第二話 選ぶ日を前に
ここはルブレイン帝国との国境付近にある街、セスタ。その外れに広がる海辺の野原。
少年ラルドを挟むように、双子の姉エメリアと幼なじみのサラが寄り添って座っている。
三人の前には、先ほどまで読んでいた一冊の本が閉じられたまま置かれていた。
心地よい潮風が頬を撫で、暖かな陽射しが三人を包み込む。
「やっぱり、アルシェドはかっこいいなぁ!」
ラルドの弾んだ声が野原に響く。
「アルシェドって、本当にいたのかな……会ってみたいな」
夢を見るように呟く少年に、エメリアはため息混じりに肩を竦めた。
「バカね、おとぎ話の竜がいるわけないじゃない! 仮にいたとしても、とっくに死んじゃってるわよ」
それを聞いたラルドは、むっとして言葉を返す。
「そんなの、誰にも分からないじゃないか」
そんな双子のやり取りを、サラは優しく見守っていた。
「私は、アルシェドは本当にいたと思うよ」
彼女の言葉に、ラルドは「ほら見ろ」と言わんばかりに姉を振り返る。
「それにね……もしかしたらアルシェドは、今もどこかで眠っているだけかもしれないよ?」
幼なじみの夢のある言葉に、エメリアは大げさに眉をひそめてみせた。
「――そういえばサラ、もうすぐ十二歳の誕生日よね? どっちにするの?」
強引に話題を切り替えるエメリア。
この世界では、十二歳の誕生日を迎える場所によってその者の種族が決まる。
ヴェルレイン公国ならエルフィディア、ルブレイン帝国ならビースティア、アズレイン王国ならマーメイディア。そしてノアなら、姿が変わることなくノーディアスのままだ。
サラはこのヴェルレイン公国で育ってきたが、両親は海の国アズレイン王国出身のマーメイディアだ。
そちらを選べば、三人でこうして過ごせる時間は今よりも少なくなってしまう。
「私はマーメイディアかなって思ってるの。お父さんとお母さんがいつかアズレインに帰るとき、私も一緒に行けるから」
両親の故郷に行ってみたい――
サラがずっと抱いていたその想いを知っている二人は、寂しさを隠すように黙り込んだ。
「だけどね」と、サラは苦笑いを浮かべる。
「お父さんもお母さんも『エルフィディアにしなさい』って言うの。アズレインは貴族のアレコレが面倒なんだって」
そう言って笑うサラに、エメリアは思わず抱きついた。
「そうだ。二人も当然エルフィディアでしょ? 将来の夢とかある?」
サラはエメリアを抱きとめ、その背中を撫でながら尋ねる。
その問いに真っ先に答えたのはエメリアだ。
「私は、魔術学校に入学して宮廷魔術師になるの! ルブレインの奴らが攻めてきても、私が街を守るんだから!」
息巻いて話す彼女に、ラルドは静かに言う。
「魔術学校に入学できるほどの魔力があればね……」
ラルドの呟きは、エメリアの耳にもきちんと届いた。
彼女はサラから離れ、素早くラルドに近寄ると、両頬を思い切り引っ張る。
「いひゃい! やへへほ!」
ラルドの情けない叫びが辺りに響く。
彼の目に涙が溜まり始めたところで、ようやくエメリアはその手を離した。
「そう言うなら、アンタは何になりたいか、サラに聞かせてやりなさいよ」
腰に手を当てて睨みつける姉に促され、ラルドは恥ずかしそうに俯いた。
「ボクは……」
ちらりとサラの方に視線を送ると、小さな声で言葉を続ける。
「騎士団に、入りたいんだ」
それを聞いたサラは、目を丸くする。
気弱で読書が好きなこの少年なら、文官を目指すと思い込んでいた。
「騎士団長のマイゼルト様に憧れてるんだって。毎日走り込みして、木の棒振り回してんのよ」
慌てて口を塞ごうとするラルドを、エメリアは軽くあしらう。
「かっこいいって噂だもんね、マイゼルト様」
くすくすと笑いながら、サラは言う。
「学校の子たちも、マイゼルト様に憧れてる子多いよね」
「そうなんだよ! 若くして騎士団長の座にまで上り詰めた天才! 騎士団長になった後も努力を続ける、すごいヒトなんだ!」
「でも、マイゼルト様ってヘビースモーカーらしいじゃない」
「アタシ、タバコきらーい」
そう言って、エメリアは顔を顰めた。
「そういうサラは、何かやりたいことはあるの?」
その問いに、エメリアも興味深そうに彼女を見る。
「大した夢じゃないんだけど……レストランをね、やりたいの。お父さんとお母さんが獲った新鮮なお魚で。アズレインの料理も出せたらいいな」
以前、サラと彼女の母が作ってくれた料理を食べたことがあるが、どれも絶品だった。
その後も、学校の話や家族の話、双子の家の隣に住んでいる女性が出産を間近に控えていることなど、三人の話は尽きなかった。
「サラー!」
「帰るわよー!」
海から男女の声が聞こえる。
「お父さん、お母さん!」
サラは嬉しそうに海の方を見る。
いつの間にか、空は鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
「ラルド、エメリア。私帰るね!」
そう言ってサラは海に向かって走り出した。
「また明日ー!」
双子がそう叫ぶと、彼女は振り返り大きく手を振る。
「アタシたちも帰ろっか」
エメリアがそう言うと、ラルドは本を大事そうに抱え、歩き出した。




