンを閉じたラルドだったが、ふと動きを止める。
大公夫妻が来るのなら、もしかして……
「トーゼン、騎士団長のマイゼルト様も護衛で来るぞ!」
今度はラルドが勢いよく机を叩きながら立ち上がる。
手のひらがズキズキと痛むが、そんなことはどうでもいい。
「ぜったいに! 行く!」
普段は大人しいラルドが珍しく大きな声を出すので、教室に残っているクラスメイトたちが一斉に彼へ視線を向ける。
視線に気づいたラルドは、気まずそうに席に着いた。
支度を終えたラルドは、エメリアにロイと遊んでから帰ると伝える。
彼女に伝えておけば、家で待つ母に心配をかけることはないだろう。
「ロイぃ? 珍しいじゃん。仲良かったっけ?」
「うん。クラスメイトだし、たまにはね。一緒に鍛錬しようってことになったんだ」
エメリアに真っ直ぐな目で見つめられ、心臓が早鐘を打つ。
その時、救世主のようにロイが双子に声をかける。
「おっ、姉貴の方、オッスオッス。ちっと弟の方借りるな」
「アンタ、ラルドに変なことやらせるつもりじゃないでしょうね」
エメリアに睨まれても、ロイは変わらず飄々としている。
「変なことってなんだよ」
「わかんないけど、先生にイタズラとか……」
「ないない! よし、行こーぜ!」
近くにいるサラに、「また明日」と声をかけて二人は学校を後にした。
街外れの森の中、道から大きく外れた場所にある古びた小屋へ二人で入る。
「こんな所に小屋があるなんて、知らなかった……」
ラルドの呟きに、ロイは笑って答える。
「俺の兄貴が見つけたんだ。街から少し距離はあるけど、誰かが住んでる様子もないからこういう話をするにはうってつけだろ」
「よし、じゃあどうするか……」
ロイが真剣な表情で考え込む。
というのも、五日後は学校がある日だ。
「まず家族だよなー。お前は学校休むって言っても大丈夫そうか?」
ロイの家では、そんな理由で学校を休むなんてダメだと言われるらしい。
ラルドは両親の理解は得られそうだが、エメリアが大きな壁となる。
フィレンで療養している友人を見舞う、引っ越しの手伝いをする、仮病を使う――いくつか案は出たが、誰もが納得するような理由は思い浮かばない。
「あー、考えるのめんどくさくなってきた。やっぱ正直に言っちまうか?」
ロイの作戦は、五日間とにかく勉強や家の手伝いを頑張るというものだ。母に言われたことに文句を言わず、「後でやる」もなく素早く動く。
「頑張るから行かせて」作戦だ。
嘘をつくことが苦手なラルドも、その作戦に賛成する。彼の両親も、正直に話せば問題はないだろう。問題があるとすれば……
「エメリア、だよなぁ……」
両親から許可がおりても、エメリアならラルドを学校に引きずって連れていきかねない。
ふたつのため息が同時にこぼれた。
「エメリアにも正直に言うよ……変に誤魔化して後からバレたら、そっちの方が大変だから」
遠い目でそう言うラルドに、ロイは引き気味に「大丈夫なのか?」と聞く。
彼には、エメリアが快くラルドを送り出してくれるとはどうしても思えなかった。
「頑張って説得するよ。最悪喧嘩になるかもしれないけど……それでも絶対に行きたいから」
そう言って胸の前で握りこぶしを作るラルドの肩を、ロイはぽんと叩いた。
家族を説得する方法を決めた後は、フィレンまでの移動手段について話し合う。
それも決まると、騎士を目指す二人は長い木の枝を木刀に見立て、手合わせを始めた。
長い打ち合いの末、ロイが地面に膝をつく。
「おま……いつも本ばっか読んでんのに……何でそんなに強いんだよ」
息も絶え絶えにロイが言う。
「ボクだって……毎日頑張ってるんだよ……」
ラルドは呼吸を整えると、立ち上がろうとするロイへ静かに手を差し出した。
「俺も頑張らないとなー」
ロイはそう苦笑しながらその手を借りて立ち上がると、ふと空を見上げる。
太陽はだいぶ西に傾き、森の中にも長い影が伸び始めている。
街に戻った二人は、家族の説得を頑張ろうと互いに励まし合ってそれぞれ家路についた。
ラルドが家の扉を開けると、両親が温かく彼を迎え入れる。
「おかえり、ラルド。楽しかったかい?」
本を読んでいた父にそう尋ねられ、ラルドは素直にうなずく。
「ただいま、すごく楽しかったよ。……エメリアは?」
一番の壁であるエメリアの姿を探して辺りを見回すが、どこにも見当たらない。
キッチンから飲み物を手にした母がやってきて、彼の問いに答える。
「もうすぐお隣に赤ちゃんが産まれるじゃない? 今、奥さん一人で大変そうだから、お手伝いに行ってるわよ」
それを聞いたラルドは安堵のため息をつく。
「あら、どうかしたの?」
「実はお父さんとお母さんにお願いがあって……」
真剣な彼の表情を見て、父が読みかけの本を閉じてラルドに向き直る。
「家の手伝いと勉強を頑張るから、五日後に一日だけ学校を休ませてほしいんだ」
その言葉を聞いた二人は、納得したように微笑んだ。
「そういうことか。五日後といえば、フィレンに大公殿下と大公妃殿下が来られる日だね?」
「ちょうど、ラルドなら『学校を休んででも行きたい!』なーんて言うんじゃないかしら、って話してたところなのよ」
両親に心を見透かされていたようで、ラルドは少し頬を赤らめる。
「普段から勉強も家の手伝いも頑張っているし、滅多にない機会だからね。いい経験にもなるだろうし、行っておいで」
その言葉を聞き、ラルドは嬉しさのあまり父に抱きつく。
「ちゃんと大公ご夫妻にも敬意を持つのよ?」
母のその言葉に、ラルドは大きくうなずいた。
そんな和やかな空気の中、玄関のドアが開く音が聞こえる。
「ただいまー。ラルドも帰ってたのね」
エメリアの帰宅に、晴れやかな気持ちが一気に沈む。
「お、おかえり……」
どう話を切り出せばいいのか。混乱するラルドに母が助け舟を出す。
「エメリア、五日後に大公ご夫妻が隣町に来られるそうよ。ラルドが学校をお休みして見に行くのだけれど、あなたはどうする?」
「……は?」
エメリアはラルドをじっと見つめる。
一方のラルドは、どうエメリアを説得するか考えているうちに、いつの間にか視線を床に落としていた。
「そっか、それで今日はロイと……まぁいいんじゃない? アタシは行かないけど」
意外な言葉に、彼は思わずばっと顔を上げる。
「学校を休むほどのことかはわかんないけど、こんな機会そうそうないし。それにアンタ真面目だから、たまになら先生も許してくれるでしょ」
「ま、ロイは知らないけど!」
そう言って笑うエメリアにつられ、ラルドも思わず笑顔になる。
次の日の朝、教室には真逆の表情をしたラルドとロイがいた。
ラルドはいつも通り、両親のコーヒー、自分とエメリアの分のココアを用意し、エメリアと協力して朝食の後片付けをしてから登校。
対するロイは普段より早く起き、水汲みを手伝って玄関前を掃除し、寝起きの悪い姉を起こすという重労働をこなしてからの登校。
げっそりとしたロイの表情を見たエメリアは声を出して笑い、ラルドとサラは心配した。
「あと四日……ラルド、一緒にがんばろーな……」
その言葉に、ラルドは強くうなずく。
「頑張るから行かせて作戦」は、まだ始まったばかりだ。




